表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第7章 新生活への序章篇
192/425

第十五話 新たな一歩へ向けて

 アキラは『蔦屋敷』を引き払う準備に入っていた。

 『離れ』にある家財道具を梱包し、荷馬車に積んでいく。

 もっとも、アキラの私物といえるものは大きめの行李こうり2つで済んでしまう。

 かさ張るのは褒美の品や拝領した服などだ。こちらも私物といえばいえるが、公務に使うものや男爵としての賜り物なので別扱いとなっている。


「ここにも随分と世話になったなあ……」

 荷物が減った『離れ』を見て、感無量といった想いにとらわれるアキラであった。

 なにしろ、この世界に迷い込んで初めて世話になった『蔦屋敷』、そこで自分にとあてがってくれた建物である。離れがたく感じるのも無理はない。


「アキラさん、こっちは終わりました」

「ああ、そうか」

 出会った時は『蔦屋敷』の侍女、今はアキラの奥方となったミチアがやってきて、担当分の荷造りは終わったと報告してきた。

「あとは……持っていくものはないかな?」

「大丈夫だと思います。馬車で1日、馬を飛ばせば半日の距離ですし」

「それはそうだな。……だけど、俺はまだド・ラマーク領って行ったことないんだよな」

「そうでしたね。ですが私も、小さい時に離れてしまったので、ほとんど覚えていないんですよ」

「そっか」


 今回、いきなり男爵になり、領地までもらえるとは思っていなかったアキラである。

 心の準備どころか、身の回りの準備すらできていないのは無理もなかった。


「こっちの準備が済んだら、連れて行く連中の方だな」

「あ、そちらは大旦那様……前侯爵閣下が手配してくださっています」

「そうか、助かるなあ」


 この国……ガーリア王国の領地経営だが、地方においては公爵・侯爵が配下の子爵・男爵に部分統治を任せる形式が多い。

 これは、人口密度が低い土地において顕著である。

 要は山野・原野など、人が住んでおらず、耕地でもない土地の面積が多い地方における統治形態であるといえよう。


 そのため、上司にあたるフィルマン前侯爵が世話を焼いてくれるのも当然といえば当然なのである。

 もちろん、純粋な厚意が大半を占めているが。


「いきなり家臣にした人たちをどう扱っていいかとか、全然わからないからなあ」

「それは私もです。ですので代官がいるんですよ。今日、こっちに来てくれるはずです」

 

 アキラの先任領主ともいえる代官。領地経営が軌道に乗るまで、そのまま務めてくれることになっている。

「どんな人だろう」

「馬で来るということですから、お昼頃には到着されるはずです」

「そうだったな。……あと、ケヴィンが実家に帰っているんだっけ」

「ええ。で、読み書き計算ができるという妹さんをスカウトしてくれると言ってましたね」

「そういう人材は是非欲しいよな」

「はい」


*   *   *


 そしてその日の昼、ミチアが言ったとおり、ド・ラマーク領の現代官がやってきて、アキラたちと初顔わせとなる。


「はじめまして旦那様。ド・ラマーク領の代官を務めておりますアルフレッド・モンタンと申します」

「アキラ・ムラタ・ド・ラマークです」

「妻のミチア・エノテラ・ド・ラマークです」

 アルフレッドは、感じのいい初老の男だった。

 白くなった髪に茶色の瞳。動作はきびきびしていて真面目そうな印象だ。


「アキラ殿、このモンタンは、没落した貴族のでな。こうした仕事は慣れておるのだ。もちろん人柄は儂が保証する」

「おそれいります、閣下」

「うむ、本当のことだ。……それでモンタン、代官から領主補佐になるということでいいのだな?」

「は、閣下。代官の任を下りた後の隠居生活を夢見ておりましたが、もっと面白そうなことが待っているようですので」

「うむ。アキラ殿と一緒に仕事をしていれば、これまでになかった世界を見ることができるであろう」

「はい、その世界を作った1人になれるよう、粉骨砕身、努力します」

「うむ、よろしい。……アキラ殿、モンタンには事情を全て伝えた上で、補佐になってもらった。当分の間、事実上の領地経営は任せ、貴殿は養蚕の振興に力を注いでもらいたい」


 これはアキラにとっては願ってもないはからいであった。

 とはいえ、実際に、領地経営は有能な配下に任せっきりという貴族も一定数いるのである。

 そのうちの一部は、その配下に税収をピンハネされているというおまけ付きではあるのだが、このアルフレッド・モンタンに限っては前侯爵のお墨付きであった。

「ありがとうございます」

 アキラは前侯爵に向かい、深々と頭を下げた。


「よい。アキラ殿は『異邦人エトランゼ』。この世界の客人であり、我が国の宝であるからな」

「そう持ち上げられるとくすぐったいんですが……」

「ははは、ならば、それに相応ふさわしい業績をあげてくれ」

「承りました」


 こうして、代官改め領主補佐として、アルフレッド・モンタンが家臣となったのである。

 これは、アキラにとって非常に心強いことであった。


 新たな家臣への給金をはじめとする処遇や、領地での生活基盤の整備など、アキラにとって苦手どころか全く経験のない分野を完全に埋めてくれたのである。

 重要な項目はアキラの決裁が必要になるということだったが、それ以外の雑事は全て任せることができるのだ。通常では考えられない幸運であった。


「あとは、養蚕の準備だが……」

 アキラが自ら指導して一人前に仕立て上げた、ゴドノフ以下の5人の技術職人は、『蔦屋敷』を中心に活動してもらうこととなる。

 そこで、その次の世代の職人5名を『派遣』という形でド・ラマーク領へ連れて行くことになる。


「大工なんかの職人はいるけど、デザイナーがな……まあ、そういう打ち合わせのときはこっちへ来るけどさ」

 絵のうまいリュシル、応急手当の得意なリリア、縫い物が上手なリゼット、植物に詳しいミューリ……。彼女らはここ『蔦屋敷』の侍女なので、ド・ラマーク領へ連れて行くわけにはいかなかった。

 また、彼女らはミチアの同僚でもあった。

 なのでミチアにとっても別離は少し寂しいもの。


「ミチア……おめでとう。あ、もう男爵夫人ですものね、ミチア様、って呼ばなきゃ」

「やめてよ、みんな……でも、公の場ではそうもいかなくなるのね」


 ミチアがいいと言っても、公の場で貴族を呼び捨てにしたら、おとがめを受けるのは彼女たちであり、いては雇い主のフィルマン前侯爵の恥ともなるのだ。

「難しいものですね……」

 そっとため息を漏らすミチアであった。


*   *   *


 一方、アキラとともに拠点を移す、ハルトヴィヒとリーゼロッテは。


「……もう1つ馬車がいるな」

「そうねえ……入り切らなかったわね」


 その役割上、荷物が多いのは致し方ない2人。


「このお屋敷にもお世話になったわね」

「そうだなあ……それ以上にお前と出会えた場所だからな」

「うふ、そうよね。……新しい仕事先でも頑張りましょうね、あ・な・た」

「お、おう」

 仲のいい2人であった。


*   *   *


 そして、ティボー、ダンカン、マゴット、アネットらも、

「私たちのために、こんな支度をしてくださるのですか!?」

 と、前侯爵が用意した手回り品や仕事着、寝具などを見て、驚き喜んでいる。


*   *   *


 その日の夜は、アキラたちの壮行会という名目で宴会が開かれた。


「アキラ様、ミチアのことをよろしくお願いしますね」

「ミチア、いえミチア様、立派な男爵夫人になってくださいね」

 ミチアの同僚たちはミチアの出世を喜ぶとともに別れを惜しみ、


「ハルトヴィヒ様、いろいろと学ばせていただきありがとうございました」

「リーゼロッテ様、何か起きたら頼らせてくださいましね」

 ハルトヴィヒとリーゼロッテもまた、職人や技術者たちに慕われていた。


「アキラ殿、貴殿はもう領主だ。向こうへ行ってもしっかりやってくれ」

「はい、いろいろとお世話になりました」

「ミチア、アキラ殿を支えてやってくれ」

「はい、閣下。……ほんとうに……お世話、に……」

 涙ぐむミチアに前侯爵は、

「めでたい門出に泣くでない。……2人とも、ここを実家と思って、頼ってくれていいのだぞ」

 と声を掛けた。


「はい、ありがとうございます、閣下」


 『蔦屋敷』の夜はにぎやかに更けていく。

 めっきり春めいた暖かい夜であった。

 お読みいただきありがとうございます。


 これで7章は終わります。

 次回更新は、書き溜めがなくなりましたので1週お休みをいただいて、2月13日(土)10:00の予定です。


 これからもどうぞよろしくお願いいたします。


 20210130 修正

(誤)引いては雇い主のフィルマン前侯爵の恥ともなるのだ。

(正)いては雇い主のフィルマン前侯爵の恥ともなるのだ。

(誤)重要な項目はアキラの決済が必要になるということだったが、

(正)重要な項目はアキラの決裁が必要になるということだったが、

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >この国……ガーリア王国の領地経営だが、地方においては公爵・侯爵が配下の子爵・男爵に部分統治を任せる形式が多い。 >これは、人口密度が低い土地において顕著である。 >要は山野・原野など、人が…
[一言] 時代や世界観次第で変わりますが、一般人はあまり旅をしないんでしょうね 貴族とか商人となると、いろいろ用事があって動き回るんでしょうけど ジ「一般人は、住んでる地域から滅多に出ないってとこも…
[一言] この世界で唯一の自分の故郷と呼べるところからの独立になっちゃうんですねー 暮らしたのは数年ではありましたが間違いなく実家と呼べるだけの場所でしたね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ