第十三話 旧臣
レオナール・マレク・ド・ルミエ侯爵が用意してくれた人材は初老の侍女、年若い侍女、壮年の男の3名だった。
「順に、マゴット、アネット、ダンカンだ」
「マゴットと申します、旦那様」
「アネットです、よ、よろしくお願いいたします」
「ダンカンという。鍛冶屋だ」
マゴットは50代なかばくらい、落ち着いた雰囲気の侍女である。
アキラとしても、家の中を任せられる侍女頭がいたらいいなと思っていたのでこれは助かった。
方やアネットはまだ少女といってもいい年代。出会った頃のミチアよりも年下に見える。
そしてダンカンはがっしりした男で、鍛冶屋というも頷ける。そうした技術者は大歓迎だ、とアキラは思っていた。
「アキラ・ムラタ・ド・ラマークだ。男爵を拝命している。よろしく頼む」
「妻のミチアです。よろしくね」
アキラとミチアも挨拶をする。
すると、マゴットはミチアに駆け寄り、その手を取った。
「ああお嬢様、お懐かしい! こんなに立派におなりあそばされて……!」
そしてアキラには、
「旦那様、ド・ラマーク家を再興してくださって、ありがとう存じます。お嬢様を、どうかよろしくお頼み申します」
と言った。
「え、ええと……」
面食らう2人にレオナール侯爵が、衝撃の発言を行った。
「マゴットは、旧ド・ラマーク家で働いていたんだよ」
「はい、そのとおりでございます。お嬢様がお生まれになったときのこともよく覚えておりますよ。あれは大雪の降った朝でございました……」
そこまで言われ、ミチアもなんとなく思い出したようだった。
「え、もしかして、あの、マゴットなの?」
「はい、お嬢様」
マゴットの瞳は涙で濡れていた。ミチアはそんなマゴットを抱きしめる。
「マゴット! あなたなのね!」
「お嬢様、お会いできて嬉しゅうございます……」
* * *
「あの者はだな……」
よくわかっていないアキラに、レオナール侯爵が説明してくれる。
「ド・ラマーク家が取り潰された時、職を失った使用人が大勢いた。マゴットもその1人なのだ。ミチアはまだ3歳くらいだったかな? かろうじて覚えていたようだね」
「そうだったんですか」
アキラは再会を喜ぶ主従をちらりと見、もう少し好きなようにさせておこうと思った。
それで鍛冶屋だというダンカンに向き直る。
「まだ我が領地はどんなところか、自分も知らない。それでも来てくれるのか?」
「おお、こりゃ正直な領主様だ。実は俺もド・ラマーク領の出でね。寂れちまった故郷を復興できるっていうんでやって来たのさ……来ましたのです」
「はは、話しやすい口調でいいよ。今のところは。……でもそうか、侯爵はそうして気にかけてくださっていたんですね」
後半のセリフはレオナール侯爵へのものである。
「うむ。難民を放っておくことはできんからな」
ド・ラマーク領の正確な人口は不明だが、5000人くらいだとして500人……1割以上が故郷を捨てることになったという。
領主家がなくなったため、関連する仕事もなくなってしまったためだ。
そんな難民の何割かを、レオナール侯爵は保護したのだという。
「そうだったんですか……」
やはりこの人はすごい、とアキラは改めて侯爵の手腕を思い知ったのだった。
* * *
「旦那様、大変失礼をいたしました」
「アキラさん、ごめんなさい」
感動の再会を終えた、元主従で新主従がアキラに謝罪した。
「いや、いいんだ。事情は閣下から聞いた。……マゴット、それじゃあ今後はうちの領地で働いてくれるんだな?」
「はい、老骨に鞭打って、孫共々精一杯務めさせていただきます」
「孫って……」
「アネットでございます。わたくしの上の娘の2番目の娘でして」
つまり長女の次女、というわけかとアキラは理解した。
「まだ未熟な子ですが、わたくしが仕込みました。是非、使ってやってください」
「もちろん」
即答するアキラ。
「アキラさん、いいんですか?」
「次の世代が育ってくれないと先細りになるだけだからな」
「仰るとおりですね」
その他にも『侯爵の紹介だから』という理由もあったりする。
侯爵がおかしな人材を紹介しないというだけでなく、断ったら侯爵の面子を潰すことになる、という判断だ。
実のところ、侯爵はそういうことは気にしていないのだが。
* * *
「では、3人とも採用でいいのだな?」
「はい、閣下、ありがとうございました」
「うむ、気に入ってもらってよかったよ」
「いえ、いい人を紹介していただけました」
「そう言ってもらえば嬉しいかな」
これでまた、アキラの家臣が3人増えた。
給金や待遇に関してはこれから詰めていくことになる。
* * *
アキラとミチアは、与えられた部屋へ戻り、水入らずの時間を過ごしている。
「でもミチア、よかったな」
「はい。これも閣下のおかげですね」
「そうだなあ……ド・ラマーク領を捨てなければならなかった人たちはまだまだ大勢いるようだ。そういった人たちが帰ってこられるような領地にしたいもんだな」
「ありがとう、ございます……」
アキラの言葉に、ミチアは頭を下げた。
「なんだ、お礼なんかいいんだよ。自分の領地を栄え富ませて領民を増やす。そういうことだろう?」
「はい、精一杯お手伝いいたしますね」
「頼むよ」
いよいよ翌日は『蔦屋敷』へと向けて出発する日である。
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