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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第1章 基盤強化篇
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第八話 濾過器と産卵と

今回は後半部分に蚕が出てきます

「いいですか、そそぎますよ」

「やってくれ」

「よしきた」

「いいわよー」

 アキラ、ハルトヴィヒ、リーゼロッテ、そしてミチアの4人は、『浄水器』の実験を行うところだった。

 いや、『濾過ろか器』と言った方がいいかもしれない。まだ物理的な汚れしか除去できないものだからだ。


 今回作った濾過器は、アキラの知っている簡単なものだ。

 夏休みの自由研究や、アウトドア講座などで教えてくれるものと同じ。

 ワインの空き樽を使い、下から布、砂、小砂利、砂利、石と、それぞれを層状に重ねたもの。もちろん綺麗に洗ってから詰めていくのだ。

 重ねる順序が違うこともあるが、アキラが知っているのはこの順序だ。つまり、上から順に細かくなっていく、というものである。

 上から汚れた水を入れ、下から綺麗な水を出す。

 一番下の布は、その上の層である砂が出てこないようにするためのもの。目の細かい麻布を使った。


「おっ、出てきた」

 ハルトヴィヒが興味深そうに水の出口を見つめた。ちなみにただの管だ。蛇口などというものはなく、水を止めるには栓をすることになる。

 ハルトヴィヒ、リーゼロッテ、ミチアはそれぞれの感想を漏らす。

「確かに綺麗になってるわ!」

 茶色く濁っていた水が、透明になっていた。

「でも、思ったより少しずつしか出てこないんですね」

 確かに、ちょろちょろ……いや、たらたらといった感じで、滴るという形容の方が似つかわしい出方だった。

「それは仕方ないよ。水の出をよくしたかったら、もっと大きい濾過器を作るしかないな」

 だが、出てきた水を見つめたリーゼロッテは、

「うーん、これなら十分実用的ね」

 と、満足そうな顔をした。

 ミチアが注いだのは、水たまりから汲んできた泥水。それが、顔を洗える程度には綺麗になったのだ。

「雑菌は取り除けていないだろうから、飲むには煮沸消毒しないと危険だけどな」

「あら、煮沸しなくても魔法ザウバーを使えば滅菌できるわよ」

 リーゼロッテの言葉に、ハルトヴィヒが反論した。

「おい、《ザウバー》は単に汚れを取る魔法じゃなかったのか?」

 それを聞いたリーゼロッテは、ふふん、といった顔、いわゆる『ドヤ顔』をした。

「そう思うでしょ? でもね、あたしの使う《ザウバー》は、滅菌効果があるのよ! 改良したんだから」

「えっ、改良だって?」

「そうよ。この前アキラ君から微生物の話を聞いてからいろいろ試してみたらできちゃった」

「できちゃった、ってお前なあ……」

 呆れた顔のハルトヴィヒ。どうにもわけがわからないアキラはミチアに、それって凄いことなのか? と聞いてみた。

 だが、魔法を使えないミチアは、わかりません、と言って困った顔をした。

 それを聞いたハルトヴィヒが教えてくれる。

「普通は魔法を改造するなんてできないんだよ、アキラ。だから、リーゼがそれをしたっていうことは凄いことなのさ」

「ふふーん、あたしは天才だからね!」

「ああ、今日ばかりはその顔も仕方ないと認めるよ。お前は天才だ」

 だが、自分で言っていた癖に、ハルトヴィヒに言われるとまた違うようで、

「そ、そう? ハルが素直に認めるなんて珍しいわね」

 と言って、少しだけ赤くなるリーゼロッテであった。


 そんなやり取りの間にも水は出続け、最初に入れた泥水はすっかり濾されてしまったようだった。

「この水なら、洗濯や家畜の飲み水には十分使えそうですね」

 桶の中に溜まった水を見て、ミチアが断言した。

「そうか、よし!」

 アキラは第一段階をクリアしたことを喜んだ。

「これで風呂に一歩近付いたな!」

 そう、アキラが熱心に水の浄化装置を開発しているのは、一つには『風呂』を作るためなのだ。

 これから冬になるため、温かい風呂が恋しいということもある。しかしそれ以上に『公衆衛生』の推進の一環としての浴場建設を行いたいと思っていた。

 それは、『蚕』の病気予防にも繋がる。


 地球における養蚕の歴史では、ちょうど明治維新の頃、ヨーロッパで『微粒子病』という蚕の病気が蔓延したことがある。

 この病気はその後フランスのパスツールによって病因が解明されたが、その際、全滅に近い打撃を受けたヨーロッパに向けて日本から種紙たねがみ、つまり『蚕種紙さんしゅし』が輸出されたのである。

 そんな世界的なイベントでなくとも、ウイルスによるもの、細菌によるもの、糸状菌によるもの、原虫によるもの、寄生虫によるものなど、病気は多い。

 それを予防し、また蔓延を防ぐためにも『公衆衛生』の実施は重要なのだ。

 何しろ、この世界の蚕はアキラが持ち込んだ1種だけで、それはつまり同じ弱点を持つということで、病気が流行すればあっという間に全滅、という可能性だってあるのだから。


「春までには風呂の設置と上下水の整備は終わらせたいな」

 それが、アキラたち……アキラ、ハルトヴィヒ、リーゼロッテ、そしてミチアらが目指すものだった。


*   *   *


「お、おお、出てきた出てきた」

「かわいいでやんすね」

「毛むくじゃらで、とってもかわいいわ」

 蚕室に声が響く。

 時が来て、19個の繭のうち、9個から蚕蛾が出てきたのだ。

 蛾尿がにょうを出すのも同じ。最初は雄ばかりなのも同じだ。


「なるほどね。途中から飼育を見たわけだけど、面白い虫もいるものね」

「まったくだ。この繭が1本の糸でできているとは信じられないくらいだよ」

 リーゼロッテとハルトヴィヒは興味深そうに感想を述べた。2人とも、幼虫も成虫も気味悪がっていない。


「明日くらいには雌も出てくるから、そうしたら交尾させて卵を産ませるよ」

「え、こ、交尾、さ、させるの!?」

 ハルトヴィヒは何も言わなかったが、リーゼロッテはその言葉を聞いて少し慌てていた。

「そうしてやらないと、脚が弱いからなかなかお相手を見つけられないんだよ」

「ああ、そうか。前に言っていたな。この蚕は、そこまで人間に依存しないと生きられないのか」

 その発言を聞き、やはりハルトヴィヒは冷静に物事を理解しているな、とアキラは思った。


*   *   *


 そして翌日。残った10個の繭から、雌の蛾が出てきた。

「いいか、よく見ていてくれ」

 アキラは雄をつまんで雌に近づける作業をして見せ、次いでゴドノフたち5人と、ハルトヴィヒ、リーゼロッテにもやらせてみた。

「潰すなよ」

「は、はあ……っと!」

 なんとか1人1匹を交尾させることに成功する。


 そして3時間後には交尾した蛾を引き離す『割愛かつあい』も同様にやって見せた。

「はあ、これをやるんでがすね、旦那」

 そしてこれも同様に1人1匹、やってもらう。

 難しい作業ではないので問題はない。

 あぶれた雌が1匹いるので、試みに引き離した雄を近づけたが、雄はもう興味を示さなかった。これは自然の摂理なので仕方がない。いつも雄と雌の同数が羽化するとは限らないのだから。


「これで、雌のお腹の中には受精卵が入っていることになる。最後の作業として産卵床に入れてやるんだ」

 アキラは麻布あさぬのの上に置いた円い筒を指さした。

「ふうん、面白いやり方だな」

 これに一番感心したのはハルトヴィヒ。

「こうして限られたスペースに卵を産ませるわけか。興味深い」

「ええ、よく考えられているわね」


*   *   *


 そうして、それから3日。

 交尾した9匹の雌は、卵を産んで死んでいった。

 残されたのは6000個近くの休眠卵。

 アキラはそれらを一旦、『魔法式保存庫』にしまうことにした。


 こうして、5人の『幹部候補生』への第1回目の実技実演は終わったのである。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は3月31日(土)午前10時の予定です。


※実家に帰省中です。25日(日)昼過ぎまでレスできませんのでご了承ください。


 20180329 修正

(誤)時が来て、19個の繭のうち、10個から蚕蛾が出てきたのだ。

(正)時が来て、19個の繭のうち、9個から蚕蛾が出てきたのだ。

(誤)そして翌日。残った9個の繭から、雌の蛾が出てきた。

(正)そして翌日。残った10個の繭から、雌の蛾が出てきた。

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