第十一話 心構え
モントーバンの町では案の定、現領主にして前侯爵の長男、『レオナール・マレク・ド・ルミエ』侯爵に3泊4日のうち1日はつきあわされることとなったアキラである。
だが、馬車の中で相談していたとおり、見返りに人材を紹介してもらいたいと持ちかけたら、快く承諾してもらえたのは僥倖であった。
そして一泊した翌日……。
「アキラ殿、『インフラ』の整備だが、どこから始めるべきだろうか?」
「まずは公衆衛生に関連するところ、つまり上下水道がいいのではと思います」
「なるほど、そうなるか。前回聞いたところによると、飲み水の安全性を確保し、下水をむやみに地下に浸透させない、こういうことでよろしいな?」
「はい、そういうことです。ええと、仮に下水に病気の元が紛れ込んだ場合、上水に混ざることがあるような環境は絶対に避けるべきです」
「なるほどな。その運用のためにこそ税金を使うべきだと、そういうことだったな?」
「はい」
「だが、税率を上げすぎるのはかえって経済の発展を妨げる。そうだな?」
「はい」
「そこで考えられるのは……税収を増やすためには、住民の収入が増えればいい。こういうことだな?」
「そうです」
「そこで私が考えた、町の振興計画なのだが……」
……と、こんな感じで、レオナール・マレク・ド・ルミエ侯爵は熱心に相談をし、討論を行った。
アキラにとって、思いもよらなかったことがある。
それは、この討論が、自分が領地を治めるためにも応用できるということだ。
前回侯爵に質問を受けた時は、まさか自分が統治する側になるとは思ってもいなかったため、単に疲れただけであったが、今回は違った。
(領主って、こういう気の使い方をするんだ……)
とか、
(こういう見方で領地を治めていくのか……)
など、心構えを学ぶことができたのである。
更には、自分の領地『ド・ラマーク領』で、何から始めればいいのか、漠然とではあるが見えてきたような気がするアキラなのであった。
* * *
「アキラさん、お疲れさまでした」
侯爵に相談を受け、討論をした夜、疲れた顔のアキラを、ミチアが労った。
「うん、疲れたけど、前回よりは得るものがあったかな」
「どういうことですか?」
「前回と違って、今回は俺も『統治する側』だったから、侯爵閣下の視点での考えに触れることができたのは意味があった、ということさ」
「ああ、そういうことでしたか」
「それでも俺がいきなり閣下みたいな統治ができるわけないんだけどな。少なくとも心構えはできたかな」
「よかった……ですね?」
その後、アキラは風呂に入りながら考えた。
(まずは住民の心をつかむこと……なんだろうが、やっぱりインフラか……公衆衛生かなあ……)
そして、寒い土地のようなので公衆浴場を作れたらいいなあ、とも考えるのであった。
考え込みすぎてのぼせかけたのは余談である。
* * *
翌日午前中は自由時間なので、アキラはミチアと連れ立ってモントーバンの町を歩くことにした。
「変わった作りの家があるな」
「古い建物は、屋根の傾斜が急ですね」
「やっぱり雪対策かな?」
日本でも、雪の多い土地では屋根の勾配を急にして、雪を積もらせないようにする様式がある。
世界遺産の白川郷に代表される合掌造りがそれだ。
だが、屋根から落ちた雪が家の周りに積み重なっていくので、それを除かないと家から出入りできなくなったり、道路が塞がれたりする。
家の周りに雪が溜まってもいいようなスペースがないと近所迷惑になりかねないのが難点である。
「……だから、家が建て込んできてからの建物は、雪を自然落下させていないのかもな」
「ああ、そうかも知れませんね」
屋根からの落雪は時として危険である。
凍った雪だと大怪我をする恐れがあるし、落ちてきた雪に埋もれてしまったら窒息することだってあるのだ。
「北の地だと、冬場の雪対策も大事だな」
「そうですね。……アキラさんのところではどうだったんですか?」
「うーん……そうだなあ……なかなか難しい問題だったな。毎年雪で事故が起きていたし」
「やっぱり、自然相手というのは難しいんですね」
「そういうことだな。……ああ、そういえば、温泉が湧いているところだと、お湯を道路に流して雪を溶かしていたりしていたなあ」
「温泉……ですか……」
アキラからその話を聞いたミチアは考え込んでしまった。
「……どうした?」
「あ、ごめんなさい。えと、昔、小さい頃、お湯の湧く山があった、って聞いたことがあったような気がしたんです」
「へえ?」
ミチアの小さい頃、といえば、まだド・ラマーク家があった頃、つまりミチアの祖父が領主をやっていた頃と思われる。
つまり、ド・ラマーク領には温泉が出る可能性があるということだ。
それをミチアに話すと、
「あ、そういうことになりますよね! 探してみるのもよさそうですね。もし温泉を領内で利用できたらいいですね」
と、温泉開発に大乗り気であった。
湯量によっては観光地あるいは湯治場としてもやっていけるかもしれないと、アキラは少し希望が見えてきた気がしたのである。
* * *
それからも2人は町中を歩き回った。つまりデートである。どちらもそれと意識していないが。
「ここの名産ってなんだっけ?」
「確か、水晶細工ですよ」
「へえ……」
日本では確か甲府が有名だったっけな、とアキラは思い出した。
「ちょっと見てみよう」
「はい」
水晶細工を扱っている店があったので入ってみることにした2人。
「わあ……」
水晶には透明なもの、アメジストと呼ばれる紫水晶、シトリントパーズと呼ばれる黄水晶、ピンク色のローズクォーツ、それに黒水晶や煙水晶、草入り水晶などさまざまな種類がある。
この店には、アクセサリー類や美術品、文具など、水晶で作られた様々なものが集められていた。
「やっぱり透明だけじゃなくて紫もあるんだな」
「きれいな色ですね」
「何か欲しいものはあるかい?」
「え?」
「せっかくだから何か買っていこう」
「え? え? え?」
急に言われて照れて慌てるミチアを見て可愛いなあ、と思うアキラであった。
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