第十話 将来への展望
その日の夕方には、雨は上がった。雲の隙間から星の瞬きが見える。
アキラとミチアは肩を寄せ合って窓から外を眺めていた。
「明日には出発か」
「次はモントーバンの町ですね」
現領主にして前侯爵の長男、『レオナール・マレク・ド・ルミエ』侯爵が住む町である。
「閣下も会いたいだろうな」
往路でも宿泊はしたが、1泊だけである。
今回は3泊する予定となっていた。
「また、いろいろ話を聞かれるのかなあ……」
レオナール・マレク・ド・ルミエ侯爵は、『異邦人』であるアキラの世界についていろいろと知りたがっているのだ。
それで、前回の王都行の往路では、それを自分の領地にうまく応用できないかということまで含めた質問攻めにあったのである。
今回の往路では1泊だったのでほとんど質問はされなかったが、復路である今回は、3泊もするということで、まる1日は質問攻めにあうことは覚悟していなければなあ……と思うアキラなのであった。
「今から心配しても仕方ありませんよ、アキラさん」
「それもそうだけどなあ……」
「あ、いい考えがあります」
「なんだい?」
「アキラさんももう男爵様です。ですから、いろいろと相談に乗る代わりに、人材を斡旋してもらえるように頼むんですよ」
「なるほど……」
「もし、直接言いづらかったら大旦那様にお願いして、お口添えをいただけばいいんです」
「うん、それはいいな。ありがとう、ミチア」
ミチアからの助言で、少しだけ気が楽になったアキラであった。
* * *
翌朝は快晴であった。
が、その分冷え込み、水たまりには薄氷が張っている。
霜柱もそこここに立っていて、歩くとさくさくと音がする。
「こりゃあ、融けたらドロドロだな……」
御者がぼやいた。
(こういうときは石畳だといいよな……工事が大変だけど……財政が裕福なら、公共事業としてできるかな?)
年度末になると行われていた、舗装道路の掘り返しと再舗装の風景を、アキラは懐かしく思い出していた。
「バスチアン、世話になった。また会おう」
「うむ、達者でな」
友人同士の別れの挨拶は簡単なものであった。
……実はその分、前の晩に飲み明かしているのだ。これを知っているのは一部の者だけであるが。
なので2人とも、少々二日酔い気味である。
「さあ、出発するぞ」
一行の長であるフィルマン前侯爵の声で、皆馬車に乗り込んだ。
そして御者は馬に一鞭くれ、馬車は動き出す。
街道脇の木々には、雨のしずくが凍りついた、霧氷ならぬ『雨氷』が光っている。
「綺麗だな」
「はい」
「人工的なイルミネーションよりも遥かに綺麗で幻想的だよ」
アキラは冬になるとそこここで行われる、LEDライトによる木々のイルミネーションと、陽の光に輝く雨氷を比べていた。
「もっと日が昇ると全部落ちてしまうだろうな」
「もったいないみたいですね」
「本当にな」
角度によって7色に色を変えるきらめきは、人の手では作れない儚い美しさを持っていた。
「……天然素材の美しさ、というのも、儚さと表裏一体……と言ったら、言いすぎだろうかな」
絹は、どう工夫してもナイロンの丈夫さには敵わない。
天然染料は、どう染めても合成染料の鮮やかさと堅牢さは持ち得ない。
「……だから、人工物と対抗するんじゃなくて、天然素材のよさをもっと引き出し、アピールするべきなのかもな」
現代日本でも天然素材のよさを見直す風潮はある。
それはエコロジー観点からであったり、安全性であったり、風合いのよさであったり、また懐古的な趣味であったりする。
そうした『よさ』をできる限り引き出すような製法や製品づくりが、これから求められていくんじゃないか……という、漠然としたビジョンがアキラの脳裏に浮かんでいたのであった。
* * *
道中、そうした思いつきを相談するため、ハルトヴィヒとリーゼロッテも呼んで、4人で相談しながら馬車は進んでいく。
「水入らずの道中にしてやりたかったんだけど……悪いな」
とアキラが詫びれば、
「なんの、友人じゃないか」
「そうよ。それに、いい観点だと思うわ」
と、2人とも快く応じてくれたのである。
「そうすると、まずは絹の肌着かな」
ハルトヴィヒが言い出した。
「あの肌触りは素晴らしいからな」
「あ、だったら、以前アキラの『携通』で見せてもらった下着……あれ、いいんじゃない?」
「……確かに、ドロワーズより快適かもなあ」
「身体のラインが出やすくなるんですよね。人によっては嫌がるんじゃないでしょうか」
「うーん、でも、貴族の女性って、コルセットでボディラインを矯正するのが普通でしょう?」
などなど、少々微妙な話であるが、4人とも一応既婚者なので、少々照れながらも話を進めていく。
「絹のレース編み機を完成させられれば、下着ももっと華やかにできると思うわ! ハル、頑張ってね」
「おい、丸投げか」
「でも、確かに、ハルトヴィヒに頼るしかないしな」
「アキラまで……」
「まあまあ、とはいっても、機械化に対応できるほど絹糸の生産が増えてくるのはまだ数年……いや十数年先だからさ」
「時間はあるか」
「だから頼むよ」
「……む……」
などと、友人同士でもある仲間内の会議は和気あいあいと進んでいく。
その席で、
「技術者というより、職人だな。そういう部下がほしいな」
とハルトヴィヒが言い出した。
「ものを作る上で、そうした器用な助手というか部下がほしい」
「うーん、やっぱり人材だな。考えておくよ」
結局、人材確保はどの分野でも急務なのであった。
もうすぐモントーバンの町である。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月26日(土)10:00の予定です。
20201219 修正
(誤)一行の長であるフィルマン前侯爵の声でに、皆馬車に乗り込んだ。
(正)一行の長であるフィルマン前侯爵の声で、皆馬車に乗り込んだ。