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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第7章 新生活への序章篇
185/425

第八話 プロヴァンスの町へ

 アキラ一行がフォンテンブローの町を発つ日が来た。


「世話になったな、ガストン」

「うむ、達者でな、フィルマン」

 伯爵と前侯爵、親友同士の別れはあっさりしたものだった。

 言葉を飾らずとも想いは伝わる、そんな友情を、アキラは少し羨ましいと思っていた。


「アキラ殿、新名物へのヒント、感謝する」

「いえ。それよりも、稲作と醤油・味噌醸造の保護、よろしくお願いいたします」

「うむ、任せておきたまえ」

 フォンテンブロー伯爵は、昨日アキラが作ってみせた『せんべい』を町の名産にするべく尽力し、延いては稲作、醤油・味噌生産の振興を約束してくれたのである。

 アキラへの見返りは、向こう5年間、米・醤油・味噌を一定量無償で得られるというものであった。


「アキラ様、本当にありがとうございます!」

 その3つを実家で生産しているティボーは手放しで喜び、アキラに最敬礼していた。

「いや、俺も大きな利益があるからな。それにしても、米、醤油、味噌の使い方が伝授されていなかったのには驚いたよ」

 譲り受けた『手記』をみると、『異邦人エトランゼ』であったティボーの曽祖父は、醤油の製造法を確立する直前に没したようなのだ。

 応用法についての伝授がなされなかったのも無理はない。

 せいぜいが煮物への調味料として醤油・味噌が使われたようだが、洋風の味付けとは今ひとつ馴染まなかったようである。


 米もまた、リゾットにして食べるくらいしか用途がなく、大麦の味に慣れた人々には受けが悪かったようだった。

 それが、『茶菓子』として新たな分野をひらいてくれそうなので、領主としてのフォンテンブロー伯爵や、作り手であるティボーの実家は大喜びなのであった。


「それに、『米の炊き方』な、あれも料理長に研究させよう。『味噌汁』も、だ」

「よろしくおねがいします」


 そう、アキラは『せんべい』だけでなく、『ご飯の炊き方』と『味噌汁』についても料理長にレシピを伝えておいたのである。

 さすがに1度で全てを教えきることはできなかったので、あとは料理長任せとなる。

 せんべいはせんべいで、『醤油』『味噌』『塩』などのバリエーションも教えたので、いずれはいろいろな味が楽しめるようになるはずであった。


「ミチアさん、しっかりね」

「はい、いろいろとありがとうございました」

 伯爵夫人とミチアは思いのほか仲よくなっていた。

 それもそのはず、セヴリーヌ・ロラ・ド・フォンテンブロー伯爵夫人は、実は後妻なのである。

 年齢は27歳で、ミチアの先輩と言っていい年齢であり、しかも元は平民……大商家の出ではあるが……なのであった。

 だからこそ、貴族の血を引くとはいっても侍女生活の長かったミチアに対し、親身になってくれたのである。


*   *   *


 心のこもった別れ、そして出発。

 一行は再び北へ続く街道を進み始めた。

 次はプロヴァンスの町、『バスチアン・バジル・ド・ノアール伯爵領』である。


「あそこには大浴場があるんだよな」

 アキラは、隣に座るミチアに話し掛けた。

 ボイラーが、アキラよりずっと前にやって来た『異邦人エトランゼ』による設計だと知って驚き、見せてもらったことはいい思い出である。

「閣下が倒れられたこともあったっけな」

「あの時は本当にびっくりしましたね」

 結局、大したことはなかったが、血圧の自己管理について指導したことは、前侯爵1人に限らず、周りへの波及効果もあったと思っている。


「お、雪が残ってるな」

 アキラがふと窓の外を見ると、日陰に凍った雪の塊が残っているのが見えた。

「だんだん北に向かっていますからね」

「そうだな。……『ド・ラマーク領』も北だよな?」

「はい。気候的には『蔦屋敷』のあたりとそう変わらないと聞いています」

「蔦屋敷のずっと東にあるんだったよな」

「はい」


 アキラは、領主として何ができるのか、何をするべきなのか考えてみたが、まったく見当がつかない。

 それをミチアに言うと、

「ふふ、そうでしょうね。私もわかりません。でも、『代官』の方が1年か2年残ってくれて引き継ぎをしてくれるはずです」

「そう聞いてる。でも1年で覚えられるかな?」

 おそらく蚕の飼育をしながらになるだろうから、覚えきれるかどうかが心配なアキラであった。


「この道中で文官を見つけられるといいんだがな」

「そうですね」

 ティボーも文官候補であるが、執政系ではなく会計方面で役立ってもらいたいと考えているのだ。


「ケヴィンの妹も、帳簿付けとか出納すいとう係みたいな役をしてもらうつもりだしな」

 人材を見つけるのは難しいな、とぼやいたアキラに、

「その代官の人をそのまま雇えないか聞いてみるのも手ですよ」

 とミチアは可能性を述べた。


「ああ、そういうのもありか。……給金とか待遇とかの交渉も必要だな」

「そうですね。でも最低1年の期間がありますし、人柄も見極めないといけませんし」

「それもそうだな」

 汚職をするような人物ではないとしても、人と人との関係は難しい。

 『馬が合わない』ということもあるので、当てにしすぎるのもよくないな、とアキラは考え、やはり道中で人材を見つけたいものだ、と思い直すのであった。


*   *   *


「……また雨か」

 夕方になって、暖かい雨が降り始めた。

「前回王都に行ったときの往路でも雨に降られた気がする」

「そうでしたね」


 アキラの記憶では、あの時は冷たい雨だった気がするが、今回は春の雨で、霧のように煙っている。

 馬車も馬もしっとりと濡れそぼった頃、目的地であるプロヴァンスの町に着いた。


「ようこそ、閣下」

 領主であるバスチアン・バジル・ド・ロアール伯爵が町の入口まで迎えに出てくれていた。

生憎あいにくの雨になりましたな」

「なんの、春雨じゃ」


 聞いているアキラがなんとなく『濡れていこう』と続けたくなるようなセリフを言いながら、伯爵の先導で一行は領主の館へと到着した。


「さあさあ、温まってください」

 春雨とはいえ濡れれば寒い。

 伯爵邸では暖炉に火が焚かれ、従者までが温まることができた。なによりのご馳走である。


 予定ではこの町にも2泊することになっている。

 その間に文官を見つけられたらいいな、と思うアキラであった。

 ……あてはまったくないのであるが。


 それはそれとして、その日の夜は、領主バスチアン・バジル・ド・ロアール伯爵の心づくしのもてなしに身も心も温まった一行であった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は12月12日(土)10:00の予定です。


 お知らせ:12月5日(土)早朝から6日(日)昼過ぎまで不在となります。

      その間レスできませんのでご了承ください。


 20201206 修正

(誤)それもそはず、セヴリーヌ・ロラ・ド・フォンテンブロー伯爵夫人は、実は後妻なのである。

(正)それもそのはず、セヴリーヌ・ロラ・ド・フォンテンブロー伯爵夫人は、実は後妻なのである。

(誤)引いては稲作、醤油・味噌生産の振興を約束してくれたのである。

(正)延いては稲作、醤油・味噌生産の振興を約束してくれたのである。

(誤)夕方になって、暖かい雨が振り始めた。

(正)夕方になって、暖かい雨が降り始めた。

(誤)「前回王都に行ったときの往路でも雨に振られた気がする」

(正)「前回王都に行ったときの往路でも雨に降られた気がする」

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― 新着の感想 ―
[一言] そんなに統治のことが心配なら、良い先生がいますよ?(・_・)っへーかと芋 なんなら老君もつけますけど ジ「勝手に老君を貸し出すな###」 礼「ここって意外と貴族率高いんですよね」 フ「呼ん…
[一言] >>伯爵と前侯爵、親友同士の別れはあっさりしたものだった。 通信やネットの無いこの時代、今生の別れの可能性も有るのにアッサリしたものである。 >>フォンテンブロー伯爵は、昨日アキラが作っ…
[一言] 文官は王都かその付近で捕まえておきたかったですねえ 王都から離れれば離れるほどそういう人材は減りそうですし
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