第五話 王都出立
そして、いよいよアキラ一行が王都を発つ日となった。
西の城門では今、別れの挨拶が行われている。
「ド・ラマーク卿、領地の発展を祈っておるよ」
「ありがとうございます」
「ド・ラマーク夫人、しっかりおやりなさい」
「あ、ありがとうございます」
見送りには宰相パスカル・ラウル・ド・サルトルを筆頭に、農林大臣ブリアック・リュノー・ド・メゾン、産業大臣ジャン・ポール・ド・マジノ、魔法技術大臣ジェルマン・デュペーなどが顔を見せていた。
さすがに王族は城門まで出てくることはなく、少し前に城内で挨拶を済ませている。
「前侯爵、お達者で」
「フィルマン、元気でな」
「貴殿もな」
フィルマン前侯爵もまた、知人たちとの別れの挨拶を行っていた。
そして午前9時、一行は別れを惜しむ人々に見送られ、西の城門を発ったのである。
なぜ西の城門からかというと、帰る方角である北の門をいきなり出るということは、王都を一刻も早く出ていきたい意志の表れということで、西から出て北へ回り込むことになったのである。
貴族の風習というのは迷信に近いものがあるな、と少し呆れたアキラなのであった。
* * *
「いよいよ帰れますね」
「うん」
帰りの馬車は、新婚旅行を行わなかった分、アキラとミチアは水入らずで乗っている。
「もう桑は芽吹いたでしょうか」
「そうだなあ、雪も解けたろうなあ」
いつの間にか『蔦屋敷』周辺を故郷のように思い始めている自分に気が付き、少しにやついてしまうアキラ。
「アキラさん?」
「ああ、いや、あの『蔦屋敷』が故郷で、『離れ』が実家みたいな気になってきたなあ、と思ってさ」
こうしてミチアと結ばれた以上、もうこの世界に骨を埋める覚悟のアキラである。
「帰ったら、2、3日ゆっくりしたいな」
「そうですね。……でも、アキラさんのことですから、すぐに何か始めると思いますよ」
「そうかな?」
「はい」
アキラ以上にアキラのことを熟知しているミチアであった。
ごとごとと馬車は進んでいく。
車窓から見る風景は、もう早い春の色をしていた。
「もうすぐ『北の剣砦』だな」
「そうですね」
「今回は空いているな……」
王都に向かう旅人の列は長いが、王都から出ていく列は短い。
たまたまではあろうが、待ち時間が少ないというのは嬉しいことだった。
北の守り、『北の剣砦』を過ぎると、街道の左右にはお茶畑が広がる。お茶の木は常緑樹なので、春先でも濃い緑を湛えていた。
そして彼方の斜面には桑畑が広がっており、こちらはまだようやく芽吹きの時を迎えたばかり、冬姿と左程変わらない。
「フォンテンブローには3日くらい滞在すると言っていたよな」
「はい。2泊3日の予定です」
その日程になった理由の1つには、家臣になった『ティボー』の実家に、アキラが顔を出したいと言ったからである。
まるまる中1日あれば、それ以外の雑事も済ませられるだろうという計らいだ。
「ティボーの実家か……ちょっと楽しみだな」
「オリザ……ですか?」
「うん。ハルトの土産にも少し貰ったけど、恒常的な取引をしたいからな」
「……そんなに美味しいんですか?」
ミチアは半信半疑である。
オリザや味噌醤油が手に入ったとはいうものの、味噌汁もどきを作ったくらいでご飯はまだ炊いていない。
そしてそれ以上に結婚式絡みで多忙だったこともある。
「フォンテンブローで台所を借りられたら何か作ってみせるよ」
そうすればミチアも納得してくれるだろうとアキラは言った。
「はい、楽しみにしていますね」
早春の景色の中を馬車は進んでいく。
* * *
そして日没にはまだ少し間のある時刻には、フォンテンブローの町に着くことができた。
「ようこそ閣下、御一行様方。お迎えに参上致しました」
出迎えはフォンテンブロー伯爵の配下、ロベスピエール・ド・モンタン。
10騎の部下とともにフィルマン前侯爵一行を出迎えてくれた。
「ロブ、任せた」
「は、閣下」
ロブ、というのはロベスピエールの略称である。
そんな彼らに馬車の先導を任せ、一行はゆっくりとフォンテンブローの城壁をくぐったのであった。
「いざという時は王都の盾になる町……だったっけ?」
「はい、そう聞いてます。王都の1つ手前にある町は全てこうした城塞都市なんですよね」
「そうだったな」
眺めとしては素晴らしいし、役目も崇高なのは理解できる。
だがアキラとしては、リオン地方の長閑さの方が好ましかった。
それをそっとミチアに告げると、
「……私もです」
と、小さい声で同意してくれたので、アキラはほっこりしたのであった。
* * *
「おおガストン、また世話になる」
「フィルマン、遠慮はいらぬ。いつまでもいてくれても構わんのだぞ」
そんな、社交辞令なんだか本気なんだか、傍からはわかりにくい挨拶をし合っている2人。
アキラたちはもう何度もそんな様子を目にして慣れてきていた。
それで使用人たちに案内されるがまま、部屋に通されたのである。
行きに泊めてもらったときと同じ……かと思いきや、遥かに豪華な部屋である。
「この部屋で間違いないのかい?」
案内してくれた侍女にそれとなく尋ねると、
「男爵ご夫妻にお泊まりいただくお部屋ですから」
という答えが返ってきて、改めて貴族になったんだなあ、という実感が湧いてきたアキラなのであった。
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次回更新は11月21日(土)10:00の予定です。
20201114 修正
(誤)貴族の風習というのは迷信に近いものがあるな、と少し呆れたゴローなのであった。
(正)貴族の風習というのは迷信に近いものがあるな、と少し呆れたアキラなのであった。
orz
(誤)ド・ムラータ
(正)ド・ラマーク
二箇所修正。
(旧)オリザや味噌醤油が手に入ったとはいうものの、さすがに王城の厨房を借りて料理の試作をしてみるわけにはいかなかったのだ。
(新)オリザや味噌醤油が手に入ったとはいうものの、味噌汁もどきを作ったくらいでご飯はまだ炊いていない。
(旧)アキラが家臣になった『ティボー』の実家に顔を出したいと言ったからである。
(新)家臣になった『ティボー』の実家に、アキラが顔を出したいと言ったからである。
(誤)だがアキラとしては、リオン地方の長閑さの方がの好ましかった。
(正)だがアキラとしては、リオン地方の長閑さの方が好ましかった。
(誤)さすがに王族は城門まで出てくることはなく、少し前に場内で挨拶を済ませている。
(正)さすがに王族は城門まで出てくることはなく、少し前に城内で挨拶を済ませている。