第三話 一人目の家臣
できればうちの領地に来てくれないか、というアキラの要望への、ティボーの答えは……。
「はい、よろしくお願いいたします」
というものだった。
「そうか! これからよろしく頼む」
「はい、アキラ様」
アキラ・ムラタ・ド・ラマーク男爵に、最初の家臣が誕生した瞬間であった。
「……で、早速で悪いんだが」
「はい、何でしょう?」
「明日、王都を発ち、領地へ向かうんだ」
「急ですね……ですが、大丈夫ですよ」
このアパルトマンも仮住まいですから、と言うティボーであった。
「そうか、よかった。それじゃあ……そうだな……もしできたらだが……これから一緒に来てもらえるか?」
「は、はい。荷物は少ないので大丈夫ですよ」
「悪いな、急がせて」
「い、いえ」
さすがにこれから王城へ、と言われてティボーも少々焦り気味だったが、仮住まいということで荷物は多くなく、アキラとミチアも手伝ったので15分ほどで荷造りは終わった。
「それじゃあ王城へ行こう」
「……いいんですかね?」
「それは大丈夫だ。俺と一緒だし」
「……わかりました」
そういうわけで、思いがけなくもティボーという家臣を得たアキラとミチアは、連れ立って王城へと戻った。
護衛のケヴィンも、説明を聞くと何も言わず頷いただけ。
というより、なぜかティボーと意気投合したらしく、王城までの帰り道、ずっと話し込んでいたほどだった。
* * *
王城に戻ったアキラは、すぐさまティボーが同行者になったことを、まずはフィルマン前侯爵に報告に行った。
「うむ、いいところに気が付いたな」
前侯爵はアキラの着眼点を褒めた。そして的確なアドバイスをくれる。
「アキラ殿も貴族となり、領地を得たからには家臣団が必要になる」
「家臣団、ですか?」
「そうだ。平たく言うと『子飼いの家臣』だな」
『子飼い』とは、家畜を子供のうちから育てることだが、転じて弟子や奉公人を子供のうちから仕込むことになり、さらには未熟なうちから育てる、という意味にも使われる。
前侯爵が言ったのは最後の意味だ。
「アキラ殿は貴族としても領主としても初心者だ。最初のうちは儂が後見するが、いずれは一人立してもらわねば困る。そのためにも、共に学び成長していける家臣を持つことも大事なのだ」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ」
前侯爵は家臣というものについて、アキラに説明してくれた。
「領地の、そして家の最初期からの家臣というものは、信頼できるものだからな」
「なるほど」
「家臣というほどではないが、蚕関係の技術者として育てた村人は信頼度が違うだろう?」
「あ、そうですね」
『蔦屋敷』で養蚕を始めた、その最初期から教育したゴドノフ、イワノフらの村人は、準家臣と言ってもいいだろう。
「それにハルトヴィヒやリーゼロッテだって、家臣ではないが友人として信頼できるだろう?」
「そのとおりですね」
「そういうことだ。最初から共に働き、苦労を分かち合った人間というのは、途中から参加した者とは違うということだよ」
「なんとなく……わかります」
アキラのその返事を聞いて、前侯爵は微笑んだ。
「そういうことだ。領地の黎明期から共に苦労を分け合えるような家臣は貴重な財産だ」
人材という財産。
ティボーはその一人目ということになる。
「帰りに連れていける人数としては、そうだな、5、6人は増えても大丈夫だ」
「そう言われても、急には……」
「ははは、別にこの王城や王都だけで見つけなくてもよい。帰る途中の町や村で見つけてもいいのだ」
「あ、そうですよね」
「うむ。……ところで、ケヴィンはどうだね?」
「……は?」
なぜ前侯爵がその名前を出したのかわからず、アキラは面食らった。が、あとに続く説明を受け、なるほどと思う。
領地の警備隊長となりえる人材を、前侯爵がここ王城で相談してくれていたというのだ。
「確かに、彼の出身地はリオン地方のラヴァリスという村だと言っていました」
「で、あろう? そういう兵士を紹介してくれと軍務大臣を通じて騎士団長に頼んでおいたのだ」
「そうでしたか、おそれいります」
「うむ。で、どうだった?」
「第1印象はよかったですね。それにティボーとも意気投合したようです」
それを聞き、前侯爵は満足そうに、
「そうか。それでは彼を連れて行くことにするか?」
「はい、いいと思います」
それで、アキラは前侯爵と一緒に軍務省の事務局へと出向き、移籍手続きを行った。
本人の意志はどうするのかと思ったアキラだったが、
「なに、もう確認済みだ」
と前侯爵に言われ、その手回しのよさに驚いたのだった。
「それに、アキラ殿がいらぬと言ったら、私の『蔦屋敷』で働いてもらうつもりだったしな」
どのみち、王城勤務からは引き抜くつもりだったという。
ケヴィン自身も、故郷の近くで勤務できるよう、希望を出していたのだということだった。
つまり、今回は『WINーWIN』ということである。
「だが、いつもそううまくいくとは限らんからな」
それでも、本人の意志を無視しての異動は、やる気の維持という点で避けるべきだと前侯爵はアキラに語った。
「気を付けます」
兎にも角にも、こうしてアキラ・ムラタ・ド・ラマーク男爵の家臣1号と2号が決まったのである。
* * *
そのことをミチアに告げたアキラは、一般客室に待たせていたティボーのところへ行き、書類を見せた。
「ここにサインしてくれれば、君は俺の家臣だ」
「はい、わかりました」
ティボーは書類にさらさらとサインをし、アキラに渡しながら、
「これからよろしくお願いいたします、閣下」
と、少々大仰なお辞儀をしたのであった。
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次回更新は11月7日(土)10:00の予定です。