第二話 帰郷準備
朝食を済ませたアキラは、帰郷に向けて準備を行うことにした。
思った以上に時間は少ない。
何しろ今夜は王族……シャルロット・ド・ガーリア第2王女やアドリエンヌ・ド・ガーリア王妃らとの謁見もあるのだ。
* * *
「もう一度、城下へ行ってくるよ」
「はい、お供します」
アキラの目的は『味噌と醤油』。
いなくなってしまった店員……名も聞かずにいたことで、後悔しているアキラなのであった。
別段夜逃げでもないのだろうから、近所に聞いて回れば引越し先もわかるのではないかと言う思いがあった。
加えて、受け継いだ手記。
異邦人『田島新介』は、食関係の知識が豊富だったようで、味噌・醤油の作り方の他、鰹節、甘酒、みりん、日本酒などの作り方も書かれていたのである。
「鰹節もあるか聞いてみればよかったなあ……」
と思ったが後の祭り。
そこで、王都を離れる前にもう一度行方を探したかったのである。他にもいくつか思惑があるアキラであった。
* * *
貴族となったアキラなので、王城を出る際、護衛の兵が1人付いてきた。
名前はケヴィン。気さくな若い男で、道中アキラにいろいろと尋ねてきた。
「閣下、人捜しですか?」
「それもある。……ああ、アキラでいいぞ」
「では、アキラ様、と。……どういう人なんです?」
「うん、『異邦人』の子孫なんだ。その人の曽祖父が俺と同郷なんだよ」
「そうなんですか! 隠れた賢者……と言いますか、世に埋もれた人材はまだまだいるものですね」
そしてそこそこ学もあるようで、話の端々に学問への興味が窺えた。
「ケヴィンの出身地はどこなんだ?」
「はい、リオン地方のラヴァリスという村です。閣下……アキラ様の領地、ド・ラマーク領にも近いんですよ」
聞けば、『パミエ村』から東へ半日くらいのところにある村だという。
「ド・ルミエ領か」
「はい。そこから北東へ半日ほどでド・ラマーク領なんです」
「そうだったんだな……俺は『異邦人』だから、まだ地理がよくわからなくてな」
「そちらの地理でしたら多少は詳しいです」
そんな話をしているうちに、店のあった場所にやって来た。
「アキラさん、私が聞いてきます」
ミチアはそう言うと、近所へ聞き込みに行ってくれた。
そして5分ほど待つと、
「わかりました。店は畳んだようですが、まだ王都に住んでいるようです」
と報告してくれたのである。
「ほんとか!」
これは朗報であった。
「で、今はどこに?」
「はい、王都の東外れのアパルトマンに住んでいるそうです。住所は……」
「ああ、そこでしたらここから歩いて15分くらいですね」
住所を聞いたケヴィンがアドバイスをくれた。
王都に詳しい者に付いてきてもらってよかったと思うアキラであった。
* * *
「ここら辺ですね」
辿り着いたのは住宅街。
王都の東外れに近いだけあって、一般庶民ばかりの地区だった。
「万国旗だな……」
立ち並ぶ建物から建物に渡すように張られたロープに引っ掛けられた洗濯物が、まるで運動会の万国旗のようだ、とアキラは思った。もっとも色はほとんど生成り1色だったが。
そういえば、昔の歌にそんなフレーズがあったっけな、と思い出しもするアキラである。
「アキラさん、あそこの2階、3号室だそうですよ」
再び聞き込みをしてくれたミチアであった。
「ありがとう。行ってみよう」
とりあえず1人で行くと言い置き、アキラは狭い階段を上がっていった。
「3号室……と、ここか」
表札は掛かっていなかったが、ミチアからの情報を信じ、アキラは躊躇うことなくノックをした。
「……はい」
返事があり、ドアが開く。
「あ、あなたは」
顔を出したのは、間違いなくあの時の店員であった。
「よかった、また会えた」
ほっとしたアキラは笑みを浮かべ、
「もう一度、会って話をしたいと思ったんですよ」
と来訪目的を告げた。
「立ち話も何ですから、中へどうぞ。散らかっていますが」
「ありがとう。ええと、連れも呼んでいいかな? 2人いるんだが」
「ええ、どうぞ。何もお構いできませんけどね」
そこでアキラは階段の下へ声を掛けたのだった。
* * *
「ええと……」
連れの1人が王城の兵士だったため、店員の顔はひきつっていた。
「俺はアキラ。アキラ・ムラタ。先日爵位をもらって、ド・ラマーク男爵となった。こっちは妻のミチア、そちらは護衛のケヴィン」
「あ、えっと、申し遅れました。僕はティボーといいます」
「ティボーか。時間がないから単刀直入に言う。……味噌・醤油の入手先が知りたい。それに、もしあるなら鰹節も欲しい。あと、できるならうちに来て欲しい」
「え、ちょ、ちょっと、待ってください!」
一気に希望を口にしたアキラ。その勢いにティボーは少し押されている。
「部屋を見たところ、引っ越すんだろう? どこへ行くのか知らないが、できればうちの領地に来てくれないかな?」
これを聞いたミチアは、ああそういうことか、と納得がいった。
なりたて貴族であるアキラには、家臣といえる者がほとんどいない。ハルトヴィヒとリーゼロッテは家臣というより友人枠だ。
そこで、ミチアもまた、アキラの援護をする。
「ええとですね。私たちは明日、王都を発って北へ帰ります。リオン地方のド・ラマーク領です。貴族になったばかりで家臣らしい家臣もおりません。『異邦人』の子孫であるというティボーさんに、ぜひ来てほしいと思うのです」
「……ミチア、ありがとう」
アキラは、自分の言いたかったことをフォローしてもらったので礼を言った。
「で、どうだろう? 俺としては味噌と醤油が特産物になるといいなあと思っているんだ」
「うーん……そうですね……」
腕を組み、ティボーは考え込んでしまった。
無理もない、とアキラも思うが、今は時間がないのだ。
「急がせて悪いが、早めに返事がほしい」
そう言われたティボーは、顔を上げたのだった。
そして、出した答えは……。
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次回更新は10月31日(土)10:00の予定です。