第三十五話 二人の結婚式 弐
アキラとミチアは、『お色直し』のため、一旦控室に戻った。
その間に、式場は披露宴へと変貌する。
白いテーブルクロスを掛けられた丸テーブルには、来賓の名前が書かれた紙が置かれており、その上には……。
「ほう、これはなんですかな?」
「鳥のように見えますな」
「紙でできているようですが……これはまた」
置かれていたのは折り紙の鶴。それも『祝い鶴』と呼ばれる、尾と翼の部分が扇状に広がっているものだ。
鶴というより孔雀に見えなくもない。
……が、この世界には鶴も孔雀もいないので、列席者にはあずかり知らぬことだったが。
ただ純粋に『折り紙』に驚いていたのである。
諸外国でも『折り紙』は驚かれ、歓迎されるようだが、この世界においてはそもそも『紙』というものが『羊皮紙』のような獣皮を使ったものしかなかったわけであり、それでは折り紙ができるはずもない。
つまり、この世界初ともいえる『折り紙』なのであった。
『皆様、お席に着かれましたようですね』
司会進行役は、変わらず宰相パスカル・ラウル・ド・サルトルが務める。
ただし、彼もまた専用席に着き、軽食や飲み物を給仕されながら、になる。
これは、宰相に司会進行役を、式を通して務めてもらうことに対するアキラの気遣いであった。
『お手元のオブジェは『祝い鶴』と申しまして、新郎アキラ・ムラタ・ド・ラマークの出身世界での慶事に供される物だといいます。……『鶴』というのはめでたい鳥で、長寿のシンボルでもあるということです』
「ほほう」
「異世界の鳥を模したものですか」
「しかし、これは……1枚の紙で作られているのでしょう?」
『お気付きの方もいらっしゃるようですが、その『祝い鶴』は、1枚の正方形の紙を折るだけで作られております。異世界の伝統工芸品だそうです』
「なるほどのう」
「これは素晴らしいな」
「『異邦人』の結婚式らしくてよいですな」
どうやら『折り鶴』は出席者たちにも評判がいいようで、昨日一生懸命に折り上げたリュシル・リリア・リゼット・ミューリらはホッとしていた。
彼女らも披露宴の給仕役として、大広間の隅でスタンバイしていたのである。
『その紙は『和紙』と申しまして、植物の繊維からできております。これもまた『異邦人』がもたらしてくれたもので……』
アキラとミチアの……特に新婦ミチアのお色直しには時間が掛かっているので、その間司会進行役の宰相が間をもたせるためにこうした解説をしてくれているのだった。
「ほほう……これは羊皮紙に比べ、遥かに薄いですな」
「しかもこの色! 綺麗ですわ」
「量産も可能らしいじゃないですか。これは今後の主流になりますな」
動物の革を使う以上、どうしても量的に十分とは言えない『皮紙』に比べ、植物繊維から作られる『和紙』は、人々の需要に十二分に応じられるものであると、列席者は感じたのである。
そうこうするうちに、アキラとミチアがお色直しを終え、戻ってくるタイミングとなった。
『それでは皆様、新郎新婦がお色直しを終えて戻ってまいります。温かい拍手でお迎えください』
楽隊が軽やかで明るい音楽を鳴らす。
アキラとミチアは腕を組み、再び緋色の絨毯の上を歩いてくる。
アキラはこの世界の礼服、ミチアは同じくこの世界のドレスを着ている。
とはいえ、どちらもシルクのパーツを付け足しており、より華やかになっていた。
そして2人は新郎新婦の席に着く。
大広間の上手半分は結婚式に使い、下手半分が披露宴に使われている。
2人の席は大広間の真中付近だ。
(うう……目立っているなあ……)
(は、恥ずかしいです……)
大広間の上手半分は既に椅子が片付けられ、国王・王妃は壇上から下りていた。
さすがに披露宴にまで出席しているほど暇はないのだろう……とアキラは想像していたのだが、宰相以下、重鎮が大勢出席しているのである。
国王夫妻だけが仕事……というわけもなく。
大広間下手半分の上座……東側に設えられた席に移動しただけである。
(陛下たちは……あああ、あんな近くに座ってるし……)
(胃が痛くなりそうです……)
アキラとミチアは式のときとはまた違う緊張を強いられていた。
『さて皆様、お手元に飲み物は行き渡りましたかな? ……それでは、若い2人の前途を祝して、乾杯いたしましょう。……乾杯!』
「乾杯!」
「乾杯!!」
司会進行役の宰相の音頭で、グラスが掲げられた。
それを皮切りに、料理が運ばれてくる。
コース料理ではなく、料理を載せたワゴンを、大勢の給仕たちがテーブルの間を押して回るのである。
そこから好きな料理を選ぶのだ。足りない時は注文すればすぐに運んでくる手筈になっている。
「アキラ殿、ミチア嬢、おめでとう」
「ありがとうございます」
ワインの瓶を手に、まずは宰相が、祝いの言葉と共にアキラたちに酌をする。
礼の言葉とともにアキラたちはそれを飲み干すのだが、飲み過ぎないように、2人の手元にあるグラスは、ほんの数ミリリットルしか入らないような上げ底となっているのだ。
「アキラ殿、おめでとう」
「ありがとうございます」
宰相のあとは農林大臣、産業大臣、魔法技術大臣……と、重鎮たちが次々にやってくる。
さすがに出席者全員が、ということはなく、大臣級の者たちと……。
「アキラ、ミチア、おめでとう」
「閣下、ありがとうございます」
「大旦那様、ありがとうございます」
保護者であったフィルマン前侯爵、それに、
「アキラ、ミチア、おめでとう!」
「ありがとう、ハルト、リーゼ」
友人代表としてハルトヴィヒとリーゼロッテである。
そうして披露宴は和やかに進んでいく……。
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次回更新は10月3日(土)10:00 の予定です。
20200929 修正
(誤)彼女らも披露宴の給仕役として、お広間の隅でスタンバイしていたのである。
(正)彼女らも披露宴の給仕役として、大広間の隅でスタンバイしていたのである。