第三十四話 二人の結婚式 壱
アキラとミチアの結婚式、その当日となった。
まもなく式が始まる。
アキラは男性側控室でその時を待っていた。
「うう、緊張してきた」
「アキラ殿……いや、アキラ。しっかりせい」
父親代わりのフィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵が、アキラの背を叩いて気合を入れた。
「まあ、アキラはいざ事が始まればしゃんとすることを知っているから、あまり心配はしておらんがな」
「それでも今回は緊張してますよ」
「それはわかる。一生に一度のことだからな」
* * *
緊張していたのは、女性用控室のミチアも同じである。
「ミチアさん、落ち着きなさいな」
「は、はい」
ミチアの母親代わりを務めるのは、シャルロット第2王女付きの侍女長、ミザリ・ド・ポワソン。王女の元乳母でもあり、子爵家の4女でもある。
「あと数分で式が始まります。準備も万端、整えました。あとは貴女自身の問題です」
「……はい」
「数日間でしたが、厳しい指導に耐えてくれた貴女です。大丈夫、立派に式を行えますよ」
「ありがとうございます」
* * *
王城の大広間には、100人を超える有力者が集まっていた。
そのほとんどは貴族であるが、中には国の経済を支える大商人もいる。
だが、なんといっても、大広間正面の壇上に座る国王ユーグ・ド・ガーリアと王妃アドリエンヌ・ド・ガーリアが、この場が国を挙げての催しであることを示していた。
式場は、大広間という名称どおり、100人を超える人々を収容してもまだまだ余裕があった。
その前半分には椅子が置かれ、出席者たちが座っている。
そして後半分は披露宴の会場として、白いテーブルクロスを掛けられたテーブルが並べられていた。
結婚式の後、すぐに宴会が行えるわけだ。
「しかし盛大な結婚式ですな」
「なんでも『異邦人』の世界の式を参考にして行われるらしいですよ」
「ほう、それは興味深い」
「これからの流行になりますかな?」
「おまけに、王妃殿下の肝いりということです」
「それはそれは。さすが『異邦人』といったところでしょうか」
流行に敏い貴族、そして儲け話の匂いを嗅ぎつける商人たち。
ハルトヴィヒたちの結婚式を知っている者はさらなる盛り上がりに期待を膨らませ、また知らない者は、どんな結婚式になるのかと興味津々であった。
* * *
午前10時を知らせる鐘の音が王城に響いた。
『ご来場の皆さん、これより『異邦人』アキラ・ムラタと、元子爵家令嬢ミチア・イミングス・ド・フォーレの結婚式を始めます』
司会進行役は宰相パスカル・ラウル・ド・サルトル。
その宣言が終わると同時に、楽隊が曲を奏で始めた。荘厳な音楽。ガーリア王国の国歌である。
『新郎新婦の入場です。拍手をもってお迎えください』
その緩やかなテンポに合わせて、アキラとミチアが、大広間前方の左右から姿を現した。
沸き起こる拍手の中、真っ赤な絨毯の上を、アキラはフィルマン前侯爵に。ミチアはミザリ侍女長に手を取られ、歩いてくる。
2人は中央で足を止め、大広間正面を向く。
その正面、壇上には国王ユーグ・ド・ガーリアと王妃アドリエンヌ・ド・ガーリアが、静かな笑みをたたえて、2人を見下ろしていた。
「『異邦人』アキラよ」
国王が声を掛ける。
「汝は、我が臣民であるミチアを妻とし、彼女を愛することを誓うか?」
アキラも答える。
「はい、誓います」
王妃はミチアに声を掛ける。
「子爵令嬢ミチア、そなたは、『異邦人』アキラの妻となり、彼を支えることを誓いますか?」
「はい、誓います」
そして国王と王妃は口を揃えて、
「アキラ、ミチア。2人はこれより夫婦となり、互いを労り、互いを慈しみ、愛ある家庭を築くことを誓うか?」
と尋ねる。
アキラとミチアも口を揃えて答える。
「誓います」
これを聞いた国王は高らかに宣言をした。
「よろしい。余はここに、ガーリア国王として、アキラ、ミチア両名の婚姻を認めるものなり」
アキラとミチア、そして親代わりの前侯爵と侍女長は壇上の国王に向かって最敬礼を行った。
そして今度は王妃が、
「2人の行く手に幸多からんことを」
と声を掛ければ、前侯爵と侍女長はもう一度最敬礼を行い、静かに退場していった。
ここからはアキラとミチア、2人きりである。
「ここに、国王として宣言する。アキラ・ムラタには男爵位を授ける。これよりアキラ・ムラタ・ド・ラマークと名乗り、ド・ラマーク領を治めるように」
「謹んでお受けいたします」
結婚式と同時に行うので、略式ではあるが、ここにアキラの叙爵も行われた。
『アキラ・ムラタ・ド・ラマーク男爵とその奥方に祝福の拍手を』
宰相の声が響くと、式場は割れんばかりの拍手に包まれた。
2人は来賓に向き直ると、答礼を行った。
アキラは左胸に右手を当てて左腕を斜め下に伸ばし足を交差させる、いわゆる『ボウ・アンド・スクレープ』。
ミチアはスカートをつまんで膝を軽く曲げる『カーテシー』。
そんな2人に、惜しみない拍手が贈られた。
その拍手の中を、アキラとミチアは腕を組み、ゆっくりと大広間後方出口へ向けて退場していく。
歩く道には緋色の絨毯が敷かれている。
そして再び楽隊が音楽を奏で始めた。今度は明るい曲だ。四拍子の、行進曲っぽい音楽であるが、アキラたちの歩みに合わせ、テンポはゆっくりである。
来賓の座る席の中央に緋色の道は続いており、そこを歩んでいく2人の頭上には祝福の紙吹雪が撒かれていた。
「おめでとう、アキラ、ミチア」
「おめでとう、お二人さん」
リーゼロッテとハルトヴィヒも末席にいて、歩いてくる二人を祝福したのであった。
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次回更新は9月26日(土)10:00の予定です。
お知らせ:9月19日(土)早朝から20日(日)昼過ぎまで、所要のため不在になります。
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20200920 修正
(誤)元王女の乳母でもあり、子爵家の4女でもある。
(正)王女の元乳母でもあり、子爵家の4女でもある。