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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第6章 再びの王都篇
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第三十三話 前日

 いよいよ、アキラとミチアの結婚式が近づいてきた。


「ああ、明日か……」

 朝食を済ませたアキラは、1人王宮の中庭で空を見上げながらしみじみと呟いた。

「この世界に迷い込んで、ミチアと会って、前侯爵にお世話になって、お蚕さんを飼い始めて、ハルトヴィヒやリーゼロッテ、リュシーやミューリ、リリア、リゼット……縁だなあ……」

 元の世界にはもう帰れそうもないけれど、こっちの世界でかけがえのない女性ひと、友人、仲間、同僚、上司ができた。

 アキラは運命の不思議さを今更ながらに思うのだった。


 見上げた青い空には白い雲が浮かび、そこを雲と同じように白い鳥が横切っていった。

「白い鳥……サギかな? 白鳥かな? それとも鶴か……」

 そう呟いたアキラだったが、どうやら何かを思いついたようで、急いで王城内の自室へと取って返した。


「ミチア、いるかい?」

「はい、なんでしょう?」

「実は1つ思いついたことがあるんだが……」

「はい」


 アキラは空を飛ぶ鳥を見て思いついたことをミチアに説明した。

「え、紙で、ですか? ……ええ、確か……多分、覚えてます」

「そうか。じゃあさ、手の空いた子に手伝ってもらえるかな?」

「そうですね、リリアとミューリなら……声を掛けてみましょうか?」

「うん、頼むよ」

 そうしてミチアは侍女仲間2人を呼びに行った。

 アキラは、4人いればなんとかなるだろうとほっとしたのだった。


*   *   *


 そして昼過ぎ。

「まあ、綺麗よ、ミチア」

「そ、そう?」

 仕立て上がったウエディングドレスの、最後のチェックを行うミチア。

「これなら明日、出席者みんな驚くわ」

「大袈裟よ」

「そんなことないわ……」

 仕付け糸を外しながらリゼットが、少し涙ぐんだ声で言った。

「幸せに、なってね」

「うん……ありがとう」

 答えたミチアも涙声であった。


*   *   *


 アキラはアキラで、スーツの仕立てを確認していた。

「俺の方は問題ないな。……ああ、ポケットチーフを入れたらどうかな?」

 ポケットチーフはスーツの胸ポケットに飾る装飾品であり、実用的なものではない。

「絹のポケットチーフ……需要が増えれば、産業振興になるしな」

 絹でなくても、カラフルなポケットチーフを入れる習慣ができることで、織物産業が潤うだろうとアキラは考えたのである。

「白いスーツに合う色か……」

 白に白では装飾品の意味がない。赤では派手すぎる。紫は王家の色なので恐れ多い。

「ここは、青にするかな」

 青いハンカチはまだ在庫があったはずなので、それを1つ使わせてもらうことにした。


「こんなものかな」

 適当な形に折り、胸ポケットに入れて鏡で確認していると、ハルトヴィヒがやって来た。

「アキラ、何をしているんだい?」

「ああ、ハルトか。……これ、どうだ?」

 アキラはハルトヴィヒにポケットチーフの装飾効果を確認して貰った。

「うん? ……ほうほう、なかなかオシャレじゃないか」

「こういうのって、別にマナー違反じゃないよな?」

 これもまた気になった点だ。

 が、考えてみるとこのデザインのスーツで結婚式に臨むのはアキラで2人目。前例らしい前例がないのだから、マナー違反もなにもないわけである。


「流行るかもな」

 ハルトヴィヒもまた、そう言ったのであった。


*   *   *


「あのミチアが、嫁に行く、か……」

 午後の空の下、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵は1人呟いた。

 ここは王都郊外にある共同墓地。

 その中にある、小さな無名の墓石に、ワインを掛けながら、

「ルシアン、お前の孫娘は、立派に成人したぞ。明日、私が見込んだ男に嫁いでいく」

 と小さな声で報告していた。


 ここに葬られているのはミチアの実の両親と祖父母。

 祖父であるルシアン・フィシャー・ド・ラマーク伯爵はフィルマン前侯爵の親友であった。

 謀反の嫌疑をかけられ、処刑されたので、このような共同墓地に葬られているのだ。

 それを知っているのは前侯爵だけで、ミチアさえ知らないのである。

 前侯爵がド・ラマーク伯爵と親友だったことは公に知られていることなので、こうして彼が墓参りすることはおかしなことではないが、ド・フォーレの娘ということになっているミチアが参るのはおかしいからだ。


「お前との約束、果たせたと思うぞ……」

 女児ということで唯一人処刑を免れたミチアは、前侯爵の侍女として育った。

 前侯爵はミチアを侍女として扱う傍ら、様々な教養も身に着けさせた。そう、貴族としても恥ずかしくないほどの。

 それが今、実を結ぶ。


「明日、おおやけにはできないが、ド・ラマーク家は再興される」

 ミチアを妻にしたアキラは、『アキラ・ムラタ・ド・ラマーク男爵』となり、その時点でミチアは『ミチア・エノテラ・ド・ラマーク男爵夫人』となるのだ。

 その時点でド・ラマーク家は再興されたことになる。

 おおやけには全く血の繋がりがないことになっている。『ド・ラマーク』というのは領地の名称なのだ。

 かつてのド・ラマーク家の血が辛うじて続くことになったのを知っているのは当の2人と前侯爵だけであった。


*   *   *


「いよいよ明日、か……」

「明日ですね」

 王城のベランダで、星空を眺めながらアキラが呟き、ミチアがした。

「アキラさん、後悔してませんか?」

「してない。嬉しい」

 変な緊張の仕方をしているアキラは、返答もおかしな口調になっていた。

 翌日の式を思うと、否が応でも緊張してしまうのである。

 元日本人の一般庶民であるから致し方ない。


「私も、嬉しいです。……今、とっても幸せです」


 肩を寄せ合う2人を、満天の星が見つめていたのだった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回の更新は9月19日(土)10:00の予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] >「流行るかもな」 >ハルトヴィヒもまた、そう言ったのであった。 ネクタイも、作れば良いじゃないのw アレって絹織物でしょう? ほら、異邦人ブランドとかいってw
[良い点] 本文も良いが、感想が面白い。 [一言] >朝食を済ませたアキラは、1人王宮の中庭で空を見上げながらしみじみと呟いた。 「ステータス オープン」 >アキラは運命の不思議さを今更ながらに思う…
[一言] >>「ああ、明日か……」 朝食を済ませたアキラは、1人地下牢で鉄格子越しの空を見上げながらしみじみと呟いた。 >>元の世界にはもう帰れそうもないけれど フラグ「あ、仕事ッスね!最高のタ…
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