第三十二話 記念品
アキラたちは記念品について考えている。
そんな中、ハルトヴィヒが質問した。
「……大体何人くらい来るんだ?」
「100何人……と言ってたな。最終的には2日前にはきちんとわかるらしい」
「100人以上か……」
「うん。……それを聞いて、例えば絹のハンカチを後で贈る、というのは無茶だと思った」
アキラがぼやいた。さすがに100枚を用意するのは今の体制では難しい。
「と、なると別のものか……特産品を使えるといいんだが」
ハルトヴィヒがそう言うと、アキラも賛成する。
「それはそうだな。うちの地方の特産品というと、絹、桑、藁細工……」
「紙があるわよ」
リーゼロッテが補足する。
「しかし紙だけじゃあな……」
「何か付加価値が欲しいですね」
「ミチアの言うとおりだな。いい付加価値を付けられれば、紙というのは数量的には好都合だ」
ハルトヴィヒが言う。アキラも同感だった。
「付加価値と言ってもなあ……」
真っ先に思いついたのは『絵』である。
「絵をうまく量産できないかな?」
「そう言っても、絵というのは好みがあるし、100枚以上も同じ絵を描くのは事実上無理だろう」
「ガリ版でも?」
「いや、ガリ版だと線画になってしまうんじゃないか?」
「多色刷り、という手があるにはある」
「版画か!」
瓢箪から駒、というかブレーンストーミングの成果というか、なかなかいい案が出てきた。
「版画で絵をたくさん刷る、というのはいいな」
「……下絵さえちゃんと出来ていれば、版は僕に任せてもらえばなんとかするよ」
「おお、それは頼もしいな」
「でもアキラさん、絵というものはおいそれと描いてもらえませんよ?」
「リュシーに頼んだらどうだろう?」
リュシー……リュシルはミチアの同僚で、絵がうまいのである。
「でも、いくらなんでもリュシーの絵を王族をはじめとする身分の高い方たちに配るのは……」
「駄目かな?」
「どうなんでしょう。失礼とまでは言いませんが、そこまで喜ばれるものではないと思うんです」
「それもそうか……」
ミチアの意見に、アキラも少し考え直し始めている。
ここでリーゼロッテが再び意見を口にした。
「おめでたい絵とか、珍しい絵とか、王都では見かけないモチーフとかあればいいんでしょうけどね」
「そうだなあ……うん? 待てよ?」
「お、何か思いついたのか?」
「うん。ちょっと待ってくれ」
アキラはそう言うと、荷物の中から『携通』を取り出した。
「ええと、何かあったはず……」
そして、何やら検索していく。
「ああ、あったあった」
見つけ出したのは『日本画』のフォルダ。
「ここに何かあってもいいはずだ……」
そしてさらに探していく。
「あった! ……ハルト、リーゼ、ミチア、ちょっとこれを見てくれ」
「どれどれ……」
3人はアキラが『携通』に表示した画像を見て、
「綺麗ですね。何をしてるところなんですか?」
「これは、アキラの世界の正装かい?」
「民族衣装っぽくもあるわね」
それぞれの感想を述べた。
「これは……ええと、『上村松園』という女流画家が描いた絵なんだ。『序の舞』っていってね」
大学の一般教養科目として履修した『東洋美術』で学んだのである。
「舞というのは、そうだな……静かな、ゆるやかな踊りというか伝統的な文化なんだ。その中で、始まりに行うのが『序の舞』で……」
おぼろげな記憶を掘り起こして説明するアキラ。
「とにかく、物事の始まりも意味したりして、おめでたいんじゃないかなって思ったんだ」
ハルトヴィヒは頷いた。
「うん、いいんじゃないかな? な、リーゼ?」
「ええ。アキラが『異邦人』というのは知られているんだから、アキラの世界の絵の模写、ということで、この絵を刷って配るのは有りだと思う」
「よっしゃ」
「……あとは、これを多色刷りの版におこして印刷する時間ね」
「あと3日か……」
「事実上2日半しかないぞ」
「やるなら急がないとな」
「わ、私、リュシーを呼んできます!」
方針が決まれば、あとは実行である。
「下絵はリュシーに、版は僕に任せてくれ。刷るためのインクは……」
「私に任せてよね」
ハルトヴィヒとリーゼロッテが頼もしい。
「印刷はリュシーやミゼットやミューリやリリアにも手伝ってもらえば、100枚なんてあっという間に刷れるよ」
「だといいんだが」
絵を多色摺りの版に分解するのはそれなりに熟練の技と経験が必要になる。
が、ハルトヴィヒは胸を叩いて、
「それは大丈夫。僕も、生活費を稼ぐためにそういう仕事をしたことがあるんだ」
と言った。
経験者なら安心して任せられるな、と、アキラは胸をなでおろす。
そこにミチアがリュシルを連れて戻ってきた。
「アキラさん、リュシーを連れてきました」
「アキラさん、何か描いて欲しい絵があるんですって?」
「うん。これなんだが……」
「わっ! なにこれ!! 描いてみたい!!!」
リュシルはひと目見て気に入ったらしく、やる気を見せていた。
こうして、なんとかかんとか、結婚式のお返しの記念品が決まったのであった。
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