第三十一話 ダンス・ウィズ・ラヴァー
翌朝、朝食を久しぶりにアキラ、ミチア、ハルトヴィヒ、リーゼロッテの4人で摂った。
食べながら、そして食べ終わってからも、新婚旅行の土産話に花が咲く。
「なるほどなあ、『アズール海岸』はいい所だったみたいだな」
「ええ。アキラとミチアの新婚旅行にもお勧めよ」
「リーゼ、僕らの後、というのはどうかと思うよ」
「あら、いい場所はいい場所なんだから関係ないわよ。ねえ、アキラ?」
「う、か、考えておく」
とりあえずはそう答えておくアキラであった。
* * *
さて、アキラたちも雑談ばかりしているわけにはいかない。
この日にやるべきことは、アキラとミチアが着る衣装を仕上げることだった。
ウェディングドレスはリーゼロッテが着たものを仕立て直し、少し手を加える。
リーゼロッテは身長162センチ、体重49キロ、B87W58H89。
ミチアは身長157センチ、体重43キロ、B84W55H87。
つまり一回り小柄なのである。
そのまま着たのではだぶついてしまうわけだ。
「準備は出来てるわよ!」
ミチアの同僚でお針子頭のリゼットが、手ぐすね引いて待ち構えていた。
ウェディングドレスも、ちゃんと洗濯してアイロンで仕上げてある。
「スカート部分の丈をちょっと詰めるでしょ。それからウエストをもう少し絞った方がいいわね」
女性の支度は女性陣に任せ、アキラとハルトヴィヒは自分たちの役割を進めることにした。
「で、僕らのときと何が変わるんだい?」
「基本的な進行は変わらない。ただ場所が大広間になって、出席者が王城内の貴族ほぼ全員になるらしい」
「……ご愁傷さまだな」
「……うん」
付き合いの長いハルトヴィヒは、アキラがそうした物々しい行事が大嫌いで大の苦手であることを知っていたのでそう言うしかなかったのだ。
「ま、まあ、これ1度きりだから、な?」
「……うん、まあ、仕方ないよな……」
その式で、アキラはド・ラマーク領を下賜され、『アキラ・ムラタ・ド・ラマーク男爵』となる予定なのである。
そしてミチアは正式に本当の家名、『ミチア・エノテラ・ド・ラマーク』を名乗ることができるようになるはずなのだ。
お取り潰しになったミチアの家を再興するという点においても、アキラとしては引っ込むわけにはいかないのだ。
そのあたりの事情は知らないハルトヴィヒではあるが、アキラがミチアのために授爵しようとしていることは察しており、応援しようと決めているのであった。
男物の服は麻なのでアキラの分もできており、こちらは問題ない。
式次第も、それを決める打ち合わせにアキラも参加しているので、これまた問題ない。
礼儀作法も、シャルロット王女から毎日2時間の教育を受けているので、当日までにはなんとかなりそうだ。
では、何が問題なのか。
それは『ダンス』であった。
出来上がった式次第では、披露宴において新郎新婦は最低でも1度、ダンスを披露しなければならないのである。
アキラはまだまだ未熟で、どうにも危なっかしいのである。元々フォークダンスくらいしか経験がないのだから。
ミチアが名人級であれば問題ないのだが、そのミチアも多少なりとも経験があったという程度なので、アキラをリードできるほどではないのだった。
「なるほどなあ。……まあ、頑張ってくれ」
「……温かい応援の言葉、ありがとうよ」
少しむくれて返事をするアキラであった。
* * *
ダンスの練習相手は、シャルロット王女殿下お付きの侍女。
侍女と言っても、王女殿下付きともなると下級貴族の次女三女が選ばれるのだが、アキラの先生になっている女性もその例に漏れず、男爵家の三女ということであった。
「アン、ドゥ、トロワ。……はい、そこでターンします。あまり足元ばかり見ないでください。背筋はもっと伸ばして、左手は私の腰に回して……そうです」
彼女が選ばれたのは、体格がミチアに近いからである。
歩幅や体重が近ければ、ステップのタイミングもほぼ同じになるのだ。
* * *
「そう、もう少し身体を預けてください。……はい、そのくらいです」
そしてミチアはミチアで、王女殿下付きの執事の1人に特訓を受けている。
どうせならアキラとミチアを組ませて指導すればいいように思えるが、それは熟練度が同じくらいの時のこと。
アキラがもう少し上達しなければ、ちぐはぐなことになってしまうのだという。
それを聞いているアキラなので、苦手ではあるが懸命にダンスの練習をしているのであった。
「明日からはアキラ様とミチアさんのペアで練習していただけそうですね」
2人の仕上がりを見ていたシャルロット王女が笑って言った。
「その方が練習にも熱が入るでしょうし」
* * *
「アイン、ツヴァイ、ドライ、アン、ドゥ、トロワ」
「……ほらハル、ステップが違ってる」
「お前と一緒にするなよ。僕は一般人なんだぞ」
「私だって6女で庶子なんだけどねー」
そして当然、出席することになるハルトヴィヒとリーゼロッテも、ガーリア式のダンスの練習をするはめになっていたのだった。
* * *
そして、ダンスの練習ばかりをしているわけにもいかない。
結婚式について話し合っているのはアキラ、ミチア、ハルトヴィヒ、リーゼロッテの4人。
「出席者に記念品?」
「そうなりそうなんだ」
「大変ね」
今回の結婚式では、出席者がご祝儀をしてくれることになるらしい、とアキラはハルトヴィヒに説明した。
「もちろん、気持ち程度なんだけどな」
傷のない磨き上げた銀貨1枚とか、銀のスプーンとか、そういったレベルになるという。
「それに対して何かお返しというか記念品を、か……なかなか難しい話だな」
「そうなんだよ」
「お返しですからそちらも『気持ち』でいいんでしょう?」
「そうなんだろうけど思いつかないんだ」
「シルクのハンカチだって数が揃いませんからね」
4人は頭を悩ませるのであった。
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次回更新は9月5日(土)10:00の予定です。