第三十話 帰ってきたハルトヴィヒたち
「おかえり!」
「ただいま!」
「お帰りなさい。楽しかったですか?」
「ええ、そりゃもう。ガーリア王国は私たちにとって初めての場所が多いから」
新婚旅行から帰ってきたハルトヴィヒ・リーゼロッテ夫妻をアキラとミチアは王城の玄関ホールまで出迎えていた。
「いやあ、見るもの聞くもの珍しいものばかりで、楽しかったよ」
「ほんとね。いい思い出になったわ」
部屋に戻るや否や、さっそくいろいろと言葉が交わされる。
「もう少し日数を取って上げたかったんだけどな」
世界で初めての新婚旅行ということで前例がまるでなかったため、使者として王都に来たフィルマン前侯爵と『シルクマスター』アキラの随員扱いの2人に対し、これ以上の休暇旅行を取らせることができなかった、というのが真相である。
「また日を改めてのんびりしてもらおうとは思っているんだが」
とアキラが言うと、リーゼロッテは苦笑して、
「当てにしないで待ってるわね」
と答える。
「この後『蔦屋敷』に帰ったら、また忙しくなって旅行どころじゃなくなるんじゃないかしら?」
「う……それは否定しきれない……ごめん」
俯いて頭を掻くアキラに、リーゼロッテは笑いかけた。
「冗談よ。あそこでの仕事はやり甲斐があるから、大変だけれど苦痛じゃないわ。充実しているから毎日が楽しいもの」
ハルトヴィヒもその言葉に乗り、
「そのとおりさ。必要としてくれる人の期待に応えること。技術者にとってはそれが報酬だ」
と言う。リーゼロッテもそれを聞いて笑って言った。
「たまにはいいこと言うじゃない、ハル」
「僕はいつでもいいことを言っているぞ」
「はいはい、そうですね。あ、ハル、荷物片付けちゃいましょ」
「お、そうだな」
そんな2人を見てミチアとアキラは笑って顔を見合わせた。
「仲がよろしくて結構ですね」
「成田離婚なんてあの2人には無縁だな」
ぼそっと呟いたアキラの言葉に、ミチアが食いついた。
「……なんですか、その『なりが離婚』って?」
「『成田離婚』な。新婚旅行に行ったカップルが、帰ってきてその場で離婚する……と言えばいいのかな?」
「な、なんでそんなことになるんですか?」
「あー……なんでだろうな? そうだなあ……新婚旅行に行って、その旅先で今まで知らなかった相手の嫌なところに気がついて、帰ってくるなり離婚してしまう……んじゃないかなあ」
「り、理解できません……だって、考えた末に結婚したんでしょう? それがなんで……」
「まあなあ。つまり、結婚するまでは相手に自分の本性を見せていなかったんじゃないかな?」
「いいところばかり見せていた、ってことですか?」
「そうそう。それに、人間ていうものは『見たいものを見る』ようにできているんだよなあ……」
「それって、どういう意味?」
「え? あ、リーゼ」
ミチアと話し込んでいたら、声が大きかったからか、荷物をほどいていたはずのリーゼロッテとハルトヴィヒもやって来て聞き耳を立てていたのであった。
「ええと……」
これについては『携通』にも入っていなかったことなのでミチアも知らないわけだ。
だからミチアからの援護は期待できない。というより、そのミチアに説明しようとしているわけだが。
「……人は楽観的に物事を捉えがちであり、自分の都合のいいようにこの世界を見る傾向がある……ということだったかな」
なんとか大学の授業で習った内容を思い出し、口にするアキラだった。
「ふむ……なるほど。確かにな」
ハルトヴィヒが唸った。
「確かに、『自分だけは失敗しない』とか『自分は人とは違う』なんて根拠のない自信をもつ者は多いけど、それも今アキラが言った『見たいものを見る』の派生かな?」
「ああ、そうかも知れない」
アキラは心理学には疎いので、それ以上のコメントはできなかった。
「でも、私たちはそうじゃないわね」
「だなあ。リーゼとは付き合いが長いもんな」
「ええ。いいところも悪いところもよく知ってるわ」
「その上でこうして一緒になったわけだしな」
「そうよね」
この新婚の2人には、『成田離婚』なんて全く縁のない話だったな、と苦笑するアキラであった。
「それじゃ、お茶を淹れますね」
「あ、悪いな」
そんなわけでアキラたちはお茶を飲みながら、話を続けた。
「それで、アキラにお土産があるんだ」
「へえ? 気を使ってくれなくてもよかったのに」
「そういうんじゃないけどさ。まあ見てくれよ」
そう言ってハルトヴィヒがテーブルの上に置いたものは……袋。
「袋? 何が入っているんだ?」
「開けてみてくれ」
「うん。……こ、これは!」
その袋に入っていたのは穀物。『オリザ』であった。
「お米だ!!」
「それだろう? アキラがずっと探していたのは?」
「ああ、これだよ!」
「よかった。アズール海岸で知り合った商人が取り扱っていたんだ。とりあえず2キロだけ分けてもらってきた」
「ありがとう!」
形を見ても、『ジャポニカ米』に近いようである。
「味噌と醤油が手に入っているからな。これで白いご飯が食べられる……後は無菌の生卵があればなあ……」
ないものねだりとわかってはいても、ここまで来ると『卵かけご飯』が食べたくなるアキラなのであった。
* * *
「それからミチアには、これ」
「私にもですか? ありがとうございます」
ミチアへのお土産は貝細工のペンダントヘッドであった。
「綺麗ですね、これ」
「アズール海岸はそうした貝細工が特産品だったんだ」
そんなふうに、旅行の話を聞いていると、あっという間に時間が流れ……。
「ええっ!?」
「王妃殿下の肝いりで、アキラとミチアも結婚式をするんだって!?」
「よーし、それじゃあ私たちの式よりもさらに盛大にしましょ!」
張り切るリーゼロッテ。
「あー、ありがたいけど、まずは明日から、な」
もう大分夜も更けていたので、込み入った話は明日、と仕切り直すアキラであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月29日(土)10:00の予定です。
20220724 修正
(誤)「それだろう? アキラがずっと探していたのは? 」
(正)「それだろう? アキラがずっと探していたのは?」




