第六話 会議は踊る、されど……
蚕たちは糸を吐き、蔟の中で繭を作り始めている。
「はあ、面白いもんでがんすねえ」
「繭ってこうやって作るんですね」
と、5人の『幹部候補』は感心し、
「何これ! この糸を使おうっていうの? 発想が凄すぎるんですけど!」
と、リーゼロッテ・フォン・ゾンネンタールは興味全開で叫んだ。
そしてハルトヴィヒ・アイヒベルガーは、
「ふむ、この『蔟』を、重さで回転するようにしてほしいというんだな? 任せておけ」
と、アキラの要望である『回転蔟』への構想を脳裏に描いていたのである。
それはそれとして、今回はひととおりの作業を教えるため、羽化、繁殖まで行う予定である。なのであと10日から14日ほどは見守る以外することがない。
なので5人はこれまで以上に勉強だ。ミチア先生に付きっきりで教育してもらうことになる。
そしてアキラは、ハルトヴィヒとリーゼロッテに養蚕のあらましを教えることと、もう一つ『公衆衛生』について少しずつ進めていくことにした。
養蚕のあらましを伝えることに問題はない。
重要なのは『公衆衛生』である。
「……ふうん、目に見えない小さな小さな生き物が、病気の元であり、物を腐らせもする、ということなのね?」
アキラは、フィルマン前侯爵にした説明を、もう一度リーゼロッテに対して行った。
「思い当たる節がありすぎるわ。……『さっきん』? 『めっきん』? それを行いたいわけね?」
「そういうことです」
「そして、そういう機能を、井戸やトイレ、下水に付けようというんだな?」
リーゼロッテとハルトヴィヒは、アキラの説明を正しく理解してくれた。
「伝染病の予防と撲滅……それだけでもやる価値はあるわね」
蚕も病気になることがある。その時になって慌てないよう、今から準備しておくという意味合いもあるのだ。
そしていつしか、話は広がっていく。
「ふーむ、羊皮紙ではなく木の皮で紙を作るんだって!?」
という周辺技術に関する話や、
「いずれ、絹織物を量産するための織機か。……うん、調べておこう」
という、産業化のための話に花が咲く。
「いやあ、やっぱり来てよかったわ! アキラ君、『異邦人』という人々は、みんなあなたのような知識を持っているの?」
この質問に、アキラは首を横に振った。
「いや、そんなことはない……と思う。俺は……『向こうの世界』では、理系……そうした技術関係の学生だったからね」
アキラが『向こうの世界』と口にしたとき、少しだけ心が痛んだが、もう取り乱すようなことはなかった。
「俺の世界では、専門分野が細かく分かれていたからな」
「でも、アキラ君はずいぶんと広い知識を持っているようじゃない?」
「ああ、それは、一定の年齢になるまでは『基礎教育』として、広く浅く、いろいろ学ぶからだな」
そうした後に、自分の適性を見極め、やりたいことを見つけていく、とアキラは説明した。
「ふうん。確かに合理的なやり方ね! いろいろ教えてもらいたいわ」
目を輝かせてアキラを見つめるリーゼロッテ。その瞳は捕食者のようだ、とアキラは少し背筋が冷えるのを感じたのである。
「……で、だ」
話が大分逸れてしまったので、アキラは仕切り直すことにした。
「まずお願いしたいのは、汚水の処理だな」
以前、フィルマン前侯爵に話をした際は『地の精霊石』を使う、と聞いたことをアキラは思い出した。それを2人に言うと、
「『地の精霊石』か。確かに、そういうものはある」
「あれはね……『大地』の力を何倍にも増やすものなのよね。だから使うと『作物がよく育つ』『汚物がきれいになる』といった効果が出るわけよ」
聞いたアキラはなるほど、と思ったが、
「それって、土の中にいる微生物を活性化しているんじゃないかな?」
と、思いついたことを口にすると、
「んん? それってどういうことだい?」
「アキラ君、その話、詳しく!」
と、2人とも食いついてきたのである。
「え、ええと……」
2人の勢いに押されつつ、アキラは訥々と説明を行っていった。
「つまり、その微生物には、役に立つものと害になるものがあるのか!」
「その役に立つ微生物が、いらないものを分解して、草木の栄養にしてくれているのね!」
2人の理解力は高く、大事な部分はすぐに飲み込んでくれた。
「なるほど、だからアキラ君は、その微生物を活性化しているんじゃないか、と言ったわけね。確かにそうかも」
汚物を分解してくれる微生物の働きを何倍にもしていると仮定すれば辻褄が合う、とアキラは考え、リーゼロッテもそれに賛成してくれたのだった。
「僕も基本的には賛成だ。だが、証明ができない以上、公表はしない方がいいだろうな」
そしてハルトヴィヒは、あくまでも冷静な意見を述べた。
「それはわかる。どちらにしても、汚水の浄化という効果に変わりはないんだし」
「でも、私はこういう議論が好きよ!」
こうしてみるとリーゼロッテは理論派、ハルトヴィヒは実践派寄りなのかもな、と思ったアキラなのだった。
「また話が逸れたな……」
アキラは再度仕切り直す。
「ああ、汚水の処理の話をしていたんだっけ」
今のまま地下浸透式で汚水処理をしていると、近いうちに大地の浄化能力を超えてしまい、飲料水が汚染される危険がある、とアキラは主張した。
「それに……」
「それに?」
「汚水処理がうまくいったら、風呂も作りたいんだよなあ」
そう、アキラは行水や身体を拭くだけの毎日にうんざりしていたのだ。
「風呂か……王侯貴族には人気だと聞いているが……」
「あ、やっぱりあるんだな」
同郷の異邦人がいるなら、風呂も普及しているんじゃないかと思っていたアキラではあるが、思ったほどではなかったようだ。
「石造りの部屋の中に、熱した石を置いてそれに水を掛けて湯気を出させて、そこに籠もるのがはやっているわ」
とのリーゼロッテの言葉に、アキラは蒸し風呂あるいはミストサウナを思い出した。
(そういえば、光明皇后の『から風呂』ってそんなようなものだったかな?)
養蚕の歴史を調べていた際、古事記や日本書紀を読みあさったことがあった。その際、平城京を造った聖武天皇の皇后である光明皇后が法華寺に『から風呂』という蒸し風呂を造り、一般庶民に開放した……。
という話を目にしていたのだ。
アキラも日本人の例に漏れず風呂好きなので、こうした風呂にまつわるエピソードは覚えていたというわけだ。
閑話休題。
この世界の風呂は蒸し風呂、水風呂、行水止まりなようだ。
「お湯風呂……ってのはないのか?」
「あるにはある。だが、皇帝、王族……大公くらいだろう、浸かっているのは」
「それはなぜ?」
「水をくむ手間、それを湯に沸かす手間……だろうな」
それを聞いたアキラは質問を変える。
「水を出す魔法ってないのか?」
これに答えたのはリーゼロッテ。
「あるわよ? だけど、人一人が浸かるほどの水を出し続けるなんて、どんな魔法士にもできないわよ」
「なるほど」
魔法を使うことができないアキラは、この世界の魔法がどういうものなのか、時折考えていた。
「やっぱり『水を出す』というのは、空気中の水分を凝縮させているんだな」
「その話、詳しく!」
「僕も聞きたいな」
またしても食いついてくる2人。
「え? ええと、ほら、湿度というのは……」
こうして、彼ら3人の話し合いはちょいちょい横道に逸れるため、なかなかまとまらないのであった……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は3月24日(土)10:00の予定です。
20180318 修正
(誤)2人の勢いに押されつつ、アキラは訥々(とつとつ)と説明を行っていった。
(正)2人の勢いに押されつつ、アキラは訥々と説明を行っていった。
(旧)光明皇后のから風呂ってそんなようなものだったかな?)
(新)光明皇后の『から風呂』ってそんなようなものだったかな?)
20190612 修正
(誤)回転蔟
(正)回転蔟