第二十六話 三寒四温
結婚式の翌日。
ハルトヴィヒとリーゼロッテは、2泊3日で近郊の町へ新婚旅行に行くことになっている。
もちろん、アキラの勧めによるものだ。
「僕らが新婚旅行1号でいいのかい?」
「もちろんさ」
これは同時に、アキラの気遣いでもある。
帰化したばかりの2人だから、この国になくてはならない名誉を付加して重要人物にしようというわけだ。
『世界初のやり方で結婚式をした2人』『世界で初めて新婚旅行をした2人』というネームバリューが付けば、ぞんざいな扱いもできないだろうという考えからである。
2人の出身国である『ゲルマンス帝国』と、この国『ガーリア王国』とは表面上は友好をうたってはいるが、まだまだ紛争の種は尽きていないのだから。
2国間に不穏な空気が流れても、2人とガーリア王国との絆が弱くならないように……それが、友である自分にできることだ、とアキラは思っていたのである。
とはいえ、遠くへ行くわけではない。2泊3日であるし。
隣の隣の町……まで行くと、海に行き当たる。
隣町はモナド、そのまた隣にある目的の町はニュウス。ゆっくりのんびり行っても1日弱の行程だ。
ガーリア王国の南海岸になり、一帯は『アズール海岸』(=青の海岸)と呼ばれている。
海辺の街ニュウスは避暑地・避寒地として栄える観光都市である。
2人はそこで2泊してのんびり過ごすことになっている。
旅費その他はアキラが全部負担した。2人への感謝の気持ちである。
* * *
「……今頃は中間地点かな。モナドっていったっけ」
「はい。10キロくらいですから馬車でも3時間あれば着きますね」
ハルトヴィヒとリーゼロッテの出立を南の城門で見送ったあと、アキラとミチアはそのまま町めぐりをしていた。
「2人が帰ってくるまではのんびりできるな」
「はい」
そんな会話をしながら繁華街へ向かう2人。
「ミチアはこの町に詳しいのかい?」
「いえ、詳しくはないですね。首都だけあって発展も著しいですし」
「それでも俺よりは土地勘があるだろう?」
「それはそうですが……」
「今日はミチアの行きたいところに行ってみよう」
「いいんですか?」
「もちろん」
「それじゃあ、まずは……」
ミチアがアキラを案内していったのは静かな公園だった。
木立に囲まれ、小さな池もある。池の周りにはベンチや四阿もあった。
「繁華街の中にもこんな一角があるんだな」
「はい。……ここは、変わっていませんね……」
どうやらここは、ミチアにとって思い出の公園らしい、と気付いたアキラは、あまり詮索はせず、ミチアの話に相槌を打つくらいでとどめておくことにした。
「この小道、両親とよく散歩したものです」
「そうなんだ」
「あそこの銅像に登って叱られたこともありました」
「そんなことしていたんだな」
「……あの四阿で休んだ覚えがあります……」
「そっか」
ミチアの歩みが次第に遅くなっていき、その四阿の前で立ち止まる。
石造りの柱の1つにミチアは手のひらを当て、
「……この傷……まだそのままなんですね……」
と、昔を懐かしむ目付きをした。
こうして昔を懐かしむミチアを見るのは初めてだったが、その横顔には懐かしさと僅かな寂しさはあれど悲しみは感じられなかったので、黙ってそばにいることを選んだアキラだったのである。
* * *
「……ありがとうございます、アキラさん」
ミチアの後を付いて公園を巡ったアキラであったが、木立を抜けて元の繁華街に出る直前、微笑みを浮かべながら彼女が言った。
「ちょっと昔を思い出しちゃいました」
だがそう言ったミチアの目は少し潤んでおり、アキラは思わず肩を抱いてしまう。
「あ、アキラさん?」
「……ちょっと寒いんじゃないかとおもってさ」
それを聞いたミチアはくすっと笑い、少し頬を染めながらも、
「……寒いです」
と言いながら、アキラの腕をとった。
「これで暖かくなりました」
「そ、そりゃよかった」
アキラも少し慌てたが、その手を振りほどくことはしない。
「行こうか」
「はい……」
そうして2人は繁華街へと歩いていった。
* * *
「何か飲むか?」
時刻は午前10時少し前。2人とも、歩いたので喉が渇き始めていた。
「そうですね……」
遠慮するミチアを見てアキラは、『キャフェ』と書かれた看板を見て、その店に入った。
暖かい店内に座るとほっとする。
アキラもミチアもホットティーを頼んだ。
アキラもミチアも砂糖を一匙。
甘くて暖かいお茶が嬉しい。
「今日は少し寒いな」
「そうですね。春とはいえ、寒い日もありますね」
「俺のところでは三寒四温、なんていう言葉もあったな」
3日寒い日が続いても、今度は暖かい日が4日間やってくる。そうした寒暖を繰り返し、本格的な春が訪れる……というものだ。
アキラだけではなく、多くの人が勘違いしているが、これは冬のことで、実は春の話ではない。
晴れた冬の日は寒く、曇りの日はやや暖かい……かららしい。
しかし、アキラのいた日本では春先にこうした気象が見られるので、すっかり早春の陽気を表す言葉として定着してしまった……ようだ。
「もうすぐ本格的な春がやってくるよ」
「ふふ、そうしたらまた忙しくなりますね」
「そうだな、頑張らなきゃな」
「精一杯お手伝いしますね」
「頼むよ、ミチア」
「はい、アキラさん」
もはや故郷ともいえるリオン地方の春を思い出し、アキラとミチアは微笑み合うのであった。
2人に春が訪れる日も近いのかもしれない。
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