第二十五話 王女殿下の興味
シャルロット王女殿下から呼び出されたアキラ。
深夜に女性王族の部屋を訪れるのはどう考えてもまずいと思ったアキラは、特に『1人で』と言われたわけでもないということでミチアに付いてきてもらうことにした。
王女殿下の私室前には2人の護衛兵が立っていたが、アキラを見ると無言で頷き、特徴のあるリズムでノックをした後、扉を開けてくれたのだった。
「ようこそ、アキラ様」
「お、お召しにより参上いたしました」
立ってアキラたちを迎えたシャルロット王女に、慣れない挨拶をするアキラ。
王女はニッコリと笑って、アキラとミチアにソファを勧めた。
「失礼いたします」
「失礼いたします」
ミチアが一緒だったことには、何もお咎めがなかったのでホッとする2人だった。
「さて、こんなお時間にお呼び立てしたことをお詫びいたします。ですが私と致しましてはあまり時間が取れない身の上ですので、お許しいただきたいですわ」
「は、それはもう、いっこうに構いませんので」
「ありがとうございます、アキラ様」
ここで侍女が飲み物を王女、アキラ、ミチアの前に置いた。部屋が温かいので冷たいジュースのようだ。
「あ、済みません」
反射的に礼を言うアキラだった。
そんなアキラを見てシャルロット王女は微笑むと、まずジュースに口をつけた。
それを見てミチアが、そしてアキラも真似をして口をつける。
アイスティーのようで、ほのかに果物の香りもした。
「美味しいですね」
「ふふ、お口に合ってよかったです」
そしてシャルロット王女はカップを置くと、本題に入った。
「お呼び立ていたしましたのは、お伺いしたいことがあってです。それは、アキラ様の世界の結婚式についてです」
「……は、はあ」
「……実は、少しだけですが、本日行われた式を見学させていただきました」
「そうだったのですか」
「ちょうど司教様の前で、誓いの言葉を交わしてらっしゃる時でした。感動しましたわ」
その時のことを思い出したのか、少し顔を紅潮させる王女殿下であった。
「式次第はアキラ様が宰相と一緒にすり合わせをした、と聞きました」
「はい、そのとおりです」
「ですので、こちらの風習にとらわれない場合はどういうやり方になるのか、お聞きしたいのです」
「そういうことでしたか」
「はい。実は明日から2日間は、公務があって自由時間が取れませんので、無理を言ってお呼び立てした次第です」
王女殿下ともなると自由時間が少ないのだなあと、アキラは少し同情した。
そして知る限りのことを説明して差し上げようと思ったのである。
* * *
「ええと、本日のような式を『教会式』と言っています」
アキラはキリスト教式の結婚式について説明していった。
宰相と式次第を詰めていったばかりなので、本来の『教会式』のやり方はだいたい頭に入っていた。
指輪の交換、神父の前での誓いの言葉、ライスシャワーなど、知っている限りの説明を行った。
ところどころうろ覚えだったり間違ったりもしたが、そもそも正しいやり方というものはこちらの世界に伝わっていないのでまったく問題にはならないのであった。
「そういうやり方なのですね、勉強になりましたわ」
シャルロット王女はうっとりした顔をしている。
「それで、もう一つありまして」
「まあ」
シャルロット王女の熱心さを見て、どうせなら『神前式』も説明してしまおうとアキラは考えたのである。
こちらも『携通』にほんの少しだけ情報が保存されていたので、本当に簡単にではあるが説明できるのだった。
「宗教が違うのでやり方も違います」
とアキラが言うと驚かれてしまった。
「まあ! アキラ様の世界には、いろいろな宗教があるのですか?」
「はい。時間がありませんので詳しい説明は省かせていただきますが、こちらはお……私の国の国教です」
「そうですのね。……そちらにつきましてもお聞きしたいですが、時間がないのが残念です」
「機会がございましたらまた。……ええと、『和服』という民族衣装を着まして……」
そしてアキラはかなり省略され、間違いも含んだ『神前結婚式』について説明したのである。
神主のお祓いや祝詞、三三九度の盃や、白無垢について説明したのである。
だが『高砂』についてはまるでわからないので割愛してしまったアキラであった。
蛇足ながら『たかさごや〜』で始まる『高砂』は、室町時代に世阿弥が作った能楽『高砂』の中で神主が謡う謡曲の一部である。
「……こちらは詳しくないので、間違っていたら済みません」
「いえ、興味深いものでしたわ。ですが、アキラ様のお国のやり方なのにお詳しくないのですね」
「お恥ずかしい限りです」
教会式の方はテレビドラマや映画などでそれらしいシーンを見たことがあったのだが、神前結婚式はテレビで三三九度の場面くらいしか見たことがなかったのだから無理もない。
「私はまだ学生でしたから、そちらの知識には疎かったんです」
「そうでしたのね。ですが、今は?」
「え?」
「そちらのミチアさんと……。お話はうかがっておりましてよ?」
「き、恐縮です」
「あらあら、うふふ」
赤くなるアキラとミチアを見て、シャルロット王女はいたずらっぽく微笑んだのだった。
* * *
そしてようやく解放されたのは午後11時近く。
「ああ、ほんとに疲れた」
「お疲れさまでした、アキラさん」
「いやミチアも付き合ってくれてありがとう」
2人ともあてがわれた部屋のベッドに倒れ込むと、そのまま眠りに落ちたのだった。
しかし、この夜の出来事が、後にあのようなことになるとは、2人とも夢にも思わなかったのである……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月18日(土)10:00の予定です。
20200711 修正
(誤)「お呼び立ていたしましたのは、お伺いしたことがあってです。
(正)「お呼び立ていたしましたのは、お伺いしたいことがあってです。
(誤)「ちょうど司教様の前で、近い言葉を交わしてらっしゃる時でした。
(正)「ちょうど司教様の前で、誓いの言葉を交わしてらっしゃる時でした。