第二十四話 宴のあと
リュシル、リリア、リゼット、ミューリ、ミチアが歌う『カナブンのサンバ』が終わると、万雷の拍手が贈られた。
今回、歌詞はミチアの協力でこちらの言語に直してあったので、全員が聞き取ることができ、楽しんでくれたようだ。
「ふうむ、『異邦人』の国の歌か。なかなか面白いな」
「浮き立つようなリズムですね」
「他にも聞いてみたい気がしますぞ」
などと感心した人々が多かったが、中には、
「しかし、『異邦人』の国では昆虫が服を着て踊るのですかな?」
などという勘違いをしてしまった人もいたようだ。
たまたまそんな呟きを耳にしたアキラは、改めて司会として告げる。
「一言ご説明いたします。『カナブンのサンバ』ですが、ここに出てくる人間以外……まあ虫なんですが、彼らは『擬人化』といいまして、人になぞらえて歌われております」
「ほほう、なるほど」
「そういうわけだったのか」
「だが、なぜ?」
どういうわけか宰相パスカル・ラウル・ド・サルトルが前に出てきて、アキラに詰め寄るようにして質問をしてきたのである。
「え、ええと、私はそういった『文化人類学』といえるものに詳しくはないのですが、1つには『多様化』を楽しむためではないかと思っております」
「多様化?」
「はい。私がいた世界では、趣味の多様化が進んでおりまして」
「ふむ、わかる気はするな。絹の服飾といい、デザインといい、進んでいるようだからな」
宰相は頷いてみせた。
「それで、ファッションの延長として、『仮装』という分野ができたのです」
コスプレ、とは言わないアキラ。
そもそもアキラは、『二次元』『擬人化』『萌え』などをきっちりと説明できる自信がないので、自分なりに解釈した説明をするしかないのである。
「仮装?」
「はい。伝説の存在の真似とか、動物っぽく装うとか、ですね。元は小さい子供が喜ぶから、というようなことから始まったのかもしれませんが、お祭りや地域のイベントなどで取り上げられるようになって、次第に一般化してきたといえると思います」
「ふむ、お祭り……か。なるほど。今回もそれに近いな」
「はい。それがさらに、そうした『擬人化』したキャラクターを主人公にした童話が生まれ、それを読んで育った世代がさらに新しい擬人化を生み出し……とした結果だと考えます」
「ふむふむ。興味深い考察だった。アキラ殿、ありがとう。あまり時間をとってもまずいな。今日はこれで引き下がるよ」
「はあ」
宰相の意外な一面を見た気がしたアキラであった。
* * *
そんな思いがけない出来事もあったが、ハルトヴィヒとリーゼロッテの結婚披露宴は大過なく進んだ。
そして宴も終りを迎える。
「ご来場の皆様、本日は『ラグランジュ家』結婚式及び結婚披露宴にご出席いただきましてまことにありがとうございました」
司会進行役のアキラが言い、
「ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
ハルトヴィヒとリーゼロッテが深々とお辞儀をしながら礼を述べ、結婚披露宴は終わりを告げたのだった。
* * *
「はあああ、疲れた……」
「お疲れさまでした、アキラさん」
自室に戻ったアキラはソファにもたれ、ミチアに肩を揉んでもらっていた。
「あんまりこういうことってやりたくないなあ」
「気疲れ……はしますね。ある程度は慣れだと思いますよ」
「慣れ……といってもなあ」
「それに『貴族』になったら、夜会に招待されることも増えるでしょうし」
「そうか……」
ますますぐったりするアキラ。
そんな様子を見てミチアが言った。
「……お嫌でしたら無理しなくてもいいと思いますよ? 『異邦人』であるアキラさんがそう主張すれば、きっと認められると思いますし」
だがアキラは首を横に振る。
「いや、いいんだ。それじゃあミチアの家を再興できなくなるしな」
「アキラさん……無理されなくても……」
「いや、ミチアのためならこんなことどうってことないさ。……そのくらい、見栄を張らせてくれよ」
アキラがそう言うとミチアは顔を少し歪めた。
「……アキラさん……ありがとうございます」
アキラもまた、少し照れた顔で言葉を続ける。
「俺は器用じゃないから、うまい言葉が出てこないけれど、ミチアを幸せにするためなら、何でも……は無理だから、できるだけのことはやるから」
馬鹿正直なセリフに、ミチアはふふっと笑った。
「アキラさんらしいですね。そこは普通、『何でもする』って言い切るんですよ。……でも、そんなアキラさんが……好きです」
「ミチア……ありがとう」
と、その時、ドアがノックされた。
「……はい」
残念そうな顔でアキラから離れたミチアはドアに向かい、応対をする。
「何でしょうか」
「うむ、疲れているところ悪いが……」
やって来たのはフィルマン前侯爵であった。
「大旦那様」
「すまんな、ミチア、アキラ殿」
前侯爵はソファにもたれかかったアキラを見て済まなそうに言った。
そのアキラは前侯爵の来訪に立ち上がり、
「あ、閣下、なんでしょう?」
と幾分慌てた感じの出迎え方をした。
「……いや、実はな……その、なんだ…………」
フィルマン前侯爵は言いづらそうにしていたが、やがて口を開いた。
「シャルロット王女殿下が、アキラと話をしたいと仰られてな」
「今、ですか?」
時刻はおそらく午後9時半くらいのはず、とアキラは見当をつけた。
この世界的には深夜に近い認識である。そんな遅い時刻に王女殿下の部屋へ行くのは……と、アキラは躊躇した。
「いったいどんな御用なんでしょう?」
「ああ、うむ。……異世界の結婚式についていろいろ聞きたいと仰せであった」
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月11日(土)10:00の予定です。
20200704 修正
(誤)ハルトヴィヒとリーゼロッテが深々とお辞儀をしながら例を述べ、結婚披露宴は終わりを告げたのだった。
(正)ハルトヴィヒとリーゼロッテが深々とお辞儀をしながら礼を述べ、結婚披露宴は終わりを告げたのだった。
(誤)「おれは器用じゃないから、うまい言葉が出てこないけれど
(正)「俺は器用じゃないから、うまい言葉が出てこないけれど
(誤)残念そうなかおでアキラから離れたミチアはドアに向かい、応対をする。
(正)残念そうな顔でアキラから離れたミチアはドアに向かい、応対をする。