第二十一話 結婚式 壱
あっという間に日は巡って、ハルトヴィヒとリーゼロッテの結婚式の日が来てしまった。
「……大丈夫かなあ……」
式次第を考え、準備を監督したアキラは不安であった。そんな彼を元気づけるのはもちろんミチア。
「大丈夫ですよ。アキラさんが考えた式次第を、宰相様をはじめ、大勢の方がチェックしてくださったんですから。それに、その式次第を作る段階ですでに宰相様と共同作業だったじゃないですか」
「そうなんだけどさ……」
それでも不安なものはしょうがない、とアキラは言った。
「だって、この世界で初めて行われるやり方なんだから」
そう、国王の命により、アキラとミチア、それに宰相は『異世界の結婚式』をベースに、新たな様式の結婚式を準備することになったのである。
そして今日この日、『異邦人』アキラ・ムラタの友人であり仕事仲間でもあるハルトヴィヒとリーゼロッテの結婚式が執り行われることになったのである。
ちなみに、帰化したことによりリーゼロッテは家名である『フォン・ゾンネンタール』を名乗れなくなった。
貴族ではないがハルトヴィヒも同じである。
2人の新たな姓は、本日の結婚式後に国王から賜ることになっていた。これは非常に名誉なことなのである。
「……愚痴っていてもはじまらないな……」
「そうですよ、頑張りましょう!」
ミチアに励まされ、アキラは顔を上げたのだった。
そしてアキラはハルトヴィヒの、ミチアはリーゼロッテの控室に、それぞれ足を運んだのである。
* * *
結婚式を行うのは王城の中広間である。
大広間は主に国家行事に使い、収容人数も1000人近い。が、中広間はもう少し小規模な行事用で、収容人数は300人ほどである。
わかりやすく例えると、一般的な小学校の体育館兼講堂くらいである。
その中広間に、王城にいる重要人物たちが揃っていた。
ガーリア王国の頂点である国王、ユーグ・ド・ガーリア。
その愛娘、シャルロット・ド・ガーリア。
宰相、パスカル・ラウル・ド・サルトル。
農林大臣、ブリアック・リュノー・ド・メゾン。
産業大臣、ジャン・ポール・ド・マジノ。
魔法技術大臣、ジェルマン・デュペー。
等、等、等。
大臣だけではなく次官や秘書クラスまでもが出席していた。
末席ではあるが、仲間であるリュシル、リリア、リゼット、ミューリらも。
「面白い形式ですな」
「まさに。なんでも、異世界の結婚式をベースに、我が国用にアレンジしたものだとか」
「ほう。すると、文字どおり世界初の結婚式ということになりますな」
「そんな式に出席できたことは我が家の誉れでありますぞ」
式が始まる前。
列席者たちはそんな会話を交わしていた。
* * *
「ミ、ミチア……わ、私、震えてきちゃった」
まさかここまで大掛かりな式になるとは思っていなかった、とリーゼロッテ。
「国王陛下まで出席するなんて、聞いてないわよ……」
「大丈夫ですよ、リーゼロッテさん。アキラさんがちゃんと段取りを付けていますから。それに沿って行動してくださればいいんです」
「そ、そりゃあ、何をどうすればいいかは覚えたつもりだけど……」
ミチアはそんなリーゼロッテの手を握り、励ました。
「すごく綺麗ですよ。みんなでここまで作り上げた絹のウエディングドレスですもの。大勢の人にお披露目してあげましょうよ」
「そ、そうね……うん、頑張るわ」
* * *
「アキラ、ここまで大げさにする必要はあったのかい……?」
ハルトヴィヒはハルトヴィヒで、集まった人数と面子に少々引いていた。
「国王陛下が出席すると言った時点でこうなるのは想像できたんじゃないか?」
「うん、まあな……。当たってほしくない予想だったけどね」
そんなハルトヴィヒの肩をアキラは軽く叩いて励ます。
「とにかく、この世界初の結婚式だ。ということは、少々トチっても見ている者にはわからないから安心しろ」
アキラはよくわからない激励を行った。
* * *
「お父さま、もうすぐですね」
「うむ。簡単に式次第は聞いているが、詳しい内容を知っているのはアキラと宰相だけだからな。余も楽しみだ」
「お母さまがいらっしゃらないのが残念です」
「そうだな、義母殿のお見舞いで実家に帰ってしまっているからな……」
蛇足ながら、王妃アドリエンヌは隣国ブリタニー王国の出身で、第4王女であった。その実母の具合が悪いため、第1王女を連れて里帰りをしているのである。
* * *
「お待たせいたしました。ただ今よりハルトヴィヒ殿とリーゼロッテ嬢の結婚式を始めたいと思います」
司会者であるアキラの声が響き、ざわついていた中広間はしん、と静かになった。
左右の扉が開き、右からリーゼロッテが、左からハルトヴィヒが出てくる。
リーゼロッテには、父親代わりのフィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵が付き添っており、ハルトヴィヒには前侯爵の友人であるガストン・ファビュ・ド・フォンテンブロー伯爵が付き添っていた。
ほう、という声が聞こえた、2人が着ている純白の衣装に目を奪われたようだ。
2人は敷かれた臙脂色の絨毯の道を左右からゆっくりと歩いてきて、中央で足を止める。
そこからは直角に進行方向を変え、中広間正面に向かって歩いていくことになる。
正面には教会の司教が柔らかな笑顔を浮かべ、2人を待っていた。
白い髭を蓄えた、物柔らかな容貌は、アキラいわく『サンタクロースのよう』。
ゆっくりと歩んでいた4人だったが、司教の手前3メートルほどのところで前侯爵と伯爵は足を止めた。
必然的にハルトヴィヒとリーゼロッテは2人だけで司教の前まで歩むことになる。
司教の前で足を止めた2人は、深々と頭を下げた。
司教は頷いて2人を見つめ、穏やかな声音で宣言する。
「名乗りなさい。まずは新郎から」
その声に促され、ハルトヴィヒが口を開いた。
「ハルトヴィヒ、旧姓はアイヒベルガー」
「リーゼロッテ、旧家名はゾンネンタール」
「よろしい。それではこれより、ハルトヴィヒとリーゼロッテの結婚式を執り行う」
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次回更新は6月20日(土)10:00の予定です。