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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第1章 基盤強化篇
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第五話 もう一人の仲間

 19匹の蚕は順調に育っていた。

 今は3齢となり、しゃくしゃくと葉を食べる小さな音を蚕室さんしつに響かせている。

「はは、でっかくなるんでやんすねえ……」

「いい食べっぷりですだ」


 そして、将来の幹部候補5人の教育も、少しずつ進んでいた。


「……で、今日は何なんだ?」

 アキラと魔法技師ハルトヴィヒは、アキラの住む『離れ』で打ち合わせをしていた。

「うん、これから人が増えてくると思うから、『公衆衛生』についてだな」

「こうしゅうえいせい?」

「そうなんだ」

 アキラはハルトヴィヒ……ハルトに、公衆衛生について己の知っていることを簡単に説明した。

 これから寒くなるので、雑菌は繁殖しにくくなるが、そんな今のうちに来年の夏に備えたいと考えたのだ。

「これは、フィルマン前侯爵にも話を通して、領地内……いや、国中に広めたいと思っているんだ」

「それは壮大な計画だな……うーむ」

 アキラから説明と計画を聞かされたハルトヴィヒは、しばらく考え込んだ。

 そして、

「アキラ、そういうことなら、もう1人呼んだ方がいいと提言する」

 と言いだした。

「もう1人?」

 オウム返しにアキラが尋ねると、ハルトヴィヒは大きく頷いた。

「ああ、そうだ。僕は魔法技師だが、そいつは魔法薬師まほうくすしなんだ」

「魔法薬師?」

 初めて耳にする単語に、再びのオウム返し。

「そうか、アキラは知らなかったか。魔法薬師というのは、魔法薬を調合する技術にけた者を指すのさ」

 その人物は、薬だけでなく魔法全般のエキスパートでもあるということだった。

「名前は?」

「リーゼロッテ・フォン・ゾンネンタールという」

「ええとフォンが付くということは……」

「うん、子爵家令嬢だ」

「ええっ?」

 そんな人物を軽々しく呼んでいいのかと、アキラは及び腰になった。だが、ハルトヴィヒは平然としたもの。

「大丈夫だよ。あいつは研究馬鹿だし、『異邦人エトランゼ』と一緒に仕事ができると聞いたら、何を置いても飛んで来るさ」

 といって憚らない。

「そういうもんかな?」

「そういう奴だ」

 ハルトヴィヒが自信満々で推薦するものだから、アキラはフィルマン前侯爵に具申することにした。


「ふむ、リーゼロッテ・フォン・ゾンネンタールとな? 確かに、聞いたことがある」

 前侯爵がちらりとセヴランを見ると、

「は、大旦那様。高名な魔法薬師でございます」

 と答える。それを聞いたフィルマンは、満足げに頷いた。

「なるほど。ハルトヴィヒ殿が推薦するということは、有能なのだな」

「はい。そして……」

 ここでアキラは、『公衆衛生』について、なぜ必要なのかをフィルマンに説明を行う。

「ふむ……目に見えない小さな小さな生き物が、病気の元であり、物を腐らせもする、というのだな?」

「そのとおりです」

 ここでアキラが異邦人エトランゼであることがものを言う。とりあえず、無条件に信じてもらえるのだ。

「暖かくなると、そうした目に見えない生き物も活発になるので、寒い季節になる今から準備しておこうというのだな?」

「はい。そして、いずれは領地全部、そして国内全体に広められたら、と思います。そうすれば伝染病なども起きにくくなるはずです」

「なるほど。それは確かに大事業になるが、やるだけの価値はありそうだな」

 フィルマン前侯爵はアキラの申し出を検討してくれそうだ。

「だが、予算も期日もかかる。まずは手近なところから始めてもらわねばならん」

「それは承知しております」

 アキラとしても、まずは村単位で改革を行い、実績を上げてから周囲の村、そして町へ、と考えていた。

「『ローマは一日にしてならず』と申しますから」

 ここでアキラは、わざとフィルマン前侯爵が興味を持ちそうな言い回しを使った。

 そしてそれは功を奏する。

「なんだね、その言葉は?」

「はい、私の国で使われる言い回しで、『大きな成果は短期間ではあげられない』という意味です」

 そしてアキラは、『ローマ』というのは古代の大国である、と補足する。

「ほほう、なるほど。その『ローマ』という国の話も聞いてみたいものだな」

「はい、いずれ」

 フィルマン前侯爵は隠居という建前ではあるが、付近の村々の領主としてここにいる関係上、租税やら陳情やらの処理という仕事も抱えているため、この日はここまでとなった。

 とはいえ、リーゼロッテ・フォン・ゾンネンタールを招聘する許可をもらえたので上々の首尾だった。


*   *   *


「アイヒベルガー様、ゾンネンタール様をお招きする件ですが……」

 家宰のセヴランはリーゼロッテを招くため、友人だというハルトヴィヒに相談に行った。

 招聘するなら迎えも出す必要があるので、住所を確認する必要があるからだ。

「ああ、それなら話は簡単だ。実はもうすぐやって来ることになっているんだよ」

「なんだって!?」

 同席したアキラは思わず声をあげてしまった。

「いや、他意はない。僕がここに招かれたことを知った彼女が、1度遊びに来たいというものだからね」

 遊びに来た彼女を勧誘するだけの簡単な仕事だ、とハルトヴィヒは笑った。

 それを聞いたアキラは、どうやらかなりフットワークの軽い女性らしい、と思った。


*   *   *


 そして少し時は流れ、蚕が終齢になった日の午後。

「やっほー、ハル!」

 という声と共に、くだんのリーゼロッテ・フォン・ゾンネンタールがやって来たのである。その後ろには少し疲れた顔のミチアがいた。

「ハル、もっと早く連絡ちょうだいよ! こんな面白そうなこと、独り占めするなんてずるいわ!」

 と言いながらハルトヴィヒの首っ玉に抱きついた。

「鬱陶しいぞ、リーゼ」

 そう言いながらもハルトヴィヒの顔は笑みを浮かべている。どうやらいつものことらしい、とアキラは思った。

 そして彼女はハルトヴィヒと共にいるアキラを見て、

「わあ、あなたが異邦人エトランゼのアキラ君ね! 私はリーゼロッテ・フォン・ゾンネンタール。リーゼって呼んでいいわ。私もアキラ君、って呼ばせてもらうから」

 と、一気にまくし立てた。

「よ、よろしく、リーゼ……さん」

 その勢いと快活さに、少したじたじとなるアキラ。

「だから、リーゼでいいわよアキラ君。これから一緒に研究をしていく仲間じゃないの」

 そう言いながらリーゼロッテはつかつかとアキラのそばまで歩いてきてその背中を勢いよく叩いた。勧誘もしないうちに、もう仲間になってくれたようだ。

「は、はあ」

 アキラが想像していた子爵家令嬢とはかけ離れた女性がやって来た。

 どうやらリーゼロッテは、かなり自由奔放な性格をしているようだ。ハルトヴィヒは慣れているのか、平然と対応している。

 ミチアが疲れたような顔をしている理由を察したアキラであった。


 この後、フィルマン前侯爵への挨拶をし、屋敷内に部屋を1室もらうというイベントを経て、リーゼロッテ・フォン・ゾンネンタールは正式にアキラの『仲間』となったのである。

 お読みいただきありがとうございます。


 3月18日(日)も更新します。

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