第十九話 ドレスお披露目
短い休憩の後、別室へ移動し、昼食会となった。
「アキラ様! 素敵なドレスを、ありがとうございました!」
先の面々に加えてシャルロット王女も同席していたので賑やかである。
「い、いえ、お気に召していただけましたら光栄です。それにあれは私だけではなく、『チーム』全員の成果です」
「ええ、わかっております。ですがその『チーム』とやらを取りまとめてらっしゃるのはアキラ様でしょう?」
それに答えたのはフィルマン前侯爵。
「殿下、そのとおりでございます。このアキラは、部下をまとめるのもなかなか達者でしてな」
「まあ、そうなのですか」
「はい。絵を描くのがうまい者、縫いものがうまい者、植物に詳しい者、手当が上手な者など、それぞれの得意分野を見出して……『適材適所』と言っておりますが、そうしたマネジメントに秀でています」
「……閣下、お……私は単に人に任せてしまっているだけで……」
「何を言うか。人を活かす術を心得ているというのは立派な指導者の証拠だ」
「は、はあ……」
前侯爵に諭されて恐縮するアキラを見て、シャルロット王女は微笑んだ。
「ふふ、アキラ様は謙虚なのですね」
「いや、そんなことないですよ」
アキラ自身、謙虚なのではなく、単に自分に自信がないからだと思っている。
そんなアキラだからこそ、周りの皆が協力したいと思うのだ、ということまでは気が付いていなかったが。
「シャル、それ以上のお喋りは食べ終えてからにしなさい」
「あ……はい、お父さま」
食べる手が止まっていたシャルロット王女は、父である国王に注意され、慌てて食事に取り掛かった。
アキラも皿の上の残りを平らげたのだった。
* * *
食後には香りのよい紅茶が出された。
ゆっくりと味わいながら、のんびりと……とはいかず、
「アキラ様、『ハンドクリーム』と『リップクリーム』のおかげで、私はもちろん、侍女の皆、手荒れも唇の荒れもなくこの冬を過ごすことができて、感謝しております」
という王女からの礼を受けていた。侍女の皆からも感謝の言葉を伝えてほしいと言われていたとのことだ。
「いえ、お役に立てたのでしたら幸いです」
「ふふ、やっぱり謙虚ですわね。アキラ様はこの国の多くの女に福音をもたらしたのですよ?」
「お、大げさですよ」
「いえいえ、そんなことはありませんわ。肌荒れは女の大敵ですもの。……ねえ、ミチアさん?」
「え? あ、は、はい!」
いきなり話を振られ、慌てるミチア。
「……アキラ様、ミチアさんを見ればわかりますわ。お肌はツヤツヤで髪もサラサラ。手だって荒れていませんもの」
アキラが身近な人たちの健康に気を使っていることがよくわかる、と王女は締めくくった。
「ええと、ありがとうございます?」
最後が疑問形になってしまったが、アキラは王女からの褒詞に対し、なんとか礼を口にできたのであった。
そんな風に楽しそうなシャルロット王女を、父親である国王は目を細めて見ていたのであった。
* * *
さて、いよいよドレスの調整である。
「それでは王女殿下、こちらへおいでください」
打ち合わせどおり、王城の侍女2人とミチアが別室へと移動した。
もちろん仮縫いしたドレスを着てみてもらうためである。
そちらの部屋にはお針子頭のリゼットも待機している。
そして15分。
女性の着替えは時間が掛かるなあ……とアキラが思い始めた頃、ようやく隣室との間にある扉が開いた。
「おお……」
国王が声を上げる。同席している大臣たちも目を見張っていた。
「綺麗だよ、シャル」
「ありがとうございます、お父さま」
シャルロット王女はドレスだけでなく、この日のために用意したストッキングを履き、手袋も付けていた。
スカートの裾は床を擦らない程度に調整されており、純白のストッキングを履いた足首がちらりと見えている。
後で聞いたところによると、このくらいの丈が今の流行なのだそうだ。
薄紫のドレスは、やや暗めの金髪とマッチし、王女の魅力を際立たせていた。
そのままシャルロット王女はアキラの席にまで歩いてきて、
「アキラ様、素敵な贈り物に、お礼を申し上げますわ」
と言い、スカートをつまんでカーテシーと呼ばれるお辞儀を行ったのである。
「あ、ど、どういたしまして」
座ったままだったアキラは慌てて立ち上がり、右手を左胸に当て、答礼を行ったのであった。
「いや、素晴らしいドレスである。フィルマン、アキラ殿、そしてドレス制作に携わった職人。皆に礼と褒詞を贈ろう」
ぱんぱん、と手を叩き、国王ユーグ・ド・ガーリアが上機嫌でそう言った。
その言葉に合わせ、居並ぶ大臣たちは拍手を行ったのである。
* * *
ドレスのサイズ合わせが終わると、シャルロット王女は名残惜しそうに隣室へ。
そして今度は先程より短時間で戻ってくる。それまで着ていたドレスに戻って、だ。
が。
「お父さま、ドレスはこのあと本縫いということですが、ストッキングはそのまま履いてきましたの。……それで、このストッキング、とっても履き心地がいいのです」
「ほう?」
もちろんアキラたちが献上したシルクのストッキングである。
「ここでお父さまにお見せできないのが残念です」
さすがに大臣たちもいる前でスカートを捲ってストッキングを履いた足を見せるというわけにもいかなかった。
それどころか、シルクの下履き……ドロワーズもそのまま履いているのだが、それもまた別次元の肌触りを王女にもたらしていたのである。
「うむ、絹織物の肌触りのよさは知っているから、想像がつくぞ。さぞや素晴らしい履き心地なのであろうな」
国王はそう言って愛娘に賛同したのであった。
「アキラ殿、この王都、そして近隣でも絹産業は興せるものであろうか?」
ブリアック・リュノー・ド・メゾン農林大臣が尋ねた。
「はい。ただ、私は夏の気候を存じません。ですが、高温多湿をしのげれば、お蚕さんの飼育は大丈夫でしょう」
アキラは答えた。
そしてこの後、王都周辺の村では養蚕が盛んになり、一大絹産業が興る……のだが、ある夏、蚕にウイルス性の病気が流行り、ほぼ全滅の憂き目に遭う。
だが、リヨン地方の蚕は大丈夫だったため、種紙を取り寄せ、5年ほどで元のような生産量に戻ったというが、それはまた別の物語である……。
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次回更新は6月6日(土)10:00の予定です。