第十七話 献上品 二
小休止を挟んで、献上品の説明は続けられている。
「これは『カウンター』です」
「カウンター?」
「何かを数えるということか……」
「はい。この軸の回転数を数えます」
「ふむ……?」
居並ぶ面々が、それが何の役に立つのか、という顔をしたのがアキラには見て取れた。
(まあ、それが普通の反応だよな)
そして、こういうときのために考えておいた使用例を説明することにした。
「例えばですね、入場した人数を数えるときに、このカウンターを付けておきます。1人につき1回転するような機構を付けておけば入場数がわかります」
「おお、なるほど」
「資材を持ち出す時、支給品を配る時などにも応用できます」
「確かにそうだ。なるほど、人が数えるより確実だな」
アキラの説明により、使い方が理解できたようで、皆カウンターの有用性に気が付いてくれたようだった。
「さらにですよ、1回転すると1メートル進むような車輪を作り、そこにカウンターを付けておきます。これを引っ張っていけば移動した距離がわかります」
「おおっ!」
「それは凄い!」
これを使えば、地図上の距離がより正確に測定できるわけで、その意味するところを理解した人々の顔は驚きに満ちていた。
「ううむ……元々は巻き取った糸の長さを測るためのものと言ったな? ……技術の恩恵とはかくも大きいものなのか……」
国王が感慨深そうに呟いた。
「これを開発してくれたのがハルトヴィヒです」
アキラはここで、一番の功労者であるハルトヴィヒの名を挙げておいた。
* * *
「それから『ボルドー液』です」
「何、ボルドー液だと?」
知っている地名が出たので、宰相、農林大臣、産業大臣らが声を上げた。
「ええと、こちらのボルドーとは直接の関係はないです。私の世界にもボルドーという場所がありまして、そこの名前を冠しているのです」
アキラが説明する。
「なるほど、そういうことか」
「不思議な符合だな」
「……それで、この液は、農作物、特にブドウの病害を防ぎます。ナメクジ類の防除も期待できます」
「ほほう……」
「使いすぎはかえって害になりますが、用法と用量を守って使用してもらえれば、収穫量の増加が見込めます」
これは朗報であった。
ブドウはガーリア王国の各地で生産されているが、十数年に1度くらいの割合でべと病やさび病という病害が発生し、収穫量を落とすばかりか、ブドウの木を駄目にしてしまうこともあったのだ。
他の果樹も同様で、これによって病害が減れば当然収穫量が上がるので、結果として国を富ますことにつながるというわけである。
ちなみに、ボルドー液の成分である銅とカルシウムはイオンとなっており、いずれ植物に吸収されるため有機農法にも使えると言われている。
「この開発に尽力してくれたのがリーゼロッテです」
ここでもアキラはリーゼロッテの手柄を宣伝することを忘れなかった。
* * *
「それから、こちらが装飾箱です。扱いは『民芸品』ということになります」
アキラは村で作った小箱のサンプルを披露した。
「ほう、なかなか綺麗な色合いではないか」
国王が褒めてくれたので、宰相以下、感想を述べてくれる。
「普段使いということであればなかなかいいな」
「そうですな。この目録に書かれているように、農村での冬の稼ぎとなれば、国を富ますことになりますからな」
富国、という概念は既に根付いていた。
「はい。地方が豊かになれば、国全体の経済もより活性化するでありましょう」
「うむ」
「確かにな」
アキラの言葉に、国王以下、宰相、農林大臣、産業大臣らも同意した。
* * *
「これは『雪眼鏡』です」
「『雪眼鏡』? とは何だ?」
聞き慣れない単語に、国王が聞き返した。
「はい。雪が積もった場所では、太陽光が反射して目を痛めやすいと思います。それを防ぐためのものです」
これには宰相が反応した。
「うむ。軽いものでは目が充血するな。ひどくなると目を開けていられなくなるほど痛むらしい」
「はい。それは太陽光線に含まれる『紫外線』という目に見えない強力な光による炎症です」
アキラは原因を簡単に説明し……。
「そこで、雪のある土地で活動する際にはこうした眼鏡を掛けることで炎症を起こしにくくすることができます」
細いスリットの入った『雪眼鏡』を披露するアキラ。
「ほう、これだけでいいのか」
革を加工した『雪眼鏡』を見て、その単純さに驚く宰相。
「はい。この細いスリットが肝心です」
「なるほどな。雪中行軍に使えるわけだ」
「……はい」
アキラとしては軍事用には使ってほしくないのだが、こればかりは致し方ない。
* * *
そして最後の献上品である。
「最後になりましたが、絹製品です」
まずはスカーフである。
「おお、美しいな」
「さすがに手触りがいいですな」
まずは染めていない糸で織った白いスカーフ。
「絹織物の肌触りのよさは、襟元を飾るスカーフにも適していると思います」
「うむ、確かにな」
「異論はない」
絹織物の質感に関しては周知の事実となっており、直接肌に触れる製品に使うことで、麻やウールなどそれまでの素材にはなかった心地よさが大きなメリットになっている。
「染めたものがこちらです」
今度は淡い色に染めたサンプルを披露していくのだった。
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次回更新は5月23日(土)10:00の予定です。