第十四話 もう1人の異邦人
自分以外の『異邦人』。
それはアキラにとっても意外すぎる事実だった。
「……でも、亡くなったのか」
「はい、正確には81年前に」
「残念だなあ……会ってみたかったなあ」
「曽祖父もそう言うと思いますよ……」
「……」
しばし、しんみりとする店内。
だが、時間は容赦なく過ぎていく。
「アキラ様、そろそろ……」
護衛兼お目付け役の兵士に声を掛けられたアキラは、
「……じゃあもう、実際には『味噌 醤油』は売ってないんだな?」
と尋ねた。
だが、
「いえ、少しですがありますよ」
との答えに、今度はアキラが狂喜する。
「ほんとか! 少しでいいから分けてくれ!!」
「え、ええ」
店員は小さな瓶に入った味噌と醤油を持ってきた。
「これでいいですか?」
「ありがとう! また後日、ゆっくり話がしたいな!」
そう言ってアキラは金貨を3枚テーブルに置き、『多すぎますよ!』という声を無視して店を後にした。
そして大急ぎで馬車に乗る。
帰り道、ハルトヴィヒが、
「あの店員もだったが、アキラのテンションにもびっくりしたよ」
と苦笑しながら言った。ミチアもそれに乗って、
「本当ですね。私もハルトヴィヒさんも、ほとんど何も喋れませんでした」
と同じく苦笑しながら言う。
ほぼずっと、アキラが喋り続けていたようなものだった。
「ああわるかった。でもこれは俺の世界の……というか俺の国のソウルフードの素だから」
「そういえば時々食べたい食べたいってこぼしてましたよね」
「え?」
「独り言呟いていましたよ」
「うわあ……」
独り言を呟いていたことも、それをミチアに聞かれていたこともショックなアキラであった。
「そういえば、店員の名前聞きそびれたな……」
味噌と醤油に夢中になり、礼儀を欠いてしまったとアキラは反省する。
「でも、アキラがそれほどまで食べたがる料理か……興味あるな」
ハルトヴィヒが言った。
「機会があったら作ってくれよ」
「ああ、あったらな」
王都にいる間はなかなかそういう機会は来ないだろう、とアキラは思っていた。
が、それが覆えされることになるとは今のアキラにわかるはずもなかったのである。
* * *
夕食には、ちょうどぴったりの時間で間に合った。
「アキラ殿、先程はどこかへ行っていたのか?」
その席上でフィルマン前侯爵に尋ねられる。
「ええ、気になることがありまして……」
アキラは、ハルトヴィヒが『味噌 醤油』という、アキラの故国の文字を見つけたこと、今夕を逃すと、確認できるのはずっと先になりそうだったことを説明し、
「その店員の曽祖父が、俺と同じ『異邦人』でした」
と報告を結んだ。
「なんと、そのようなところにも『異邦人』がいたとはな……」
どうやら、一般には知られていない人物だったようだ。
「100年以上も前にこの世界に迷い込んだ人物か……。どのような方だったのだろうな」
前侯爵は会って話がしてみたかった、と残念そうに言った。
「それで、その『異邦人』は何という方なのだ?」
「田島新介……シンスケ・タジマというんですが」
「……ふむ、聞いたことがない名だな」
前侯爵はじめ、誰もその名に心当たりはなかった。
「で、店員の方の名は?」
「それが、その……」
聞き忘れまして、とアキラが答えると、前侯爵に少し呆れた顔をされてしまった。
「いや、アキラ殿にしては珍しいな。まあ、同郷の『異邦人』がいたとわかったのだ、当然か」
「まあ、そうですね……」
頭を掻くアキラ。そして、味噌と醤油を使った料理についても説明をした。
「なるほど、ソウル・フード……か。初めて聞く言葉だが、意味するところは理解できる。つまり故郷の味、ということか」
「そうなんです」
元の世界に帰ることは諦めたが、食事については諦めていなかった。
米、もしくは稲……こちらでいう『オリザ』が手に入れば、と思って家宰のセヴランに頼んであるのだが、流通量が少ないらしく、まだ手に入っていなかった。
王都でもめったに見ないというのだから、アキラもそれは仕方がないと思っていた。
「……アキラさん、その『味噌 醤油』の使い方、今度教えてください」
いきなりミチアが言い出した。
「その『オリザ』が手に入らなくても、きっとアキラさんのお口に合うお料理を作ってみせますから!」
「あ、ああ。ありがとう。その時は頼むよ」
ミチアの熱意にほっこりとさせられたアキラであった。
* * *
部屋に戻ってから、アキラはミチアに、
「なあ、無理に味噌や醤油を使った料理を覚えなくたっていいからな?」
と言ってみたのだが、ミチアは首を横に振った。
「いいえ、覚えますよ。そして、アキラさんが、元の世界を懐かしむ頻度を減らしてみせます!」
「え……」
胃袋を掴む、という言葉がある。
ミチアの宣言はまさにそれだった。
「だからアキラさん、そんな顔、しないでください」
「……俺、どんな顔してた?」
「故郷の味、と言った時、凄く寂しそうな顔をしてました」
「そう、か……」
ミチアに気を使わせてしまったことを、少し申し訳なく思うアキラ。
「……ごめん」
だがミチアは微笑んでアキラの手を取った。
「謝らないでください。故郷に帰れない寂しさは、少しですが知っているつもりですから」
「ミチア……」
アキラは思い出した。ミチアもまた、生まれを隠し、故郷に帰れない身の上なのだと。
「ありがとう。……俺、頑張るよ。そしてミチアを故郷に連れて行く」
「アキラさん……」
ミチアもまた、
「……私も頑張ります。アキラさんの帰る場所が、私のところになる……よう……に……」
と言って、真っ赤になり、俯いたのである。
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次回更新は5月2日(土)10:00の予定です。
20200501 修正
(旧)
「それが、その……」
聞き忘れまして、とアキラが答えると、前侯爵に少し呆れた顔をされてしまった。
「いや、アキラ殿にしては珍しいな。それほど、その文字が気になったというわけか」
(新)
「田島新介……シンスケ・タジマというんですが」
「……ふむ、聞いたことがない名だな」
前侯爵はじめ、誰もその名に心当たりはなかった。
「で、店員の方の名は?」
「それが、その……」
聞き忘れまして、とアキラが答えると、前侯爵に少し呆れた顔をされてしまった。
「いや、アキラ殿にしては珍しいな。まあ、同郷の『異邦人』がいたとわかったのだ、当然か」