第十三話 思わぬ邂逅
ハルトヴィヒが語った内容。それはアキラにも衝撃をもたらした。
「俺以外の『異邦人』の痕跡!?」
「そう……だと思うんだよ」
「思う……とは?」
「僕には判断できないんだ。だからアキラに聞きに来たんだ」
そう言って、ハルトヴィヒはメモをした紙を差し出した。
「アキラは気が付かなかったかい? 王都の中央通りから少し離れた場所に、こんな看板が出ていたんだ」
「なになに……『味噌 醤油』だって!?」
ハルトヴィヒのスケッチには多少間違った部分があるが、そう読めたのである。
それを聞いて、ハルトヴィヒは満足げに頷いた。
「ああ、やっぱりこれはアキラの知っている文字だったんだな。『携通』で時々見る文字に似ていたからそうじゃないかと思ったんだよ」
「こ、これ、どこで見た!?」
文字もさることながら、その内容にアキラはものすごい勢いで食いついた。
「え、何かあって馬車が止まった時、窓から見えたんだ」
「そこへ行けるか?」
「多分行けるが……」
ハルトヴィヒは、僕は方向音痴ではないよ、と言って笑った。
* * *
「外出するんですか?」
「うん」
アキラは、今からその看板のところへ行ってみたいと主張したのだった。
「まだ外は薄明るいから大丈夫かどうか……聞いてみますか?」
「そうだな!」
そこでアキラは、ハルトヴィヒとミチアらと一緒に部屋を出て、迎賓館の責任者らしき人の部屋へ向かった。
「その『味噌 醤油』って、よっぽど大事なものなんですか?」
歩きながらミチアが聞いてきた。『携通』を見て、そういう物があることは知っていても実物を見たことがないから当然の反応だ。
「ああ、そうだ。俺の世界にあった調味料だよ」
味噌汁が飲みたくて飲みたくてたまらないアキラである。米……『オリザ』は、あるようなのだが、まだ『蔦屋敷』には届いていない。
「外出許可……ですか?」
迎賓館の管理官らしき人に話をすると、渋い顔をされた。
「時間は掛けません。明日以降ですと、そういう時間が取れなくなりそうなので、是非今日のうちに!」
翌日以降は国王陛下への報告やら王女殿下の式典やら、いろいろとイベントが目白押しなのである。遊びに来たわけではないので当然だ。
それらのイベントが終わってから、となると、半月以上先になってしまう可能性もある。ここはなんとしても、確認だけでもしておきたいアキラであった。
「……わかりました。1時間だけでよろしければ」
管理官はアキラの主張を理解し、心情を汲んでくれた。
「1時間半後には夕食です。公式の会ではないとはいえ、遅刻しないでくださいよ?」
「はい、ありがとうございます」
「それから、こちらから護衛兼お目付け役を2人付けますのでご了承ください」
「わかりました」
お目付け、というのは、アキラが夢中になってしまい、時間をオーバーしてしまうことを防ぐためであろう。
* * *
それから10分後、アキラ、ハルトヴィヒ、ミチア、そして護衛2人は迎賓館を出た。
アキラたちは軽馬車で。
そして護衛の若い兵士は、馬に乗って軽馬車の両脇を固めて進んでいく。
「5分くらい真っ直ぐ行ってくれ」
「はい」
ハルトヴィヒが御者に道を指示する。
「ああ、ここだここだ。止めてくれ」
軽馬車が止まったのは中央通りがやや細い道と交差する場所。
「ほらアキラ、あれだ」
「おお……!」
ハルトヴィヒが指差す先には、大きすぎず小さすぎず、といったサイズの『味噌 醤油』と書かれた看板が掛かった店があった。
「行ってみよう!」
「あ、アキラさん」
アキラは馬車から飛び降りると、店目指して走り出した。
「ここか……」
近くで見ると、小さな店である。しかも古ぼけていた。
「アキラ、僕も行くよ」
「私もです」
ハルトヴィヒとミチアが追いついてきた。その後ろには護衛が1人。もう1人は馬車を守ってそばに付いている。
「よし、入ってみよう」
店のドアを開けるアキラ。
「ごめんください……」
中はかび臭く、埃っぽかった。どうやら、あまりお客は来ないようだ。
「いらっしゃいませ……」
出てきたのは覇気のない男の店員であった。
金髪に灰色の目をしているので、少なくともアキラと同郷ではなさそうである。
「ええと、表に書かれていた『味噌 醤油』というものは売っているんですか!?」
勢い込んで尋ねるアキラ。
「えっ? あの文字が読めるんですか?」
「はい、一応」
そう答えると、店員の顔がぱあっと明るくなった。
「ちょっとお待ち下さい!」
と言い残して奥へ行き、すぐに何かを持って戻ってきた。
「ええと、これ、読めますか?」
と言ってアキラに見せたのは1冊の古びた本。
「拝見します」
アキラはそれを受け取り、開いてみた。
「……同郷の者へ、この手記を残す。田島新介」
「おおお! ついに現れたっ! ばんざあい!!」
「え、ちょ、ちょっと」
店員はアキラの手を取り、踊り出さんばかりの喜びようだ。
「この本はあなたに差し上げます!」
「え?」
話の展開について行けないアキラ。
「ちょっと説明を頼む……あまり長くならないように」
「はい、わかりました!」
そういうわけで店員が語った内容というのは……。
店員の曽祖父がこの手記を書いた。
この文字が読めるものがいたら手記を渡してほしい。
そう言い遺して80年ほど前に没した。
それでその子孫は、文字が読める人を待って代々ここで店を開いていた。
……ということらしかった。
「これで僕も、役目から解放されます」
ホッとした顔を見せる店員であった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月25日(土)10:00の予定です。
お知らせ:所要により18日(土)から19日(日)にかけ、レスできなくなります。
ご了承ください。
20200419 修正
(誤)競馬車が止まったのは中央通りがやや細い道と交差する場所。
(正)軽馬車が止まったのは中央通りがやや細い道と交差する場所。
20200822 修正
(誤)「これで僕も、役目から開放されます」
(正)「これで僕も、役目から解放されます」