第十話 転換点
夕食に出たワインを飲み、少し饒舌になったリーゼロッテは、
「私、みんなと一緒に仕事できてとっても幸せなんだから」
と微笑みながら言ったのだった。
「リーゼが仲間になってくれてすごくありがたいんだが、本当によかったのか?」
アキラとしてはちょうどいい機会なので、気になっていたことを聞いてみることにしたのだった。
両親や兄弟姉妹が本国であるゲルマンス帝国にいるのに、ガーリア王国に帰化しようとしているわけだから、やはり気になっていたのである。
「ああ、そういうこと」
リーゼロッテは、あくまでも気軽な口調で答える。
「ほら、私って6女だし、お母さまはもういないしね」
「……そうなのか?」
ハルトヴィヒも驚いているところを見ると、初めて聞くらしい、とアキラも驚いた。
「ほら、私は正妻の子供じゃないから」
「……」
「…………」
聞いてはみたものの、思った以上に重い話を聞かされ、返答に困るアキラたち。
「昔から魔法薬師になりたかったのに、家では認めてくれなかったのよ」
正妻腹ではない6女なんて、家のためにどこかの大貴族の妾にでもさせるのが通例だったという。
「それには学問なんて無駄だから」
だから14の時に半ば家出同然に留学に出た、とリーゼロッテ。
「それっきり家には帰ってないしね」
「……」
「……わかったよ、もういい。……よかったらまたあとでな」
酔いのせいか、堰を切ったように語り続けるリーゼロッテを止めたのはハルトヴィヒだった。
さすが婚約者、と感心したアキラたちである。
* * *
「え、ええと、話を戻すとだな」
「絹製品の弱点克服、ですよね?」
アキラの仕切り直し。ミチアも口を添えてくれる。
「絹の欠点は、取り扱いの難しさだと思う」
ズバリアキラが言う。
「……うーん……でもねえ……」
ここでリーゼロッテが反論。
「高級品ということだと、それは必ずしも欠点じゃないのよねえ……」
「え? どういう意味だ?」
リーゼロッテの言葉の意味を計りかねるアキラ。
「貴族ってさ、そういう『手間』を誇りに思う厄介な生き物なのよ」
リーゼロッテは、酔いのせいか口が悪くなっている。
「ほら、『水仕事をしていないから手が綺麗ですよ』とか、『家事をしないでいい身分なので爪を伸ばしてますよ、綺麗でしょ』とかさあ……」
「ああ、なんとなくわかった」
『自分で家事をしないでいい身分』というものがステータスになるのが貴族社会なのである。
だから、『取り扱いが難しい服』を持っている、というものもステータスになるのではないか、とリーゼロッテは言いたいのだな、とアキラは察した。
「そうすると、高級品と普及品で分けたらどうだろう?」
アキラは一つの提案を行なった。
「え? どうするの?」
「具体的には『混紡』するんだ」
「『混紡』……つまり、混ぜて紡ぐ、ということね?」
さすがリーゼロッテ。多少酔ってはいても、察しのよさは変わっていない。
「そういうことさ。絹に混ぜるなら麻とか綿、それに毛だな」
この場合の『麻』は『亜麻』のことである。
一般に『リネン』と呼ばれているものがこれだ。
『大麻』が採れる麻とは違う。
『綿』は木綿のこと。
『毛』は羊毛、すなわちウールである。
これらと混紡することにより、様々な特性を持った生地となるわけだ。
アキラはひととおり説明し、
「もちろん、絹特有の性質は薄まるけどな」
と注釈を入れて結んだ。
「なるほどね。だいたい理解したわ」
「混紡することで、絹の消費量も抑えられますね」
ミチアも混紡の利点を察してくれたようだ。
「そういうことだな。あとは、どんな繊維と混紡するか、どのくらいの比率で混紡するか、といった点を試作しながら決めていけたらいいよな」
もちろん『蔦屋敷』に帰ってからの話になるだろう、とアキラは結んだのだった。
「あとは、やっぱり絹の耐久性向上も検討したいかな」
いくら『取り扱いが難しいこと』がステータスになるとはいっても、弱点は弱点であるし、貴重な絹製品があまりに早く消耗していくのは、アキラとしても悲しいことだった。
「わかったわ。アキラってそういう人だものね」
今度はリーゼロッテも『ステータスうんぬん』は言わず、一緒に考えてくれるようだった。
「繊維を強化する魔法ってないのかな?」
まずはアキラが質問する。絹の弱点克服といえば、まず思いつくことだ。
「うーん、単に強化、っていうと『硬く』なっちゃうのよね」
「ああ、そりゃ困るな」
絹特有の風合いがなくなってしまうのは避けたいアキラである。
「……じゃあ、『変化しづらくする』というのはどうだろう?」
魔法にはまったく詳しくないアキラなので、アイデアを出す役に徹することにした。
「そうね……なくもないけど……効果の程はわからないわ。『《シュタビリズィールング》』というのだけれど」
「『《シュタビリズィールング》』は、刃物を錆びにくくしたり、絵画を色褪せにくくしたりするのに使われるんだ」
ハルトヴィヒが補足してくれた。
「ふうん……酸化とか、紫外線による劣化を防ぐのかな? それは試してみる価値があるな」
染めた色が褪せにくくなる効果は期待できそうだとアキラは思った……のだが。
「あ、軟らかいものには使っても、すぐに効果がなくなってしまうんだった」
というハルトヴィヒの言に、がっくりと肩を落とすアキラであった。
「悪い悪い。そもそも、そんな欠点がある魔法だから、色褪せやすい青い染めに使えなかったんだった」
今のところ、青い染料の耐光性はよくない。なので夜会服向き、と言われているのだ。
「表面にコーティングするみたいな感じなのかな?」
アキラが疑問を口にするが、
「さあ、それは僕らにもわからないな」
と答えが返ってきただけである。
だが、アキラは諦めたくなかった。
「染料の段階で、その魔法を掛けたらどうだろう?」
この発言に目を輝かせたのはリーゼロッテ。
「その発想はなかったわ! もしかすると、効果があるかもしれないわ!」
そこで、これは候補の1つに上げることにしたアキラたち。
まだまだアキラたちの相談は続いていく。
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次回更新は4月4日(土)10:00の予定です。
20200328 修正
(旧)あとは、何とか混紡するか、どのくらいの比率で混紡するか、といった点を試作しながら決めていけたらいいよな」
(新)あとは、どんな繊維と混紡するか、どのくらいの比率で混紡するか、といった点を試作しながら決めていけたらいいよな」