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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第1章 基盤強化篇
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第四話 溢れた想い

 虫が苦手な方はご注意ください。

 将来の幹部候補生5人への養蚕教育は、まず毛蚕けごに刻んだ桑の葉を与えるところからスタートした。

 当然ながら5人とも虫への忌避感は全くない。

「はあ、食べてますねえ」

「小さいもんですなあ」

「オレンジの葉に付く虫も、小さいときは黒っぽいけど大きくなると緑色になりますものね」

 など、感想はまちまちだったが、総じて興味を持って取り組んでくれているようだ。

「しっかし旦那、こうしてやらないと駄目なんて、ひ弱な虫でがすね」

 ゴドノフが感心したような、呆れたような声を出した。

「そうなんだ。この蚕は弱い虫で、人間が世話をしてやらないと生きていけないんだよ」

「はあ……不思議でがすね、旦那」

 初日はそんな風に過ぎていった。

 ところで、ゴドノフが自分を『旦那』呼ばわりすることについては、何度注意しても直らないので諦めかけているアキラである。


「ににんがし、にさんがろく、にしがはち」

「にごじゅう、にろくじゅうに、にしちじゅうし」

「にはちじゅうろく、にく……なんでしたっけ?」

 蚕の飼い方を学ぶ合間に、彼ら5人への教育は続いている。

 その様子を眺めたアキラは、この世界にも九九があることに少し感心していた。

(同じような発展をするのか、それとも過去の『異邦人エトランゼ』が伝えたのか……)


 翌日の朝はかなり冷え込み、一面に霜が降りていたが、『エアコン』の魔法道具がその真価を発揮し、蚕室は適温適湿が保たれていた。

「外は寒いですが、ここは快適ですねえ」

「この魔法道具ってお高いんでがしょう?」

 彼らも欲しがっていたが、

「1台あたり5万フロンから10万フロンくらいするよ?」

 とハルトヴィヒが言ったので全員諦めたようだ。

「とても買えません……」

 諦めたように項垂れたゴドノフであった。


「そういえば、お金の単位って知らなかったよ……」

 と『離れ』に戻ったアキラは、ミチアに打ち明けた。

「ええー?」

 お茶を淹れてくれていたミチアは一瞬呆れた顔をしたが、

「でも仕方ないですね、アキラさんはこちらにいらしてからお金を扱ったことなかったんですものね」

 と言って、おおよその価値をアキラへと教えてくれたのである。

「あの5人のお給金ですが、今のところ1ヵ月50フロンですね。見習い期間ですし、食事はこっち持ちですし」

「お金の単位はフロンっていうんだな」

「ええ、ガーリアではフロンです。あの……ハルトヴィヒさんの母国、ゲルマンス帝国ではマレクですね」

「ああ、やっぱり国によって通貨が違うのか」

 そのあたりは地球と似ているんだな、と思うアキラ。

「ええ。とりあえずガーリアでの説明をしますね。……庶民の生活費ですが、400フロンあれば一家5人が一月ひとつき食べていけます」

「なるほど」

 アキラは頭の中で試算してみた。

 一家5人の生活費というと、低めに見積もって10万円くらいとすれば、1フロンは250円くらいだろう、と。

「あ、いや、水道光熱費が掛からないから、もっと少ないかな?」

 それでも、おおよそでいうと1フロンが100円くらいと認識しておけばよさそうだった。


「あの、すいどうこうねつひ、ってなんですか?」

 アキラの呟きに、ミチアが怪訝そうな顔をした。

「ああ、『こっち』にはそういうものがないか……」

「あ、『アキラさんの世界』での言葉なんですね」

「そういうことだな」

 水は水道ではなく井戸から汲み上げて使っているし、ガスも電気もない。その代わりに魔法があるわけだが……。

「『俺のいたところ』では……」

 ふとアキラの中に、無理矢理忘れようとしていた故郷の記憶と望郷の念が蘇ってきてしまった。

「……あ」

 アキラの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 やりがいのある仕事に没頭することで忘れようとしていた想い。

 だが、抑えつけていた反動か、吹き出してきたその想いは止まらなかった。

「ア、アキラさん、ごめんなさい!」


 ミチアも、アキラが故郷のことを思い出さないように多少無理をしているのはうすうす気付いていた。

 だから初めの頃などは、努めてできる範囲で気を紛らわせようとしていたのだった。

 それが、最近はアキラもこの世界に馴染んできたことがはっきりとわかるようになり……つい、油断してしまったのだった。

 アキラの心にある弱い部分を包んでいる殻、その脆い部分をつついてしまったことに気がついたのだ。

 気が付いたときはもう遅かった。


「うっ……ぐ、く、ううう……」

 ずっと抑えつけていた分反動も大きく、1度溢れ出した感情はもう止めようがなかった。

 もう帰れない故郷。もう会えない両親、友人たち。それは、早々忘れられるものではなかったのだった。

「アキラさん……」

「……」

 今はミチアの声も耳に入らないようで、ただアキラは床に膝をつき、俯いて嗚咽を漏らすだけだ。

「……アキラ、さん……」

 ミチアはゆっくりと手を伸ばし、そんなアキラの頭をかき抱いた。

「いいんです。泣きたいときは、泣いていいんです」

「……」

 何か言おうとしたアキラを遮るように、ミチアはその腕に、もう少し力を込めた。

「私が……ここにいます、アキラさん」

「ミチア……」

 アキラの耳に、ミチアの心臓の音が聞こえてくる。それは温かで、心安らぐリズム……生命のリズムを刻んでいた。

 ミチアの温かな腕の中、アキラは声を殺して泣き続けた。


 何分か……あるいは何十分か。アキラはようやく我を取り戻した。

「……ごめん……いや……」

 アキラはゆっくりと身を起こした。

「……ミチア、ありがとう」

 泣くだけ泣いてすっきりしたのか、アキラの顔には、ふっきれたような微笑みが浮かんでいた。

 そして、そんなアキラの顔をみたミチアは、改めて自分が何をしていたのかに気が付いて、慌てて身を翻した。

「いいえ、どうしまして」

 アキラに背を向けたままそう返事をするミチアの顔は真っ赤になっていた。


 ちょうどその時。

「ああアキラ、ここにいたのか」

 ハルトヴィヒが『離れ』にやって来たのである。

 幸い入口に背中を向けていたので、情けない顔をしていたところは見られておらず、アキラはほっとしながら、顔を一こすりして振り返った。

「ハルト、どうした?」

「『エアコン』を、温度計と湿度計に連動するように改造したから見てもらおうと思ってな」

 朗報だった。

「お、そうか。今行く」

 アキラはハルトヴィヒと一緒に蚕室へと向かう。


 そんなアキラの背を、ミチアは目を細めて見送ったのであった。

 いつもお読みいただきありがとうございます。


 次回更新は3月17日土曜日10時を予定しています。


 20180311 修正

(旧)庶民の生活費ですが、200フロンあれば一家5人が食べていけます」

(新)庶民の生活費ですが、400フロンあれば一家5人が一月ひとつき食べていけます」


 20200725 修正

(誤)一家5人の生活費というと、低めに見積もって10万円くらいとすれば、1フロンは500円くらいだろう、と。

(正)一家5人の生活費というと、低めに見積もって10万円くらいとすれば、1フロンは250円くらいだろう、と。

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