第九話 フォンテンブローにて
バスチアン・バジル・ド・ロアール伯爵領を出れば、いよいよ王家直轄領である。
町でいえばフォンテンブロー、果樹園に囲まれた地方都市である。
高級ワインで有名な町で、そのほとんどが王都へと送られ、王家御用達のワイン醸造所も多い。
「甘口が多いんだったよな」
アキラが何とはなしに口にすると、ミチアが答えた。
「はい。今の国王陛下が甘口のワインをお好みなので、自然にそういうことになりますね」
「だろうなあ」
こうした嗜好品は、消費者の好みに左右される。
国王陛下が甘口を好むと一般に知られれば、自分も同じ甘口ワインを飲んでみたい、という者も一定数出てくるのだ。
これはファッションも同じで、例えば有名貴族の令嬢が着ていた、というだけで似たようなデザインが人気になる。
流行とはそういうものだ。
「……今回の献上品、王女殿下に気に入ってもらえるかなあ」
それだけが気になるアキラである。
「大丈夫ですよ。みんなで頑張った成果ですもの」
ミチアがアキラの心配を拭うように、柔らかな声でそう言った。
「そう……だな。自分たちの作り上げたものを信じよう」
「ふふ、そうですよ」
そんな時、アキラの目に、見慣れた緑が映った。
「あれ、桑の木だな……」
「あ、ほんとですね」
ミチアもそちらを見て同意した。
町の北側にそびえる小山の斜面一帯が桑畑になっていたのだ。
いや、大半が苗木なので、桑畑のなりかけであるが。
おそらく、絹産業には桑の木が欠かせないということから、こうして空いた土地に桑畑を作り始めたのだろうと思われた。
「はは、面白いな……」
つい、そんな言葉がアキラの口から漏れてしまった。
「はい? どういう意味ですか?」
当然、ミチアが疑問に思い、質問してくるわけだ。
「……ええとな、俺の世界では逆だったんだよ」
そこでアキラは、簡単に経緯を説明することにした。
「逆、ですか?」
「うん。まず絹産業が盛んで、桑畑がたくさんある状態を考えてくれ」
「はい」
「でも、絹産業には人手が必要だ。手間も掛かる」
「はい」
「……それで、俺の世界の人間が取った道は……」
アキラは、ナイロン繊維の開発、それによる絹産業の衰退を説明した。
「その背景には、俺の国が諸外国と戦争を始めた、なんてのもあるんだけどさ」
「……それで、アキラさんの世界では絹産業が衰退したんですか……」
「そうなんだ。で、桑畑を潰して、葡萄畑にしてさ。果物として、またワイン用として栽培を始めた地方が多いんだ」
例えば、山梨県はそれが顕著である。
明治初期は殖産興業ということで特に力を入れられ、日本有数の養蚕県であった。
しかし戦後の化学繊維の台頭で昭和30年代をピークにして、絹産業は衰退していく。
当然、桑畑は果樹園となっていくわけだ。
「……それは、ちょっと寂しいですね」
しんみりとした声でミチアが言った。
「俺もそう思う。化学繊維は確かに安価で丈夫だから使いやすい。人々の生活にすぐ受け入れられたのはわかる。でも絹と完全に置き替われるものじゃないと思う」
「そうですよね」
ここでアキラは、心に秘めていた未来の展望を口にした。
「そうした失敗を踏まえて、俺はこの世界に絹産業を根付かせ、発展させていきたいんだ」
「頑張りましょう、アキラさん」
「ありがとう、ミチア」
* * *
フォンテンブローの町では、前回同様にフォンテンブロー伯爵の配下、ロベスピエール以下騎士10名が出迎えた。
「閣下。お元気そうで何よりでございます」
「うむ」
今回は湯にのぼせて倒れたりはしていないので、『元気そう』という言葉にも過剰反応せず、鷹揚に頷いたフィルマン前侯爵であった。
前侯爵一行は、ロベスピエールたち騎士の先導で城塞都市フォンテンブローへ。
夕食後、前侯爵は戦友であるガストン・ファビュ・ド・フォンテンブロー伯爵と飲むため、別室へ行ってしまった。
「閣下、飲み過ぎないようお気を付けください」
辛うじてそれだけを言えたアキラであった。
* * *
そしてアキラは、ミチア、リュシル、ミューリ、リゼット、リリア、ハルトヴィヒ、リーゼロッテら『仲間』に説明を行っていた。
「今日、町の外に桑畑が広がっているのを見て思ったことなんだが……」
昼閒ミチアにしたように、皆にも説明するアキラ。
「……そんなことがあったのか……栄枯盛衰は世の常とはいえ、寂しい話だな」
ハルトヴィヒがそういって、少し沈痛な顔を見せた。他の面々も似たような反応である。
ここでアキラは、心に秘めていた未来の展望をもう一度口にする。
この仲間たちとなら、きっと解決の糸口が見つかると思って。
「……そういうわけで、俺はこの世界に絹産業を根付かせ、発展させていきたいんだ」
「いいじゃないか、アキラ」
「ええ。やり甲斐があるわね」
ハルトヴィヒとリーゼロッテは一も二もなく賛成してくれた。
そしてリュシルらも。
「もちろんやりますよ!」
「頑張ります!」
だが昼間も聞いていたミチアは少し冷静に、
「そのためには、アキラさんの世界での『失敗』について分析して、対策を立てていくのがいいと思います」
と提案する。
「うん、そのとおりだな」
ハルトヴィヒも賛成した。
「それから、絹製品の弱点も洗い出したらどうかしら? それをなくす工夫ができればよりよいものができるんじゃない?」
リーゼロッテはリーゼロッテで、彼女なりの意見を出してくれたのである。
「……俺、いい仲間を持ったよ」
しみじみと呟いたアキラ。その肩をぱん、と叩き、
「何言ってるの。こっちこそ、やり甲斐のある居場所を作ってもらえて感謝してるんだから」
そう言ったのはリーゼロッテだった。
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次回更新は3月28日(土)10:00の予定です。
お知らせ:3月21日(土)は早朝より帰省しておりますのでレスできません。ご了承ください。
20200405 修正
(誤)だが昼閒も聞いていたミチアは少し冷静に、
(正)だが昼間も聞いていたミチアは少し冷静に、
何だこの字 orz