表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第6章 再びの王都篇
149/425

第九話 フォンテンブローにて

 バスチアン・バジル・ド・ロアール伯爵領を出れば、いよいよ王家直轄領である。

 町でいえばフォンテンブロー、果樹園に囲まれた地方都市である。

 高級ワインで有名な町で、そのほとんどが王都へと送られ、王家御用達のワイン醸造所も多い。


「甘口が多いんだったよな」

 アキラが何とはなしに口にすると、ミチアが答えた。

「はい。今の国王陛下が甘口のワインをお好みなので、自然にそういうことになりますね」

「だろうなあ」

 こうした嗜好品は、消費者の好みに左右される。

 国王陛下が甘口を好むと一般に知られれば、自分も同じ甘口ワインを飲んでみたい、という者も一定数出てくるのだ。

 これはファッションも同じで、例えば有名貴族の令嬢が着ていた、というだけで似たようなデザインが人気になる。

 流行とはそういうものだ。

「……今回の献上品、王女殿下に気に入ってもらえるかなあ」

 それだけが気になるアキラである。

「大丈夫ですよ。みんなで頑張った成果ですもの」

 ミチアがアキラの心配を拭うように、柔らかな声でそう言った。

「そう……だな。自分たちの作り上げたものを信じよう」

「ふふ、そうですよ」


 そんな時、アキラの目に、見慣れた緑が映った。

「あれ、桑の木だな……」

「あ、ほんとですね」

 ミチアもそちらを見て同意した。

 町の北側にそびえる小山の斜面一帯が桑畑になっていたのだ。

 いや、大半が苗木なので、桑畑のなりかけであるが。

 おそらく、絹産業には桑の木が欠かせないということから、こうして空いた土地に桑畑を作り始めたのだろうと思われた。


「はは、面白いな……」

 つい、そんな言葉がアキラの口から漏れてしまった。

「はい? どういう意味ですか?」

 当然、ミチアが疑問に思い、質問してくるわけだ。

「……ええとな、俺の世界では逆だったんだよ」

 そこでアキラは、簡単に経緯を説明することにした。

「逆、ですか?」

「うん。まず絹産業が盛んで、桑畑がたくさんある状態を考えてくれ」

「はい」

「でも、絹産業には人手が必要だ。手間も掛かる」

「はい」

「……それで、俺の世界の人間が取った道は……」

 アキラは、ナイロン繊維の開発、それによる絹産業の衰退を説明した。

「その背景には、俺の国が諸外国と戦争を始めた、なんてのもあるんだけどさ」

「……それで、アキラさんの世界では絹産業が衰退したんですか……」

「そうなんだ。で、桑畑を潰して、葡萄畑にしてさ。果物として、またワイン用として栽培を始めた地方が多いんだ」


 例えば、山梨県はそれが顕著である。

 明治初期は殖産興業ということで特に力を入れられ、日本有数の養蚕県であった。

 しかし戦後の化学繊維の台頭で昭和30年代をピークにして、絹産業は衰退していく。

 当然、桑畑は果樹園となっていくわけだ。


「……それは、ちょっと寂しいですね」

 しんみりとした声でミチアが言った。

「俺もそう思う。化学繊維は確かに安価で丈夫だから使いやすい。人々の生活にすぐ受け入れられたのはわかる。でも絹と完全に置き替われるものじゃないと思う」

「そうですよね」

 ここでアキラは、心に秘めていた未来の展望を口にした。

「そうした失敗を踏まえて、俺はこの世界に絹産業を根付かせ、発展させていきたいんだ」

「頑張りましょう、アキラさん」

「ありがとう、ミチア」


*   *   *


 フォンテンブローの町では、前回同様にフォンテンブロー伯爵の配下、ロベスピエール以下騎士10名が出迎えた。

「閣下。お元気そうで何よりでございます」

「うむ」

 今回は湯にのぼせて倒れたりはしていないので、『元気そう』という言葉にも過剰反応せず、鷹揚に頷いたフィルマン前侯爵であった。


 前侯爵一行は、ロベスピエールたち騎士の先導で城塞都市フォンテンブローへ。

 夕食後、前侯爵は戦友であるガストン・ファビュ・ド・フォンテンブロー伯爵と飲むため、別室へ行ってしまった。

「閣下、飲み過ぎないようお気を付けください」

 辛うじてそれだけを言えたアキラであった。


*   *   *


 そしてアキラは、ミチア、リュシル、ミューリ、リゼット、リリア、ハルトヴィヒ、リーゼロッテら『仲間』に説明を行っていた。

「今日、町の外に桑畑が広がっているのを見て思ったことなんだが……」

 昼閒ミチアにしたように、皆にも説明するアキラ。


「……そんなことがあったのか……栄枯盛衰は世の常とはいえ、寂しい話だな」

 ハルトヴィヒがそういって、少し沈痛な顔を見せた。他の面々も似たような反応である。


 ここでアキラは、心に秘めていた未来の展望をもう一度口にする。

 この仲間たちとなら、きっと解決の糸口が見つかると思って。

「……そういうわけで、俺はこの世界に絹産業を根付かせ、発展させていきたいんだ」

「いいじゃないか、アキラ」

「ええ。やり甲斐があるわね」

 ハルトヴィヒとリーゼロッテは一も二もなく賛成してくれた。

 そしてリュシルらも。

「もちろんやりますよ!」

「頑張ります!」


 だが昼間も聞いていたミチアは少し冷静に、

「そのためには、アキラさんの世界での『失敗』について分析して、対策を立てていくのがいいと思います」

 と提案する。

「うん、そのとおりだな」

 ハルトヴィヒも賛成した。

「それから、絹製品の弱点も洗い出したらどうかしら? それをなくす工夫ができればよりよいものができるんじゃない?」

 リーゼロッテはリーゼロッテで、彼女なりの意見を出してくれたのである。


「……俺、いい仲間を持ったよ」

 しみじみと呟いたアキラ。その肩をぱん、と叩き、

「何言ってるの。こっちこそ、やり甲斐のある居場所を作ってもらえて感謝してるんだから」

 そう言ったのはリーゼロッテだった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は3月28日(土)10:00の予定です。


 お知らせ:3月21日(土)は早朝より帰省しておりますのでレスできません。ご了承ください。


 20200405 修正

(誤)だが昼閒も聞いていたミチアは少し冷静に、

(正)だが昼間も聞いていたミチアは少し冷静に、

 何だこの字 orz

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 地球での歴史を知っているだけにこっちでも同じ轍を踏みたくはないですねー
[一言] >>高級ワインで有名な町で、そのほとんどが王都へと送られ なので作っている農奴達は飲んだことがありません! >>「はい。今の国王陛下が甘口のワインをお好みなので、自然にそういうことになり…
[一言] シルクは手入れが大変なんだよな。 一度シルクのシャツ買った事があるけど、シミにならないようにとか汚さないようにとか大変で着なくなった… ポリエステルとは違うけど、使い分けが大事 シルクの着…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ