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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第6章 再びの王都篇
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第八話 お返し

 その夜は見事な星空であった。

 バスチアン・バジル・ド・ロアール伯爵邸では、幾人もが窓から空を見上げ、感嘆の声を上げている。

「春先にこんな見事な星空が見えることは珍しいんですよ」

 とミチアがアキラに教えている。

「そっか。やっぱり春になると、空気中の水蒸気が増えるのかな」

「ええ、そうだと思います」

 アキラの『携通』を書写してくれているミチアなので、初歩の科学はおおむねマスターしていた。

「明日の朝は霜が降りるかもな」

 いわゆる放射冷却である。

「今夜は温かくして休みましょう」

 とミチアに言われ、少し顔を赤らめたアキラである。


「そ、そうだ、閣下もここのところ体調がいいみたいだな」

 かなり強引に話をそらすアキラ。

 だが実際、昨年ここでフィルマン前侯爵は酒をしこたま飲んで長風呂をしたため、のぼせて倒れたのである。

 その際アキラはこの時とばかりに前侯爵に健康の秘訣を伝授したのであった。


 風呂への入り方。水分補給の大切さ。立ちくらみのメカニズム。貧血を起こした際の対処方法。

 それに、高血圧への注意。食事の塩分を減らし、適度な運動をし、油ものを控えること。塩分を減らした分は、出汁や香辛料を使って味を補えばいいこと……。

 など、など、など。

 アキラのいた国での平均寿命が80歳を超えていたことを話した時の、前侯爵の驚いた顔は忘れられない。

 そしてそのおかげで、食事の大切さを再認識してもらえたのだ。


 ミチアを通じて、献立の改善を図った結果、アキラの私見ではあるが、前侯爵の体調は明らかに向上していたのである。


「ええ、アキラさんのおかげです」

 そしてその恩恵は『蔦屋敷』の全員に及んでいる。

 皆、栄養バランスの取れた食事を摂っているおかげか、体調不良を起こすことも少なくなっていたのである。

 おまけにハンドクリームやリップクリームのおかげで肌もつやつや。

「皆さん感謝してますよ。もちろん、私も」

「そ、そうか。それはよかったよ。……少し寒くなってきたから窓を閉めようか」

「あ、はい」

 ミチアは立って、窓を閉めに行った。

「……で、手洗いやうがいをみんな励行していますので、お腹を壊すこともなくなりましたし、風邪も引かなくなりました」

「そうだよな……」

 『蔦屋敷』近郊の村で『結膜炎』が流行った時は大変だったなあ、とアキラは思い出した。

「セヴランさんやハルトヴィヒ、リーゼロッテ、それに閣下の協力があったからこそだよ」

「ああ、そういえば、帝国で開発された魔法技術を使って魔法道具を作ってくれたんですよね」

「そうそう」

 ハルトヴィヒの祖父が開発したという技術。

 魔法を吸収して定着し、再現させる効果がある魔法素材だ。

 本来は敵から受けた攻撃魔法を吸収し、そのまま敵に撃ち返す目的で開発されたのだが、当初の性能が出なかったためお蔵入りになったというものである。

「ハルトヴィヒさんがそれを使ってくれる気になったのも、アキラさんの人徳ですよ」

「そうかな?」

 アキラ自身、自分にそんな人徳やカリスマ性があるとは思っていない。

「そうですよ。……でも、そういうものって、本人はあまり気が付かないものなのでしょうね」

「え?」

「はあ、もういいです。アキラさんはそのままでいてくだされば」

「?」


 そしてバスチアン・バジル・ド・ロアール伯爵邸の夜は更けていく。


*   *   *


 翌朝は、アキラとミチアの予想通りに冷え込み、一面霜で真っ白な朝を迎えた。

「おお寒」

 窓にも『窓霜』がびっしりと付いている。

「今朝はかなり冷え込んだな」

「そうみたいですね……」

 窓から外を見るアキラの横に、ミチアが並んできた。

「寒くないか?」

「……少し」

「風邪引くなよ」

 そう言ってアキラはミチアの肩を抱き寄せた。

「……あったかいです」

「……こんなことやってないで着替えた方がいいな」

 『寒がっている彼女の肩を抱いて温めてやる』というシチュエーションを一度でいいからやってみたかったアキラであったが、現実にやってみると何とも照れくさい。

 ……そして、寒い。

「着替えて食堂へ行きましょう」

「そうだな」

 食堂は厨房と隣接しているので火の気もあり、屋敷内で最も暖かい場所の1つである。

 ちなみに最も暖かい他の場所とは、主人の部屋であることが多い。


「ふふ、侍女としてのお仕事をしなくていい毎日って、なんだか不思議です」

 食堂への廊下を、アキラと並んで歩きながらミチアが言った。


*   *   *


 食堂は暖かだった。

「おお、あったかい」

「適度な湿気もあってほっとしますね」

 ハルトヴィヒとリーゼロッテもテーブルに着いていた。心なしか2人の座る距離が近いな、と思うアキラ。

(いや、それは俺もか……)

 ミチアの椅子を引いてやりながら、そんなことを思うアキラであった。


 最後にフィルマン前侯爵とロアール伯爵がやって来て朝食となる。

 暖かい麦粥が嬉しい。コーンポタージュもいい味つけであった。

(あ、ここでも味つけを工夫しているんだな)

 食事を進めているうちに、そう感じたアキラ。どうやら昨年、フィルマン前侯爵に健康のための食事について説明した際、聞いていた料理人が実行したらしい。

「アキラさん、こちらのお食事も減塩傾向ですね」

 ミチアも気が付いたようだった。


 内陸にあるこの地方では、岩塩が採れない以上、海辺の地方からの塩に頼っている。

 なので、貴族や裕福な商人は潤沢に塩を使うことができ、結果として塩分過多の献立になっていることが多いのだ。

(王都で、それも指摘した方がいいかもな……)

 少しの注意で高血圧やむくみなどを減らすことができるはずなのである。

 そしてそれは『異邦人エトランゼ』であるアキラが説明することで、より信憑性が増し、受け入れられやすくなるのだ。

 つまり、これはアキラの役割であるともいえる。


(知り合った人たちとその家族、友人にも健康で長生きしてもらいたいしな)

 絹産業とは直接の関係はないが、受け入れてくれたこの世界にお返しがしたい、と思うアキラなのであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は3月21日(土)10:00の予定です。


 20200314 修正

(誤)ハルトヴィヒとリーゼロッテもテーブルに付いていた。

(正)ハルトヴィヒとリーゼロッテもテーブルに着いていた。

(誤)食事を勧めているうちに、そう感じたアキラ。

(正)食事を進めているうちに、そう感じたアキラ。


 20230531 修正

(誤)アキラのいた世界での平均寿命が80歳を超えていたことを話した時の、前侯爵の驚いた顔は忘れられない。

(正)アキラのいた国での平均寿命が80歳を超えていたことを話した時の、前侯爵の驚いた顔は忘れられない。

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― 新着の感想 ―
[一言] >そしてそれは『異邦人』であるアキラが説明することで、より信憑性が増し、受け入れられやすくなるのだ。 ――ねこぶだし万能伝説の始まりである。
[一言] こっちは平和でいいですねぇ さてハルトヴィヒ君、きみはコタツムリなる生き物に興味はあるかね? ラ「僕はめっさ興味あるよ!」どどどどど ジ「いや、期待しない方がいいよ」UMAとか新生物じゃな…
[一言] >>お返し アキラとミチアが同室になったのは許せるけど枕を並べられてニヤニヤしているのがちょっとイラッと来たのでフィルマン前侯爵とロアール伯爵を同室にして枕を並べてみるお返し。 >>「今…
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