第六話 出発
「うう、頭が痛い……」
「僕も……」
アキラとハルトヴィヒは、痛む頭を抱えながら馬車に揺られていた。
前夜行われた『婚約祝い』の席で入れ替わり立ち替わり酒を注ぎに来られ、意に反して飲み過ぎてしまったのである。
一応、前回の経験からクッション代わりの毛布を敷いていたのだが、二日酔いの頭痛はそのくらいでは和らがなかった。
揺られるたびに頭が割れそうになるのだが、これは自業自得というもの。
「ああ……飲み過ぎないようにしようと思っていたのになあ……」
「雰囲気に流されたなあ……」
周囲が祝ってくれているのに、当の本人が仏頂面しているわけにもいかず、注がれるままにグラスを空けてしまったのがいけなかった、と反省するも時既に遅し。
10時という遅い時間の出発なのに、アキラとハルトヴィヒは青い顔でのたのたと支度を調え、馬車に乗り込んだあともぐてーっとしているのであった。
「もう、しょうがないですね……」
そんなアキラに半分呆れ、半分心配しているのはミチア。
「ハルも、自業自得よ」
辛らつな言葉の割に心配そうな顔つきなのはリーゼロッテ。
そんな彼らを乗せて、馬車はゴトゴトと進んでいく。
痛む頭でアキラは、忙しさにかまけてサスペンションを改良しなかったことを悔やんでいたのであった。
小休止のたびに馬車を降り、冷たい空気を深呼吸し、水を飲めば、少しずつではあるが頭痛は緩和されていく。
それでも昼食は摂る気になれず、スープをやっとの思いで流し込むに留まった2人である。
* * *
前回同様、1日目はアルビ村に宿泊だ。
昼食はほとんど口にできなかったアキラとハルトヴィヒだったが、夕刻には何とか調子を取り戻していた。
「ああ、なんとなく腹が減ったな」
そんなアキラの呟きを聞きつけたミチアは、
「ふふ、お腹が空いたならもう大丈夫ですね」
と言い、ほっとしたように微笑んだのであった。
「心配掛けたな」
「いえ、なんでもないです。でも、もうあんまり飲み過ぎないでくださいね?」
「うん、わかったよ……」
ここアルビ村はワインを作っている村なのだ。ゆえにミチアとしては忠告せずにはいられなかったのである。
ちなみに、ハルトヴィヒもリーゼロッテから同じように飲み過ぎないようにと釘を刺されていた。
「お、桑畑ができてる」
馬車から降り周囲を見渡すと、村外れの小山の斜面一帯に、前回訪問時にはなかった桑畑ができていた。
ここもド・ルミエ家の領地なので、こうした養蚕への下準備が進められているようだ。
『ブドウが栽培できると言うことは、桑の木にも向いている』と、当時アキラが期待したとおりであった。
「どうかな、アキラ殿?」
フィルマン前侯爵がアキラのところへやって来て、嬉しげに言った。
「昨年、指示を出しておいたのだ。こうしてみると、なかなかよいだろう?」
「ええ。『蔦屋敷』の方で増やした桑畑を合わせれば、今年は去年の倍以上、お蚕さんを飼えそうですよ」
今のところ、ネックは桑の葉であるから、こうして増産ができているなら、とアキラは期待した。
「うむ、確実に桑畑を増やしていくとしよう」
桑畑だけでなく、養蚕従事者も教育していかねばならないから、まだまだ道は長いなとアキラは感じた。
だが、隣にいてくれるミチアの体温を感じ、
(ミチアがいてくれるなら、俺ももっともっと頑張れそうだ)
などと、惚気半分の決意に燃えるアキラなのであった。
* * *
宿泊場所は前回同様、村長の家。
そしてこれもまた同じく、アキラとミチアは同室になった。
夕食後、お湯で身体を拭いて、寝間着に着替えれば、もうあとは眠るだけである。
前回は意識し、緊張した2人であったが、今回は大分マシのようだ。
「ええと、やっぱりベッドは1つなんだな……」
「……そう、ですね……」
「ま、まあ、いいか」
「はい…………」
とまあ、そんな感じで、2人は照れながらも同じベッドで眠ったのである。
* * *
翌日、午前7時半にはアルビ村を発ったのも、前回と同じである。
この日は少し行程が長いのだ。
「昼にパミエ村、そして夕刻にはモントーバンの町だっけ」
「はい、そのはずですね」
馬車のなかで、アキラは確かめるように過去の道中日記を見返していた。
「ああ、そういえば前侯爵にサスペンションとショックアブソーバの話をしたのもあの時だったんだ」
馬車の中でいろいろと話をしたことが日記には書かれていた。
「政治の話とか教育の話とかしたんだったな……」
遠い過去のような気がするが、まだ去年の話である。
「ふふ、それだけ濃い1年だったんですね」
「そういうことになるか」
馬車の窓から見える風景も、山が遠くなり、麦畑や果樹園が増えてきた。
「……と、なると、そろそろモントーバンの町が近いかな?」
その時、角笛の音が聞こえた。
「去年と同じだな」
前侯爵一行を出迎えに、騎士の1隊がやって来たのである。
「出迎えご苦労」
フィルマン前侯爵は短く答え、一行は騎兵を先頭にしてモントーバンの町を目指したのである。
* * *
前回同様、午後7時を過ぎに一行はモントーバンの町に入る。
「父上、お元気なようで何より」
フィルマン前侯爵の長男にして、リオン地方の領主『レオナール・マレク・ド・ルミエ侯爵』が出迎えてくれた。
「うむ、久しいな」
フィルマン前侯爵もにこにこ顔で息子に相対する。
この日は風呂にも入れたので、ぐっすりと休めたアキラであった。
お読みいただきありがとうございます。
20220901 修正
(誤)「どうだな、アキラ殿?」
(正)「どうかな、アキラ殿?」