第五話 真相と婚約
以前、ミチアの素性を3章第七話で『ミチア・イミングス・ド・フォーレ』としていたことを、設定メモに残していなかったためにすっかり忘れ、前回のミチアの出自になってしまいました。
今回、それは実は虚偽であったとし、その理由付けをしています……。
一息ついた後、アキラは口を開いた。
「閣下、1つ質問よろしいでしょうか?」
「うん? 何だね?」
「確か以前、ミチアは元子爵家の令嬢だと仰っていませんでしたっけ?」
昨年王都へ行った際、モントーバンの町を発った後、馬車の中で聞いた、とアキラは言う。
「『ミチア・イミングス・ド・フォーレ』という名だと伺いましたが……」
「大旦那様、それ……」
ミチアも驚いて声を出した。
「うむ……それについては謝らねばならんな。すまん、アキラ殿。このとおりだ」
フィルマン前侯爵はアキラとミチアに頭を下げた。
「閣下!?」
「……あの話はな、半ば嘘なのだ」
「嘘……半ば?」
アキラは怪訝そうな顔をしながら尋ねた。
「うむ……セヴラン、済まぬが儂らだけにしてくれるか? そして呼ぶまでは誰もこの部屋に近づけないようにせよ」
「はい、大旦那様。承りました」
お辞儀をしてセヴランは部屋を出て行く。それを確かめて、前侯爵はゆっくりと説明を始めた。
「ド・フォーレという家があったのは事実だし、先々代がだらしのない男で、領地経営が壊滅的に下手だったのも事実だ」
「……」
「当時の国王陛下が非常にお怒りになって、ド・フォーレの家が取り潰されたのも実際にあったことだ」
「その先々代の妻が儂の従妹だったというのも本当だ」
残念そうに前侯爵は説明した。
「その息子夫婦を儂のところで養っていた、というのも本当だ。2人とも流行病で相次いで亡くなった、ということもな」
「はあ」
「残念ながら、2人には子がなかった」
「そうだったんですか」
ここで前侯爵は一息ついて、再び声をひそめて話し始めた。
「一旦話は逸れるが、ド・ラマーク家が取り潰されたのは……謀反の容疑を掛けられたからなのだよ」
「謀反、ですか……」
アキラにも、王国での謀反が何を意味するかの想像は付いた。
「うむ。……謀反の場合、その罪は家族にも及ぶ。辛うじてミチアは処刑を免れたが、他の者たちは皆……」
言葉を濁す前侯爵。
アキラもミチアの顔を見ると、今にも泣き出しそうな顔をしていたので、その肩をそっと抱いてやったのである。
「……そういうわけだ。わかってもらえたか?」
前侯爵の言葉にアキラは頷いた。
「わかりました。真実とはいえ、おいそれと他人に話していい内容ではありませんね」
「そういうことなのだ。ゆえに表向きミチアはド・フォーレの血を引くことになっているが、実際はド・ラマーク家の人間なのだよ。このことを知っているのは儂と、今の陛下くらいだ」
この説明でアキラはだいたい納得できたのだが、1点疑問が生じた。
「……でしたら、ド・ラマークを名乗るのは危険ではないのですか?」
表向きはド・フォーレという家になっているなら、先程前侯爵が言った、『アキラ・ムラタ・ド・ラマーク男爵』ではなく『アキラ・ムラタ・ド・フォーレ男爵』になるのが自然なのではないか、とアキラは言ったわけだ。
「その疑問はもっともだ。だが、領地、というかその土地が『ラマーク地方』として知られているのだよ。故にそこを領地としたなら『ド・ラマーク』を名乗ることになる」
「そういうことですか」
これでアキラもようやく全てのことに納得がいったのである。
「……アキラ、さん……」
ミチアが消え入りそうな小さな声でアキラを呼んだ。
「うん?」
「……その、本当のことを知って、私のこと、嫌いになったのでは、ありませんか……?」
「何で?」
きょとんとした顔で聞き返すアキラ。
「え?」
その返答に、ミチアは張り詰めていた気が抜けた。
「ミチアの本当の家族のことを知っただけのことじゃないか。確かに、他人に聞かせていい内容じゃないけど」
「アキラさん……」
「俺だって『異邦人』だから、ほいほい出自を触れ回ったりできないしな」
「……」
「ミチアはミチアだ。……最初に出会ったときから、俺は……」
「あー、こほん」
そこで前侯爵がわざとらしく咳払いをした。
「あ……」
「し、失礼しました!」
焦るアキラとミチア。
前侯爵は笑ってそんな2人に、
「慌ただしいが今夜、2人が婚約した祝いの宴を開こう」
と告げた。
「ええ……?」
渋い顔をするアキラ。
だが、
「これは、貴族としても必要なことだ。王都からの技術者もいるから、立会人には困らないしのう」
と前侯爵に言われてしまえば、アキラも反論できない。
が、
「明後日出発なのですから、あまり派手なことは……」
と、ようやく一言だけ述べることができたのであった。
* * *
「それでは、アキラ殿とミチアの婚約を祝って、乾杯!」
フィルマン前侯爵の音頭で乾杯が行われた。
「かんぱーい!」
「乾杯!」
「婚約おめでとう、アキラ、ミチア!」
「アキラ、おめでとう」
「ミチア、よかったわね」
「アキラさん、ミチアをよろしくね!」
「ミチア、アキラさんに幸せにしてもらうのよ」
「とにかくめでたい」
アキラとミチアは『蔦屋敷』の面々に取り囲まれていた。
そしてハルトヴィヒとリーゼロッテも肩を並べている。
「……同時に式を挙げられるといいのにね」
とリーゼロッテが言うが、
「ドレスとスーツがないから無理だよな……」
と、アキラ。
だがリーゼロッテは、
「最初にドレスを着る栄誉はミチアに譲るわ」
と言った。
「絹を作るため、アキラと一緒にずっと苦労してきたんだから」
「そうだよな」
ハルトヴィヒも賛成する。
「まずアキラとミチア。そして僕とリーゼの順番だな」
「そうよねえ」
「ハルト、リーゼ……」
アキラは2人の気遣いに感謝したのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月29日(土)10:00の予定です。
20200222 修正
(誤)「うむ……それについては謝らねばならんな。すめん、アキラ殿。このとおりだ」
(正)「うむ……それについては謝らねばならんな。すまん、アキラ殿。このとおりだ」
20231010 修正
(旧)
「そういうことなのだ。ゆえに表向きミチアはド・フォーレの血を引くことになっているが、実際はド・ラマーク家の人間なのだよ」
(新)
「そういうことなのだ。ゆえに表向きミチアはド・フォーレの血を引くことになっているが、実際はド・ラマーク家の人間なのだよ。このことを知っているのは儂と、今の陛下くらいだ」