第四話 打ち明け話
なんとか出発前にスーツは完成した。
「わあ、ハル、似合うわ!」
「うん、なかなかいいな」
完成したスーツを着たハルトヴィヒは、『蔦屋敷』の面々に褒められていた。
「……ああ、頑張った甲斐がありました」
目の下に隈を作ったお針子頭のリゼットも嬉しそうである。
「ご苦労様。……馬車の中でゆっくり休んでくれ」
アキラが言うと、
「うー……やっぱり行かなきゃだめですかぁ?」
と、嫌そうな顔をするリゼットである。
「そりゃそうさ。ドレスとスーツを仕立てたリゼットが行かないでどうするんだ」
「そうよそうよ。リズ、王都へ行けるんだから喜びなさいよ」
「……他人事だと思って……。遊びに行くんじゃないんだからね!」
お針子頭になったリゼットは、ドレスやスーツに手直しをする必要が生じたときのため、また、王都で服のデザインを勉強するためという目的もあって、王都行きメンバーに加わっているのである。
フィルマン前侯爵やアキラの他の同行者としては、ミチア、ハルトヴィヒ、リーゼロッテ。
侍女たちの中からはお針子頭のリゼットの他には絵がうまいリュシル、応急手当の得意なリリア、そして植物に詳しいミューリ。
彼女らは前侯爵やアキラ、それに王都からの技術者たちの世話の他に、王都にいる間、学ぶ機会が与えられている。
そして家宰見習いとしてセヴランの甥マシューとなる。
* * *
「ふむ、儂にアキラ殿、マシュー、侍女5人、ハルトヴィヒ、リーゼロッテ、技術者8人、それに御者5名、護衛が5名か」
フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵は旅行参加者のリストを見ながら呟いた。
「王家への献上品はどうなっておる?」
これはそばにいる家宰のセヴランへの質問だ。
「はい、大旦那様。こちらにまとめてございます」
「うむ」
前侯爵はセヴランからリストを受け取った。
「ふむ、献上のドレス、スカーフ」
真っ先に絹製品が挙げられる。
「はっ」
「それに虫除けスプレー、グッタペルカ見本、靴底見本、長靴、木綿友禅見本と浴衣。雪眼鏡に恒温瓶、それに民芸品として装飾箱だな」
『異邦人』としてのアキラが考案した数々の成果である。
「あとは精密天秤と分銅か。それから歯車利用のカウンター、ボルドー液か」
ハルトヴィヒとリーゼロッテが帰化するための説得材料である。
こういう貢献をしてくれました、我が国に役立つ人材です、とアピールするわけだ。
もっとも、そこまでせずとも前侯爵と『異邦人』が推薦すれば、問題ないはずであるが。
「それにしても凄まじい点数だな」
前侯爵は苦笑しながら呟いた。
もちろん、アキラが開発した数々の品物についての言及である。
「これなら、今回は爵位をもらうかもしれんな」
『シルクマスター』の称号に続き、準男爵か、うまくいけば男爵に任命されるかもしれない。
前回の王都行では、アキラを王家に取り込まれることを懸念し、国王に懇願した前侯爵である。
「……やはり、ミチアが鍵か」
そう呟いたフィルマン前侯爵は目を閉じて椅子の背もたれに身体を預けたのであった。
「よし、決めた!」
しばらく思索に耽っていた前侯爵は椅子から立ち上がると、応接室へと向かう。同時に、
「アキラ殿とミチアを呼んでくれ」
とセヴランに命じたのだった。
* * *
5分後、応接室でアキラとミチアは前侯爵と向き合って座っていた。
「いったい何ごとですか?」
執務室ではなく応接室で、というのはアキラとしてもそうそう記憶になかった。
「いや、今回は私事……と言えばいいのかな……とにかくプライベートな内容なのでな」
前侯爵はそう言うと、ミチアの顔をちらりと見た。それで彼女は何かを察したらしい。
「お、大旦那様、ま、まさか……」
だが前侯爵は慌てるミチアを手で制し、
「アキラ殿に聞いてもらいたいことがある」
と言い、アキラが頷くのを見て話し始めた。
「実はミチアは、儂の親友の孫なのだ」
「……はあ」
まだアキラは、話の流れがわからないので、気が抜けたような返事をした。
「その親友はルシアン・フィシャー・ド・ラマーク伯爵と言って、儂の戦友でもあった」
「……」
「40年ほど前の戦役で肩を並べて戦い、儂は武功を挙げ、彼は重傷を負った」
「…………」
「その傷のため、彼は家督を息子に譲り、隠居した。だが、その息子が……詳しく言うのはやめておくが、不祥事を起こし、ラマーク家は取り潰されたのだ」
アキラは思わず、横に座るミチアの顔を見た。
「……」
ミチアは何も言わず、顔を伏せていた。アキラは再び前侯爵の方を向く。
「そんな親友の孫娘がミチアなのだ」
かなり省かれたが、ミチアの出自が明らかになった。両親がいないらしいというのは……そういうことなのだろう、とアキラは『不祥事』という単語から察するのだった。
「……親友に頼まれたのだ。ミチアを幸せにしてやってくれとな」
それで屋敷に引き取り、侍女として家事全般を仕込んでいたのだという。
この国では、下級貴族の子女が上級貴族や王族の使用人、つまり男なら執事や家宰、女なら侍女になることは珍しくない。
そして主人に認められて家を任されたり、妾となったりすることもあり、運がよければ夫人となることもあるのだという。
「儂はミチアを王家に仕えさせようと思っておった。……が、そこにアキラ殿が現れたのだ」
「……」
「儂はアキラ殿とミチアの様子を見て、王家よりもアキラ殿の方がミチアを幸せにしてくれると考えている」
「お、大旦那様!」
顔を赤くしたミチアが慌てた声で前侯爵を遮った。
だが前侯爵は優しい笑顔でミチアを制した。
「わかっておる。……アキラ殿、どうかミチアを……我が親友の忘れ形見を、よろしく頼む」
「はい」
短く、だが決意を込めた声で、アキラは返事をした。
「おお、ありがとう」
「アキラさん……」
「きっと、ミチアを幸せにしてみせます。……俺も、いろいろ助けてもらうことが多いと思いますが」
「うむ、それは『異邦人』なのだから、この世界に疎いのは仕方がないところだからな」
前侯爵は頷いた。
「これで、王都で爵位を得たとしても、王族に縛り付けられることはないだろう」
「え、どういうことですか?」
前侯爵の言葉に、アキラは首を傾げた。
「うむ、今回の王都行で、アキラ殿はおそらく男爵位を拝領することになるだろう。その際、できればド・ラマーク領を引き継いでもらいたいのだよ」
そのためにも、ミチアの夫として……つまりアキラ・ムラタ・ド・ラマーク男爵となってもらいたいのだと前侯爵は心の内を打ち明けた。
フィルマン前侯爵の説明によると、ラマーク領はこの『蔦屋敷』がある土地のすぐ東側が、旧ド・ラマーク伯爵領だったという。
「今は儂が預かっておるがな」
それもあって、この地に住み着いているのだと前侯爵は打ち明けたのであった。
これまでミチアの出自について黙っていたのも、真に彼女を任せられる相手が見つかるまでは、という理由からだったという。
「親友との約束を果たすことができてほっとしたぞ」
応接室でお茶を飲みながら、フィルマン前侯爵は嬉しそうに笑ったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月22日(土)10:00の予定です。
20200216 修正
(誤)どうかミチアを……話が親友の忘れ形見を、よろしく頼む」
(正)どうかミチアを……我が親友の忘れ形見を、よろしく頼む」
(誤)つかりアキラ・ムラタ・ド・ラマーク男爵となってもらいたいのだと前侯爵は心の内を打ち明けた。
(正)つまりアキラ・ムラタ・ド・ラマーク男爵となってもらいたいのだと前侯爵は心の内を打ち明けた。
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