第二話 仮縫い
シャルロット・ド・ガーリア王女殿下に贈るドレスとは別に、ウェディングドレスの見本を作ることにしたアキラたち。
「あと半月しかないから急がないと」
そう、王都パリュへ出発するのは半月後の予定なのである。
派手なものにしないなら、絹のストックはなんとか間に合う。
「Aライン……っていうのかな? よくわからないが」
腰の高い位置からスカートを広げる感じにしたいなとアキラは考えていた。
「フリルは間に合わないよなあ」
おまけに服地を多めに使うことになる。
今回はシンプルなものにしないわけにはいかなかった。
デザイン的には肩と腕が出ていて、胸から下を重点的に飾るイメージだ。
絵のうまいリュシルと、縫い物が得意なリゼットにも一緒に考えてもらう。
「問題は、このふわーっと広がったスカートですね」
「ああ、そうそう。これ、全部絹で作ると大変じゃないかしら?」
リュシルの意見にリゼットが賛成する。
「いっそ、一番内側と一番外側だけを絹にして、中は麻を使ったらどうかしらね?」
「あ、リゼット、それいいかもしれないわ」
リゼットの意見にミチアが賛成した。
「『芯』っていう考えもあるし、全体の形を整えるには硬くて張りのある生地を使いたいからね……うん、できそう」
リゼットは自分の考えを口にし、何とかなりそうだと自分の言葉に頷いていた。
そんなこんなで、デザインと生地の使い方が決まったのは夜。
翌日から裁断、そして仕立てに取り掛かることになる。
アキラはほとんど口を出すことができなかった。
(まあ、女物の服だし……)
それでも、計画ができあがっていく様子を傍で見ているのは楽しかった。
「あ、アキラさん、こういう話にまとまりました」
ミチアが議事録的なメモを見せてくれた。
「うん、いいと思う。明日から頑張ろう」
「はい!」
* * *
アキラの宣言通り、翌朝からウエディングドレスの製作が始まった。
まずは採寸からだ。
「上から87、58、89ですね」
「な、なんか恥ずかしいわ……」
恥ずかしがるリーゼロッテ。
採寸は女性スタッフだけできゃあきゃあ言いながら行われている。
「ミチアは……ふんふん、上から84、55、87……と」
「こ、声に出さなくていいからっ!」
今回作るドレスは、多少の調整で多くの女性が着られるように考えられている。
それで、身近な女性全員が着られるように、と採寸を行っているのだ。
「ミューリはB81W52H85……ちょっと小さいわね……」
「小さいのはわかってるからっ!」
ミューリの名誉のために付け加えておくと、彼女は身長151センチ、体重40キロと、『蔦屋敷』の女性たちの中で最も小柄なのである。
ちなみに一番大柄なのはリーゼロッテで162センチ、49キロだ。
シャルロット・ド・ガーリア王女は154センチくらい、と目算されていた。
次は型紙作り。
これは厚手の『和紙』を用いて行われた。
基本的な形状は『携通』にもあったし、既に存在するドレスを参考にすることもできるので、寸法さえ間違わなければ問題ない。
採寸、型紙までで1日を要した。
* * *
「どうだね、間に合いそうかな?」
夕食後、『蔦屋敷』の主、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵がアキラに進捗状況を尋ねてきた。
「はい、皆頑張ってくれていますので、大丈夫そうです」
「そうか、ならよい。期待しているぞ」
「はい」
* * *
翌日は型紙に合わせて裁断、そして縫製である。
ここで問題が発生。
「麻の生地がまだ届かないんですが」
……となると大慌てになるのだろうが、アキラたちは慣れたもので、
「まず絹の方を全部裁断しておいてくれ。麻は俺が確認しに行ってくる」
作業の順序を入れ替えたり、できるところから進めておくなどし、停滞しないよう工夫している。
* * *
「麻が届いたぞ。道が雪解けでぬかるんでいたため遅れたようだ」
「ああ、よかった」
そして再開される裁断、縫製……。
「3分の1くらいはできたかしら?」
「うーん、まだ4分の1くらいじゃない?」
裁断から始めたので、縫製の方はそれほど進まなかったようだ。
「それでも十分さ。この分なら明後日にはできあがるだろう」
日数には余裕があるから無理はしないでくれ、とアキラはスタッフに声を掛けた。
「ありがとうございます」
ミチアが代表して礼を口にした。
こういう時、『間に合わせてくれよ』とか『遅れないように』などという言葉が真っ先に出てくる上司は嫌われる……らしい。
スタッフにもよるが、プレッシャーのない環境で働いた方がよりよい成果を出せる者が多いのだから。
もっとも、甘やかしすぎてダレてしまうのは論外である。
* * *
「これを私が着るの?」
「試しにね。……あ、そっと着てね。まだ仮縫いだし、まち針も刺さっているから」
縫製が仮縫いまで進んだので、最初に着る予定のリーゼロッテに着てみてもらうと、
「うわあ、素敵!!」
とてもよく似合っているのだった。
入浴、洗髪、保湿クリームなどを使っているリーゼロッテは髪も肌も綺麗なので、純白のドレスがよく映えるのだ。
「ブロンドの髪がよく合いますねえ」
基本、無彩色である白は、他の色に干渉しないのだ。
金髪碧眼、そしてこの時代の女性としては高身長なリーゼロッテが着た純白のドレスは。とても華やかに見えたのだった。
「……見たいけど我慢だな」
「ああ。今入ったら袋だたきにされるぞ」
アキラとハルトヴィヒは部屋の外で2人、苦笑いの顔を見合わせたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は2月8日(土)10:00の予定です。
20200201 修正
(誤)「麻の生地がまだ届かないんですが」」
(正)「麻の生地がまだ届かないんですが」