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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第1章 基盤強化篇
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第三話 測定器

  蚕の卵を適当な温度に保ち孵化させることを『催青さいせい』と呼ぶ。

 『催』はもよおす、うながす、せきたてる、という意味がある。

 『青』は、蚕の卵は孵化直前になると青く見えることからくるのだろう。


 蚕の卵は、冷蔵庫から出すと、25℃で約10日で孵化すると言われている。

 この猶予期間を利用して、アキラはいろいろな準備をするつもりだった。

「ミチア、頼んでいいかな」

「ええ、お任せください」

 まずミチアには、新たなメンバー5人への基礎教育を頼んだ。

 内容は読み書き計算ができるようにしてもらうこと。

 5人が5人とも読み書き計算がほとんどできなかったのだ。

 読み書きは、辛うじて名前だけは書ける程度。

 計算は、両手の指を使って足し算引き算がやっと。しかもちょくちょく間違える。

 これでは将来的に絹産業のリーダーとしてやっていくことはおぼつかない。

 そこでアキラは、読み書き計算のできる……いや、得意なミチアを教師として任命したのであった。

 もちろん1週間や10日でものになるはずはないので、当分は空いている時間の大半を勉強にあてることにした。

 そうでなければ、手順書や指示書を読めないのだから。


 そしてアキラはというと。

「ハルト、温度計を作ろう!」

「温度計?」

「寒暖計とも言うんだけど、暑さ寒さを数値化する計測器さ」

「おっ、それは面白そうだな!」

 アキラの提案にハルトヴィヒは乗り気だった。

「この前作った『エアコン』をより正確に制御できるようになるな!」

 さすがハルトヴィヒ、目的をすぐに見抜いている。

「それも『異邦人エトランゼ』の知識だな? まずは原理を教えてくれ」

「もちろんだ」


 温度計の歴史は、1592年にガリレオ・ガリレイにまで遡る。

 初の温度計には目盛りはなく、温度変化があったことのみを測定できるものであった。

 その後、実験や気象観測に温度計は必要不可欠となり、1720年、実用的な水銀温度計が発明されるまで、さまざまな温度計が作られていた。


「まずは簡単なものからいこう」

 アキラは、色を付けた水をインク瓶いっぱいに入れ、コルクで栓をした。その栓に小さな穴を開け、ストロー状のガラス管を差し込む。ガラス管には途中まで色を付けた水を入れておく。

「液体や気体は、温度が高くなると膨張するんだ。それを利用しているんだよ」

「ふうん、面白いな」

 アキラが作ったのは、フランスの医者レイが空気の変わりに液体を指示液として用いた温度計に近いものだ。

 密封されていないので時間が経つと水が蒸発してしまうので正確さに欠ける。

 だが、温度計の原理をハルトヴィヒに教えるには十分だった。

「なるほど、興味深いな!!」

 やはり、簡単なものでも実物があるというのは大きい。絵に書いての説明より数段上だ。

「問題は蒸発か。なら密封すればいいだろう?」

「ふむ、水が凍る温度を0度、沸騰する温度を100度とするわけか。どこで作っても同じ物ができるわけだな」

「その際に誤差を生じる要因には大気圧があって……」

「大気圧の影響? 大気圧って何だ?」

「この、我々が呼吸している空気のことで、空気には……」

「空気に重さがある? これは面白い!」

「それをなくすために空気を抜く方法が。それを……」

「なるほど、『真空』か。興味深いな!!」

 ハルトヴィヒはどんどん先へ進んでいく。

 そしてたった5日間で、現代日本でみられるものに近い温度計を作り上げてしまったのだ。

 その間アキラは質問攻めにされた。アキラが理系の学生だったのは幸いである。


 余談だが、温度計を作った科学者の1人セルシウス(Celsius)の頭文字を取ったものが単位℃で、セルシウスの中国音訳『摂爾修斯』から、日本語読みで摂氏、セ氏。

 ついでに言うと、華氏というのは同様に独自の温度計を作ったファーレンハイト(Fahrenheit)からだ。その中国音訳『華倫海特』が華氏ふぁしと読み、日本では『かし』となっている。


 それはさておき、ハルトヴィヒは魔法技師としての手腕を遺憾なく発揮し、ガラスを思いどおりの形に加工する魔法 《フォルメン》を使い、ほぼ現代日本の物と同じ温度計を作り上げてしまったのだった。

 もちろん、精度は今一つであるが、まぎれもなくそれはアルコール温度計であった。

「これで温度管理が楽になるよ!」

 アキラはハルトヴィヒに感謝した。

 因みに、慣れ親しんだ単位である℃はそのまま採用している。

 と同時に、感覚的にこのくらい、と設定していた『エアコン』の温度が、ほぼ25℃であったことを付け加えておく。

 人間の体感というものは、時に計測機器並み、いやそれ以上の性能を発揮することもあるのだ。


 温度計ができれば、湿球・乾球を作って湿度計ができるはずだが、換算表を作ることができないので、乾湿湿度計に関しては諦めたアキラ。

 その代わりに毛髪湿度計を作ることを思いついた。

 電子式センサー全盛の現代日本においても、毛髪湿度計は電気をまったく使わないで済むため、美術品や骨董品の管理などに重宝されている。

 原理は簡単で、数本を束ねた毛髪に、錘やバネなどで軽いテンションを掛けてぴんと張っておく。

 この時、毛髪の長さは湿度が高ければ伸び、低ければ縮む。この変化を梃子の原理で拡大してやれば、針の動きで湿度を読み取れるようになるわけだ。

 地球では金髪の女性の髪が使われたそうだが……。


「面白いなあ! やっぱり『異邦人エトランゼ』と一緒に仕事をするのは楽しいよ」

 こちらは原理的にも簡単だったこともあり、ハルトヴィヒは1日で完成させてしまった。

 使った毛髪はミチアのもの。

 彼女は、

「わ、私の髪を使うんですか?」

 と、初めは少し恥ずかしそうにしていたが、今後のために是非必要なんだ、とアキラが拝むように言ったのでブラッシングした時に抜けた髪をくれたのである。


 もっとも、こちらの方は湿度の基準となる環境をうまく作れないので、『乾燥』『適湿』『過湿』の3状態を測定できる程度に留まった。

 それでも、温度計と湿度計を見て『エアコン』の設定を調整できるというのは大きい。

「これで、冬でも夏でも同じ環境で蚕を育てられるよ」

 アキラはかなり満足していたのである。


*   *   *


 そして、こうした下準備を進めているうちにも時は流れていく。

「ほら、黒かった卵が青くなってきただろう?」

「本当ですね、アキラ様」

 孵化の3〜4日前になると、まず卵に青い点が生じる。これを点青期という。

 これは、中にいる幼虫の頭部が先に色づくからと言われる。

 そしてその後、卵全体が青くなる。これが催青さいせい期である。

「こうなるとあと1日か2日で卵はかえるんだ。だいたい朝に、だな」

「旦那、楽しみですだ」

「わあ、ドキドキしてきました」

 雇った5人も、説明だけではなく、実際に生きた蚕を目にするとあって緊張気味だった。

「まずは20匹だが、慣れたら数百から数千匹を飼うことになるんだぞ」

 とアキラが言うと、5人は緊張に身を震わせながら、

「が、頑張りますです!」

「村のために!」

 と、気合いを入れ直していた。


 そしてその2日後、19匹の蚕が卵からかえったのであった。

 お読みいただきありがとうございます。

 3月11日(日)も更新します。


 20180310 修正

(旧)

「大気圧の影響? 大気圧って何だ?」

「空気に重さがある? これは面白い!」

「なるほど、『真空』か。興味深いな!!」

(新)

「その際に誤差を生じる要因には大気圧があって……」

「大気圧の影響? 大気圧って何だ?」

「この、我々が呼吸している空気のことで、空気には……」

「空気に重さがある? これは面白い!」

「それをなくすために空気を抜く方法が。それを……」

「なるほど、『真空』か。興味深いな!!」


 20190105 修正

(誤)さすがハルトヴィヒ、すぐに目的をすぐに見抜いている。

(正)さすがハルトヴィヒ、目的をすぐに見抜いている。

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