第十六話 白金族元素と木綿の考察
1月11日は鏡開きですが、あけましておめでとうございます。
砂金に混じって発見される銀色の粒。
それは『砂白金』と呼ばれる。
これはたいていの場合、単一元素ではなく、『白金族』と呼ばれる元素の合金である。
成分はプラチナ、ロジウム、パラジウム、イリジウム、オスミウム、ルテニウム(これらを総称して白金族元素という)からなる。
融点が高いため、金(融点1064度C)や銀(融点961.8度C)を溶かす炉では溶けない(最も融点の低いパラジウムでさえ1555度C、最も高いオスミウムが3033度C)。
ちなみに鉄の融点が1538度C、銅の融点が1085度Cである。
低融点金属の鉛は327.5度C、錫は232.9度Cである。
また、大抵は合金として出てくるのだが、非常に硬いものが多い。
イリジウムとオスミウムの合金はイリドスミンもしくはオスミリジウム(含有比で変わる)と呼ばれるが、硬くて摩耗しにくいため、高級万年筆の金ペンの先端に溶接されている。
そして白金族元素は、常温では安定なので、ハルトヴィヒの要求にも十分応えられそうである。
アキラの説明と『携通』の画面を見たハルトヴィヒは、
「これだ!」
と、これを使うことを選択した。
ハルトヴィヒの使える魔法の1つ、《フォルメン》は、対象を思いどおりの形に加工する魔法である。
これを使えば、硬いイリドスミンも加工できるはずなのだ。
「砂白金なら私も幾つか持っているから、加工できるかどうか確認させてあげるわ」
「おう、助かる」
加工可能なら、フィルマン前侯爵に頼んで取り寄せてもらえばいいわけだ。
金で分銅を作るより、ずっと安くできるのがいい。
(……いずれ価値が認められれば高騰するだろうけどな)
アキラは、安い今のうちに買い集めておいた方がいいと、前侯爵に助言するつもりであった。
* * *
「……ほう、いずれ加工法が確立されたら、価値が上がる、ということだな」
「はい。併せて、せっかく分別した砂白金を捨ててしまうのはもったいないですし」
砂金同様、砂白金は重いので、砂金取りの際に他の鉱物から分別される。
しかし、金を解かす坩堝の中で溶け残ってしまうため、不純物扱いされ、廃棄されていたのである。
「わかった。その時のため、という目的も含め、買える限り買い集めるよう指示を出そう」
同時に国王にも隣国からも買い集めておくよう手紙を書こうと思う、と前侯爵は言った。
* * *
「さて、あとは巻き取った糸の長さを測る機械だな」
糸は荷重をかけると伸びるので、
「JIS(日本工業規格)においては、初荷重の下で計量したものと定められている……か、なるほど」
アキラは『携通』の内容を確認しながらハルトヴィヒに説明している。
「実際は番手(=糸の太さ)毎に定められた初荷重値をかけて計測した数値になる……わけか」
「その番手、っていうのは?」
「ええと……綿やウール、麻で、『一定の重さに対して、どれだけの長さになるのかで糸の太さを表す方式』のことだな」
これもまたデニールと同じ方式で、「恒重式番手」というらしい。
「とすると、値が小さいほど太い糸と言うことだな」
「そうなるな」
ここでリーゼロッテが質問をしてきた。
「ねえ、今まで気にしていなかったんだけど、『綿』ってなにから採れるの?」
アキラははっと気が付いた。
「そういえば、この辺では綿は採れないんだな……」
アキラはリーゼロッテに説明をした。
「綿というのは、『ワタ』っていう植物の種子から取れる繊維なんだよ。種の周りに綿毛がいっぱいくっついていて、それを集めて糸に紡ぐんだ」
「ああ、そうやってできるのね……アキラと仕事をしていると新しい発見がたくさんあって楽しいわ」
ワタは乾いた暖かい気候を好むので、このリオン地方での栽培には向かないだろうな、とアキラは残念に思った。
それと同時に、リーゼロッテが知らないところを見ると、ゲルマンス帝国では作られていないのかな? とも。
「リーゼロッテは知らないか? こういう植物なんだが」
それでリーゼロッテに『携通』の画面を見せてみたのだが、
「うーん……ゲルマンス帝国にもないわねえ」
との言葉が返ってきたのである。
諦めきれないアキラは、植物に詳しいミューリに聞いたのだが、
「……この辺では見たことありません、ごめんなさい」
と言われてしまい、やっぱりなと小さく溜め息をついた。
やはり綿は、南にある地方で作られているようだ。
「アキラさん、まだ絹産業の立ち上げも始まったばかりなのに、綿にまで手を出したら無茶苦茶になりますよ?」
ミチアの言葉はアキラの胸に染みた。
「そうだな……」
あれもこれも、と欲張るのはいけない、とアキラは自省した。
「二兎を追う者は一兎をも得ず、と言うしな……」
「……どういう意味ですか?」
アキラの呟きを聞きつけたミチアに質問された。
「ええと、欲張って、一度に2羽のウサギを狩ろうとすると、ウサギはすばしっこいから結局1羽も捕れずに終わってしまう、という意味だったかな。つまり、あれもこれもと欲張ると、1つも完遂できない、という例えだな」
「面白い言葉ですね」
「だよな、ははは」
それを聞いたミチアは笑った。つられてアキラも笑ったのである。
* * *
さて、アキラが綿で悩んでいる間に、ハルトヴィヒは糸の長さを測る道具を開発していた。
細長い箱に糸巻きが付いている外見で、箱には小さな窓が開いており、数字が見えるようになっていた。
糸巻きは四角い断面の胴を持ち、1辺が12.5センチになっている。つまり1巻が50センチ。
ハルトヴィヒが工夫したのは、これが何回転したかを記録する、いわゆる『カウンター』を取り付けたことだ。
「カウンターか……すごいな。どうやったんだ?」
「なに、歯車の応用だよ」
糸巻きの軸に歯数が10枚の歯車が取り付けてあり、その歯車は100枚の歯数を持つ歯車を回す。
つまり、糸巻きの軸が1回転すると、100枚歯の歯車は10分の1回転する。そこで360度割る10=36度ごとに数字を0から9まで振っておけば、10回転まではカウントできる。
そして100枚歯の歯車と同軸に10枚歯の歯車を取り付け(2段歯車)、それを用いて100枚歯の歯車を回せば100回転までカウントできるわけだ。
同じことをもう1段行えば1000回転までカウントできることになる。
「すごいな……さすがハルトだ!!」
アキラは手放しで褒めた。
さらにハルトヴィヒは工夫をしている。
「回転数に50センチを掛ける必要があるから、回転数の下に、半分にした数値を表示しておいた。こっちの単位は『メートル』だよ」
1回転が50センチなので、2回転で1メートル。200回転で100メートル、2000回転で1000メートルだ。
「十分だな」
アキラも、さすがに9000メートルも繋がった糸を紡ぐつもりはない。
当面は長くても1000メートルでいけるだろうと考えていたので十分である。
そこで、同じものを3台作ってもらうことにした。
絹織物の産業化は着々と進んでいた。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月18日(土)10時の予定です。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
20200208 修正
※4章二十六話で木綿友禅の話がありましたので、この世界にも木綿はあるはずです。
なのにこの話ではワタがないとなっていましたので大きく修正させていただきます。
面目次第もございません。 <(_ _)>
(旧)「ねえ、今言ってた『綿』ってなに?」
(新)「ねえ、今まで気にしていなかったんだけど、『綿』ってなにから採れるの?」
(旧)そういえば、綿もないんだな……」
(新)「そういえば、この辺では綿は採れないんだな……」
(旧) ブラウスやシャツなどに使われているのは毛か麻である。
(新) アキラはリーゼロッテに説明をした。
(旧)
ワタは乾いた暖かい気候を好むので、このガーリア王国での栽培には向かないだろうな、とアキラは残念に思った。
(新)
「ああ、そうやってできるのね……アキラと仕事していると新しい発見がたくさんあって楽しいわ」
ワタは乾いた暖かい気候を好むので、このリオン地方での栽培には向かないだろうな、とアキラは残念に思った。
(旧)それと同時に、他の国で作られていないのだろうか、とも。
(新)それと同時に、リーゼロッテが知らないところを見ると、ゲルマンス帝国では作られていないのかな? とも。
(旧)
「……見たことありません、ごめんなさい」
と言われてしまい、がっくりと肩を落とした。
(新)
「……この辺では見たことありません、ごめんなさい」
と言われてしまい、やっぱりなと小さく溜め息をついた。
(旧)
「アキラさん、もっと南にはあるかもしれませんから、諦めないでください」
ミチアにもそう慰められる始末。
「それに、まだ絹産業の立ち上げも始まったばかりなのに、綿にまで手を出したら無茶苦茶になりますよ?」
(新)
やはり綿は、南にある地方で作られているようだ。
「アキラさん、まだ絹産業の立ち上げも始まったばかりなのに、綿にまで手を出したら無茶苦茶になりますよ?」