第十二話 ドレス製作
さて、暮らしが落ち着いたなら、やることがある。
それは『ドレス作り』。
アキラが暮らすこのガーリア王国の第2王女、シャルロット・ド・ガーリアが今年15歳になるという。
そして15歳から成人となるため、そのお祝いに絹のドレスを贈ろうというわけだ。
昨年はハンカチ程度しか作れなかったが、今年は2〜3着は作れる程度の絹糸は確保できていた。
「デザインはこれでいいとして……」
『携通』にあったドレスの画像を、フィルマン前侯爵をはじめとする屋敷の皆で検討した結果、Aラインのドレスを贈ることになったのである。
Aラインのドレスは、肩から裾に向かうにつれ広くなっていく形である。
そのシルエットがアルファベットのAに似ているのでAラインという。
これを選んだ理由の1つは、王女殿下のスリーサイズがわからないため、特にウエスト周りの寸法を決められないからである。
「……色か」
シャルロット王女は暗めの金髪に、青緑色の瞳。
明るめのドレスがいいのではないかというところまでは決まったのだった。
「そうすると、やはり王家にふさわしい紫系統でしょうね」
「うむ、それが無難であろうな」
アキラの言葉に、フィルマン前侯爵は頷いた。
「なら、全体はごく薄い紫。要所要所を濃い紫でアクセントを付ける、でどうでしょうか?」
リーゼロッテの意見だ。
「あ、あの、あたしなんかがこんなことを申し上げていいのかわかりませんが……」
絵のうまい侍女のリュシルがおずおずと口を開いた。
「いやリュシー、君も一員なんだから、堂々と意見を述べてくれ」
「は、はい。……ええと、色使いは難しいんです。目立つ色は、多くても3種類くらいにしないと、うるさくなると思います」
つまり面積をそれなりに占める紫系統の色は2色か3色で抑えるのがいいと言っているのだ。
「なるほど。全体が薄い紫なら、ウエスト部分とか裾とか、には濃い紫を使う、という意味かな?」
「あ、はい。……裾は、重たくなりますので白いレースがいいかもですが」
「なーるほど。さすがリュシー」
「きょ、恐縮です」
そんなリュシルを見て前侯爵は、人材というものは身分や出身では判断できないものだなあ、と思っていた。
「他に意見はあるかい?」
口を開いたリュシルに、この機会だからもっと意見を述べてもらおうとアキラが言った。
「スカートの裾に、バラなどの絵を、淡い色で書いたらどうかと思います」
「なるほど、友禅的にだね」
「あ、はい」
だが、ここでリーゼロッテが反対意見を出す。
「それでしたら、絵ではなく、薄い絹で作った花をあしらうのがよろしいのではないでしょうか?」
「おお、それもいいな」
「花の分の重さで、スカートの裾がめくれにくくなります」
「ふむ、なるほど」
今回のドレスは、くるぶしが見えるくらいの丈に仕上げる予定である。
それが昨今の流行りだというので。
「あまり脚が見えては扇情的すぎ、品がなくなります。スカートの裾はできるだけめくれにくくするべきかと」
「わかった。リーゼロッテの意見を採ろう」
こうして、ドレスの仕様は決まっていく。
だが、話し合いも終わりかと思われた頃、ミチアが追加発言をした。
「……あの、下着も合わせた方がいいんじゃありませんか?」
「あ」
確かにそうだ、と皆が思った。
全身を絹の服で包んでもらうのが望ましいだろうと。
そこで話は下着の検討に移っていく……が、参加している男連中はさすがに気恥ずかしそうだ。
女性陣も意見を言いづらそうにしている。
「ええと、こちらは私たちだけで進めて、最終案を見ていただくことにしませんか?」
ミチアが女性陣代表でそう言うと、
「うむ、賛成」
「異議なし」
「そうしよう」
と男連中は皆承諾した。
* * *
そういうわけで、男連中は別室に移動した。
「いやあ、やっぱり堂々と下着の話をするというのは照れくさいというかばつが悪いというか」
ハルトヴィヒが頭を掻きながら言う。
アキラも全く興味がない……わけではないが、あからさまにああだこうだと複数人で話し合うのはちょっと恥ずかしかった。
(でも、女性用の下着メーカーは女性だけ、ということもないだろうしな……)
そういう人たちの精神構造はどうなっているのか知りたいものだ、とちょっとだけ思ったアキラであった。
「……ストッキング……か……」
そんな一連の思考の中で、アキラが思い出したことがある。
それは、地球の歴史では、男性も長いストッキングを穿いていたということだ。
中世のヨーロッパでは、高位の貴族男性も白いストッキング……ニーハイソックスのようなものを穿いていたのだ。
そして、イギリスのエリザベス女王(1世)は、絹のストッキングを穿いた時、『もう二度と布製の靴下は穿きたくない』と言った、という逸話も残っている。
要するにアキラは、王女殿下にはドレスと下着だけでなく、ソックスもしくはストッキングも贈らなくてはならないだろうということに気が付いたのだ。
「ストッキングがどうした?」
呟きをハルトヴィヒが聞きとがめ質問してきたので、アキラは説明した。
「なるほど、靴下か」
この世界での靴下は全て『手編み』である。
ゆえに、現代日本で見る『パンスト』のような薄いストッキングは存在していない。
「できるだけ薄いメリヤスみたいな生地を編んで……バックシームはしょうがないだろうな」
バックシームとは、後方にできる繋ぎ目、という意味である。
地球における初期のストッキングは、FFという編み機の限界で、どうしても後方で縫い合わせなければならなかったのだ。
その後、現在の丸編みに変わり、『シームレス』、つまり縫い目がないものになったという経緯がある。
アキラも編み機の構造はまるきりわからなかったし、ハルトヴィヒも同様。
「ここは、ストッキングを手編みで作っている人に頼んで、絹で編んでもらうしかないだろうな」
とアキラが言えば、ハルトヴィヒも渋々頷いた。
「残念だけどね。編み機か……構造や仕組みがまるで想像付かない」
さすがのハルトヴィヒも、したこともない編み物を機械化することは不可能だった。
また、アキラの『携通』にも、編み機の構造まではデータがなかったのである。
「捜せば、編み物のうまい人は見つかるだろう」
「そう願いたいな」
こうして、ハンカチ、ドレス、下着に続く第4の絹製品、『ストッキング』の開発が、ここに産声を上げたのであった。
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次回更新は12月7日(土)10:00の予定です。
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