第十一話 豪雪
楽しい雪祭りから3日が過ぎた頃、この地方でも滅多にない大雪となった。
「なんだこれ……」
『蔦屋敷』の2階の窓から庭を見下ろしたアキラが呆れたような声を上げた。
朝起きると、侍女たちがざわついていたので聞いてみると、外開きのドアが全部開かないのだという。
2階の窓から見ると、どうやら一晩で2メートル近い雪が積もったらしいことがわかった。
「昨夜、こっちに泊まってよかったな……」
『離れ』にいたら、ドアが開かなくなって閉じ込められていたことだろうと、今更ながらアキラはぞっとした。
昨夜は、春になったら技術者たちと共に再び王都へ行くことになるだろうという話をフィルマン前侯爵から告げられ、その際の同行者や手土産、献上品などについて話し合っていたのだった。
深夜まで及んだ話し合いのあと、アキラはそのまま『蔦屋敷』に泊まった、というわけである。
「急いで雪下ろししないと、蚕室が潰されたら厄介だぞ……」
アキラは独りごちた。
元々、雪が少ないはずのこの地方、家々の屋根の勾配は緩い。
つまり、飛騨地方の合掌造りのように自重で雪が落ちることはないわけだ。
「とはいえ、どうやって外に出ようか……」
2階の窓からなら外に出られるが、積もったばかりの雪は軟らかく、飛び降りたら頭までもぐってしまい、身動きが取れなくなるだろうと思われた。
「『離れ』も心配だし、『蚕室』も心配だ……」
幸い今は冬なので、蚕は卵の状態で冷暗所に保存してあるが、雪が溶けたらすぐにでも飼い始めたいので、蚕室が壊れるのは困るのだ。
「しかし、雪かきといってもなあ……」
アキラは効率よく雪かきをする方法はないかと考えを巡らせた。
「……そうだ、乾燥粉雪っていったっけ? 今のうちに風で吹き飛ばせないかな?」
思いついたことはそれくらいである。
さらさらの乾燥粉雪は、握ったり押しつけたりしても固まらないのだが、少しでも湿り気を帯びると固まるようになる。
そして氷点下の気温で凍り付くのだ。
アキラは、いわゆる『パウダースノー』の状態なら、強い風で吹き飛ばせるのではないかと考えたのである。
朝食時、それを提案すると、前侯爵は頷いた。
「うむ、いい手だな。まだ雪が固まらないうちになら可能だろう。……セヴラン、どう思う?」
「はい、私もいい手だと思います。豪雪地帯では、積もる前にそうした対策を取っている地域もあると聞いたことがありますし」
「そうか」
どうやら、アキラが思いついた魔法の使い方と似たことを行っている地方もあるようだ。
つまり、発想としては間違っていないということで、ほっとするアキラであった。
「問題は風属性魔法を使えるものがいるのかということだが……」
『蔦屋敷』の関係者にはいないらしいので、アキラが肩を落としかけた、その時。
「大旦那様、王都からお見えの技術者のお一人が、風属性魔法の使い手だったと記憶しております」
と、セヴランの甥で家宰見習いのマシューが教えてくれた。
名前を確認すると、
「アラン・ラーソン様です」
とのことであった。
アキラはさっそくアランのところへ行き、確認した。
「ええ、使えます。たいした威力は出せませんが」
「うん、それでいいと思う。やってもらいたいことは雪を吹き飛ばすことだから、威力がありすぎて建物を壊してしまうのはまずいし」
そうしてアキラは、どういうことがしたいかを説明する。
「わかりました。それならできそうですね」
そういうわけで、雪が乾燥粉雪のうちに、処置することとなった。
まずは玄関前の雪を、2階バルコニーから吹き飛ばしてみることになった。
アキラの他に、家宰セヴラン、その甥マシュー、ミチア、ハルトヴィヒ、リーゼロッテ、そしてフィルマン前侯爵が見に来ている。
アラン・ラーソンはそんなギャラリーに少々緊張気味だったが、2度深呼吸をすると、眼下の雪に目をやった。
「いいですか、行きますよ……《トゥールビヨン》!」
「おっ!」
小さなつむじ風が起き、玄関前に積もった雪が巻き上げられた。そしてそれは、庭の空いたスペースへと吹き飛ばされる。
「こんなものでどうでしょう?」
「凄いですよ。これで屋根の雪をお願いします」
アキラは思惑通りにいったので上機嫌だった。
「なるほど、こういう使い方か……《トゥールビヨン》は飛んできた矢を巻き上げて防いだり、隠れている敵のカムフラージュを吹き飛ばしたりする用途なのだがな」
フィルマン前侯爵も感心していた。
どうにもこの世界での魔法は戦闘に使うことしか考えていないんじゃないかな、と少し思ったアキラであった。
そして『離れ』の雪を吹き飛ばしたあと、リーゼロッテの研究室、ハルトヴィヒの工房、そして5棟ある『蚕室』の屋根、桑の葉倉庫と、次々に雪下ろしをしてもらった。
「……さすがに疲れました……」
ぐったりとソファに倒れ込むアラン・ラーソンに、アキラは礼を言った。
「ありがとう、アラン。おかげで助かったよ」
「……どういたしまして……」
そんなアラン・ラーソンを見て、アキラは1つの疑問を抱く。
そしてちょうどそばにいたリーゼロッテに質問する。
「なあ、魔法って使うと疲れるのか?」
リーゼロッテはきょとんとした顔でそれを聞き、頷く。
「そりゃそうよ。アキラは魔法が使えないからわからないかもしれないけど、使いすぎるとすっごく疲れて苦しくなるわ」
「うーん……どういう法則なんだろう?」
そこへハルトヴィヒもやってきて、
「お、何だか面白そうな話題だな」
と言い、3人は除雪の済んだアキラの『離れ』へ移動することにした。
* * *
ミチアも一緒に来てくれたので、桑の葉茶を飲みながら雑談的に話をしていく。
「魔法を使うと疲れるというのはどうしてか、という疑問なんだよ」
「なるほど、魔法を使える者にとっては事実だからこそ、あまり追究されなかったテーマだな」
ハルトヴィヒもどうしてそうなるのかは知らないようだった。
「走ったら疲れる。荷物を運んだら疲れる。これはこれで当たり前だろう?」
アキラが言う。
「この場合は身体が仕事をしたんだからわかる。だけど魔法は? 仕事をしたのは魔法であって、術者じゃないよな?」
その説明にハルトヴィヒは頷いた。
「なるほど、そういう疑問か」
そして説明をし始めた。
「風を吹かせる、という実際の仕事をしたのは、確かに魔法だろう。だが、それをさせたのは術者だ。……ここまではいいか?」
「うん、わかるよ」
アキラは頷いた。
「……馬車を牽くのは馬だが、それを操るのは御者だ。1日馬車を御していたら、御者だって疲れるだろう?」
「……確かに」
「魔法を使って疲れる、というのはそういうことなのかもな」
アキラとしてはMPの使いすぎ、とか魔力枯渇といった、小説やゲームで聞いた現象ではないかと思っていたのだが、現実は少々事情が異なるのかもな、と一応納得した。
この世界ではそうした研究があまりなされていないことの方がアキラとしては意外であった。
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次回更新は11月30日(土)10:00の予定です。