第九話 宗教について
女神の話が出たので、アキラは今まで気になっていながら聞けなかった、宗教について聞いてみることにした。
「宗教って、どんな扱いなんだ?」
非常に漠然とした問いであるが、なんとなく察してくれたようで、
「帝国も王国も、宗教はうるさくないわよ」
とリーゼロッテが教えてくれた。
リーゼロッテはさらに、
「教会というものもあるけれど、政治とは無関係ね。何でも、大昔の『異邦人』が、『宗教が政治に口を出すと世の中が乱れる』とか何とか言ったらしくて、それ以来宗教が政治に関係することはなくなったと言われているわ」
「おお」
同じ世界から来たのかどうかはわからないが、その思想は共感できるものだった。
「宗教は人の心を救うためのものだよなあ」
ハルトヴィヒが呟くが、リーゼロッテは、
「そこが難しいわよね。貧しい人や困った人は、物質的な救いを求めるでしょうし」
と言ったが、ハルトヴィヒはそれに反論。
「いやそれは宗教ではなく、政治が何とかしなければならないんだよ」
「なるほどな。それも1つのあり方だよな」
アキラとしても、その考え方には共感できるものがあったのである。
「そういえば、アキラは結婚式をどうするんだい?」
「えっ?」
いきなり話を振られて面食らうアキラ。
「普通は新郎側が信仰する神様の教会で行うんだが、アキラは『異邦人』だからさ」
「け、結婚か……」
アキラもそのことを考えていないわけではない。
国から認められ、収入も見込める今、躊躇う理由はなかった。
「俺もやっぱり、ハルトやリーゼと同じ女神様だろうな」
「うん、そうなるな」
聞けばその他の主な神様として、農業の神、武芸の神、芸術の女神、商売の神、旅行の神などが信奉されているという。
それを聞いたアキラは、やはり知恵の女神が合いそうだな、と思ったのである。
* * *
天気はいいのだが、外は寒い。
立ち話を続けるのもなんなので、アキラ、ハルトヴィヒ、リーゼロッテの3人はアキラの『離れ』にやってきた。
そこでは薪ストーブが燃えており、暖かい。
おまけにミチアがお湯を沸かしてお茶を淹れてくれていた。
「ああ、ありがとう」
アキラが代表して礼を言う。
「そういえば、ミチアはどんな神様を信奉しているんだい?」
こんな質問ができるのも、アキラがこの世界で生きていくことを決意した表れとも言える。
「私は水の女神様ですよ」
「そういう神様もいるんだな」
水の女神はアクアリス様といい、家事や健康も司っているらしく、女性の信奉者が多いのだそうだ。
「複数の神様を信奉する、っていうのはどうなのかな?」
多神教ならままあることである。特に日本では。
「ええと、あまりいませんけど、禁じられているわけではないです」
ミチアが教えてくれた。
神様同士の仲が悪いわけではないので、禁忌というわけではないが、例えるなら100の信仰心を50と50に割り振ることになるため、神様側としてはあまり喜ばないといわれている、と説明するミチアであった。
* * *
神様の話が一段落付いた後、アキラは雪像コンテストをしたらどうか、とその場にいるメンバーに聞いてみた。
「コンテストか、それは盛り上がりそうだな」
真っ先にハルトヴィヒが賛成した。
「ハルトは審査員長な」
ハルトヴィヒが参加したら他の参加者を圧倒しそうだとアキラは思っていた。
「うん、まあ、そうだろうな」
「そうなるわよね」
と、ここでミチアがアイデアを披露。
「あ、雪像の見本というか、シンボル的な像を造ってもらったらどうですか?」
「うん、ミチア、それいいと思う」
リーゼロッテもその意見に賛成した。
「そうだな。雪祭りをどこかの広場でやるとして、その中央にハルトヴィヒが作った雪像を飾るというのはいいかもしれない」
アキラも大賛成だった。
それから『雪祭り』の詳細を詰めていく。
場所は『蔦屋敷』の南にあるブリゾン村の広場。春祭りや収穫祭などを行う広場だ。
期日は10日後。
それまでにかまくらと雪像を作る。
雪像は審査員が採点し、1、2、3位まで商品を出す。賞品はアキラのポケットマネーでまかなう。
「いいんですか、アキラさん?」
ミチアが言うが、アキラはいいんだ、と首を振った。
「今のところ使い道がないしな……」
この蔦屋敷にいるとお金を使う機会がほとんどないから、と言うアキラ。
そんな彼をリーゼロッテがからかった。
「あら、結婚資金は貯めておかないとだめよ?」
「え、えと、それは、ちゃんと貯めてるから」
慌てながらもそれなりにきちんした答えを返すアキラ。
するとリーゼロッテの矛先はミチアへ向いた。
「あらよかったわね、ミチア。未来の旦那様は金銭感覚しっかりしているわよ」
そう言いながらハルトヴィヒの方をちらりと見る。彼はどちらかというとお金にルーズな方なのだ。
「ん?」
リーゼロッテの視線に気づいたハルトヴィヒが『何だ?』と言うように少し首を傾げ、眉を顰めた。
「……なんでもない」
小さく溜め息をついたリーゼロッテは、
「それで、この案をフィルマン閣下にお伝えすればいいのかしら」
と、その場の雰囲気を払拭するかのように言った。
「そうだね。これだけ纏まったならいいんじゃないかな?」
頷いたアキラに、ミチアが尋ねる。
「アキラさん、賞品は何にするんですか?」
「ああ、それか……何がいいかな?」
「やっぱり、考えてなかったんですね……」
そうじゃないかと思いました、とミチア。アキラは頭を掻いた。
「はは、ミチアは良妻になるな」
「りょ、良さ……」
「ハル、今は真面目な話をしてるんだから」
今度はハルトヴィヒがからかったが、それを窘めたのはリーゼロッテ。
「なんだよ、最初に言い出したのはリーゼじゃないか」
「私はいいのよ」
「何でだよっ!」
口喧嘩を始めそうな2人の間に、アキラが割って入る。
「おーい、仲がよすぎて喧嘩するのも結構だが、賞品は何がいいか、一緒に考えてくれよ」
「う……」
「わ、わかったわ……」
外は厳冬だが、アキラの『離れ』の中は暖かだった。
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次回更新は11月16日(土)10:00の予定です。