第八話 雪像
「今年は雪が多いわね……」
『スノーダンプ』で雪を運びながらミューリが呟いた。
「ほんとね。でも、これがあるから今年は作業が楽だわ」
絵のうまいリュシルは、お得意の鼻歌交じりに雪を運んでは空き地に捨てている。
「かまくらだけじゃなくて、これで何かできないかしらね」
縫い物上手のチャキチャキ娘、リゼットが雪かきの手を止めて呟くように言った。
「ほんとね。綺麗な雪だし」
最初に降った雪が溶けて凍り、その上に何度も雪が降り積もっているので、雪かきをしても地面の土まで届かないため白いままなのだ。
そんな雪が『蔦屋敷』の広い庭のあちらこちらに山になっている。
「うーん、他の利用法か……」
ミチアの侍女仲間、リゼットに相談されたアキラは考え込んだ。
すでにかまくらは庭の中に5つ出来上がっている。
風のない夜、中に小さな手あぶり(小型の火鉢)とランプを持ち込み、ワインをちびちび飲んで談笑したこともあるアキラとハルトヴィヒだった。
ところで、手あぶりの火種は消し炭。
この世界では炭は一般的ではなかったのだ。
さらに言うと餅もなかったし、醤油も手に入っていないのが残念なアキラなのだ。
そんなアキラは、
「そうだ、雪祭りと言えば雪像だ!」
と思いつく。
そこで、雪かきをしているミチアたち侍女を尻目に、雪の山の1つに向かったアキラであった。
* * *
「アキラさん、そろそろお昼ですよ……何してるんですか?」
正午少し前、アキラを呼びに来たミチアが首を傾げた。
「何って……雪像を作っているんだけど」
「雪像? ああ、雪の彫刻みたいなものですね」
「そうそう」
「……で、これ、何ですか?」
アキラの前にあったのは、何だかよくわからない形をしたオブジェ。
「……女神像なんだけど、やっぱりそう見えないかな?」
「えっ……」
絶句するミチア。
なにしろそれは、贔屓目に見ても女神像どころか人の形をしているとは言い難かったのだから。
「え、ええと……」
なんと言おうか考えるミチア。そこにリーゼロッテがやってきた。
「アキラ、何作ってるの? ……ええと……お化け?」
「…………」
リーゼロッテにもそう言われてしまい、がっくりとアキラは肩を落とした。
「だ、大丈夫ですよ、アキラさん! ほ、ほら、初めて作ったんでしょうから、作り方もよくわからなかったんでしょうし!」
ミチアのフォローがかえって心に痛いアキラであった。
* * *
「……アキラ、こういうの向いていないんだなあ……」
昼食後、アキラの作りかけの雪像を見たハルトヴィヒがぽつりとこぼした。
「……」
何も言えず、頭を掻くだけのアキラ。
「ちょっと、僕が手直ししていいかい?」
「う、うん」
手直しではなく、いっそのこと作り直してくれとアキラは言った。
「よし、それじゃあ……」
ハルトヴィヒは小さなシャベルを手に、雪像に向かい合った。
「ここを、こうして、こっちを削って、ここに足して……」
「おお!?」
ものの5分ほどで、前衛的だった雪像が人の形を取り始めた。
「ここはこの方がいいかな。こっちはこうしてみよう」
「すごい……」
そして15分で、女神像らしき形にまでなったのである。
「アキラ、こいつに水を掛けて凍らせれば、もっと細かい描写もできると思うんだ」
そんなハルトヴィヒの言葉にアキラは、
「それだ!」
確かに雪祭りでそんなことをしている場面を見たことがあったことをアキラは思いだした。
「凍ればもっと丈夫になるしな」
「そういうことだ」
そこで日が傾いてくる午後4時頃に水を掛けてみることにした2人であった。
* * *
そして翌日。
夜中は冷え込み、水を掛けた雪像は氷像に近いものになっていた。
「これなら削れるな」
ハルトヴィヒは小さな鏝で雪像を削っていく。
シャリシャリと小気味よい音を立てて雪片が舞い、見る見るうちに雪像はディテールができあがっていった。
「うーん、やっぱりハルトは器用だな」
「ほんとね。……私としてはアキラがあれほど不器用だとは思わなかったわよ」
一緒に見ていたリーゼロッテに言われてしまったアキラは、
「図面を描くのはいいんだけど、立体物って苦手なんだよな」
と言い訳をしておく。
「ああ、そういう人もいるわよね」
リーゼロッテが同意を示した。
「木や石を彫るのって引き算だけど、粘土での造形は足し算だしね」
その言い方は、アキラにもなんとなくわかるものだった。
「そうなんだよな……」
そんな会話をしているうちにも、ハルトヴィヒは女神像を完成させていた。
「よし、できた」
高さ約2メートル。雪の台座に載っているので、女神像そのものは1.6メートルくらいだ。
「おお、さすがだな」
「いやあ、久し振りに童心にかえった気がしたよ」
ハルトヴィヒはいかにも楽しそうな笑顔を浮かべた。
アキラは改めて女神像を眺め、感心する。
「うーん、見事だな。これは、なんという女神様なんだ?」
これにはリーゼロッテが答えてくれた。
「知恵の女神、アテナート様ね」
「知恵を司ってるのか。そりゃあハルトヴィヒも信仰するよなあ」
「そうね。技術職や職人、学者の信者が多いわね。私もその1人だし」
「ああ、そうなんだ」
職人も、ということなら自分もこの女神様を拝んだ方がいいのかな、と思ったアキラだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月9日(土)10:00の予定です。
20191102 修正
(誤)なにしとそれは、贔屓目に見ても女神像どころか人の形をしているとは言い難かったのだから。
(正)なにしろそれは、贔屓目に見ても女神像どころか人の形をしているとは言い難かったのだから。
(旧)
すでにかまくらは庭の中に5つ出来上がっている。
風のない夜、中に小さな手あぶり(小型の火鉢)とランプを持ち込み、ワインをちびちび飲んで談笑するアキラとハルトヴィヒだった。
手あぶりの火種は消し炭。
(新)
すでにかまくらは庭の中に5つ出来上がっている。
風のない夜、中に小さな手あぶり(小型の火鉢)とランプを持ち込み、ワインをちびちび飲んで談笑したこともあるアキラとハルトヴィヒだった。
ところで、手あぶりの火種は消し炭。