第七話 スノーダンプ
アキラはできあがった『かまくら』を前に、説明をしていた。
相手はミチア、リュシル、リゼット、ミューリ、リリアら侍女たちと、セヴラン、マシューら男性使用人、それにハルトヴィヒ、リーゼロッテらお雇い技術者。
もちろん『蔦屋敷』の主であるフィルマン前侯爵もいた。
その他に、ゴドノフ・イワノフら養蚕使用人たちと、王都からの技術者たちもいた。
「これは『かまくら』と言いまして、冬の積雪が多い土地で行われている行事です」
一番目上の前侯爵に合わせて言葉遣いを選んでいるアキラである。
「風下側に出入り口を作りましたので、中は意外と暖かいんです」
かまくらの壁は雪であるが、空気を含んでいるため断熱効果も持っており、外気温が摂氏1度の時に内部温度は摂氏5度あった、という実測データがある。
「ほう、面白いな」
フィルマン前侯爵は興味深そうに聞いていた。
「元々雪国では冬の間の娯楽が少ないこともあり、こうした行事は歓迎されたようです」
「なるほど、それはわかる気がする」
前侯爵は頷いた。
「中に敷物を敷き、火鉢で餅という、独自の保存食を焼いて食べたりもするようです」
「なるほど、楽しそうであるな」
その他、水神様をお祀りするということも行うのだが、異世界であるこちらでは馴染みのないことなので割愛したアキラであった。
「ロウソク1本でもけっこう明るくなりますよ」
雪の反射率は高い。
かまくらが幾つもあったら、ロウソクの数も増えるのでそれだけ明るくなる。
秋田県横手市のかまくらは有名なので、もしかしたら『携通』にあるかもと調べてみたら、2枚の画像が見つかった。
「ほほう……幻想的であるな」
一面の銀世界のなかにこんもりと盛り上がったかまくら。その中に灯されたロウソクの明かりで、幻想的な夜の景色となっている。
「長い冬の楽しみとして、こういうのもいいかもしれん」
とはいえ、普及はなかなか難しいだろうとも思える。
こういう行事は強制してうまく行くものではないからだ。
「一部で楽しそうに行ってみせて、自分たちもやってみようかという気にさせるのがいいかもしれんな」
前侯爵はそんな風に述べたのだった。
* * *
「冬とはいえ、娯楽は必要だ」
外での説明は寒いので、屋敷内に戻って話は続けられた。
「そこでどうだろう、屋敷の南側にある草原に……今は雪原だが、あそこに『かまくら』をたくさん作って、食事を振る舞う、というのは」
「いい考えだと思います」
前侯爵の案に、アキラは即賛成した。
「セヴラン、食料の備蓄はどうなっておる?」
「はい、大旦那様。今年は豊作でしたので、余剰もかなりあります」
「そうか。ならば、あとは期日だな」
最終的に、年が改まった後に、『冬祭り』の形で行うことになった。
それまでには、まだ何度か雪も降るだろうから、かまくら作りには十分だろうとアキラも判断したのである。
* * *
「……で、僕に何を作れって?」
「これさ」
アキラはハルトヴィヒに『携通』の画面を見せた。
「これは?」
「スノーダンプ、って言ってるな。雪を運ぶ道具だよ」
するとハルトヴィヒは画像をしげしげと眺め、
「なるほど、浅い橇に取っ手を付けたものといえばいいか……。これで雪を運ぶんだな?」
と、すぐに構造と用途を把握した。
「そのとおり。雪の上でしか使えないけどな」
「……となると、例の『かまくら』作りに使おうというんだな?」
アキラは頷いた。
「ああ。もちろんそうだが、屋敷の雪かきや庭の除雪にも使えるだろうと思ってさ」
「確かにな。これがあれば、どかした雪を捨てに行くのが捗りそうだ」
「だろう?」
「お二人とも、何のお話ですか?」
そこにちょうどミチアもやって来たので、『スノーダンプ』について説明すると、
「それもまだ、私は書写してないですね。……でも、凄く便利そうです! ハルトヴィヒさん、是非作って下さい!」
などと言い出すほど大乗り気だった。
そこでアキラは前侯爵に断りに行く。
「ほう、『スノーダンプ』とな?」
「はい。雪運びに特化した道具です」
「なるほど。……まずは試作を作って欲しい。その結果次第では各村にも配りたいからセヴランと相談し、予算を組んでくれ」
「わかりました」
こういう、裁可の早い上司は得難くもありがたいなあ……とアキラは思いながらその場を辞したのだった。
* * *
「ようし、やってみよう」
まず求められるのは強度と軽さ。あとは形状だ。
ハルトヴィヒは、鉄パイプを作り出し、それをフレームにして薄い板を張ることで軽さと丈夫さを両立させた。
「形状はこんな感じかな」
『ダンプ』ということで、載せた雪を簡単に落とせなければならない。それで橇部分の先端形状は浅底の船のように湾曲していなければならない。
ハルトヴィヒはフレームの段階で何度か手直しをし、形状を洗練させていった。
そして、
「アキラ、これで試してくれ」
1日後に試作を完成させたのであった。
「お、これなら十分だな!」
「アキラさん、私にもやらせてください」
「あ、その次あたしね!」
ミチアや同僚たちも積極的に参加してくれて、庭に出ての『スノーダンプ』試作のお披露目は大成功だった。
「うん、板にロウをしみ込ませたのは大成功だな」
木の板が水を吸い込み、雪が凍り付くと滑りづらくなるので、ハルトヴィヒは溶かしたロウをしみ込ませたのである。
「あとは取っ手に布を巻くといいかもしれません」
ミチアが助言をした。
取っ手は鉄パイプなので、持つ手が冷たいのだ。
「そんなことならすぐ対応できるな。グッタペルカで覆ってもいいかもしれない」
ハルトヴィヒは即対処する。
これで試作はOKと、フィルマン前侯爵に報告すると、わざわざ庭に出てきて、さらには自分で雪を運んでみることまでやってしまう。
「うむ、これはいい。量産してくれ」
そして当然、量産許可が下りたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月2日(土)10:00の予定です。
お知らせ:10月26日(土)早朝から27日(日)昼過ぎまで帰省してまいります。
その間レスできませんのでご了承ください。
20191027(日) 修正
(誤) 秋田県横手市の鎌倉は有名なので
(正) 秋田県横手市のかまくらは有名なので
(誤)1日後に試作を完成させたのでああった。
(正)1日後に試作を完成させたのであった。
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