第六話 驚異の積雪量
その日の夜は、『蔦屋敷』の食堂での夕食になった。
「いやあ、参った参った」
「ほんとね。一時はどうなるかと思ったわ」
ハルトヴィヒとリーゼロッテは、窓の外を埋め尽くす雪を見て途方に暮れていたという。
「……アキラはあまり動じていなかったらしいな?」
「そうよね。ミチアに聞いたら、ちりとりを使って自分で雪かきしていたっていうじゃない」
自分たちは暖かい地方の出身だから、こんな大雪は見たことなかった、と2人は言った。
「ゲルマンス帝国も北部は雪が多いけど、南部はほとんど降らないからな」
「そうそう」
そんな2人のセリフを聞いたアキラであったが、
「俺も大雪の経験はないけど、ニュースで見ていたからな」
と説明する。
「俺の国では、多いところでは5メートル以上積もるんだ。あ、それに道路の通っている山の話だが、10メートル以上にもなるところだってある」
「5メートル!?」
「10メートルって……嘘でしょ」
2人とも信じられないようだったので、アキラは『携通』を取り出した。
最近になって、ようやく発電機の電圧をきちんとメーターで見て制御できるようになったので、もうしばらく使えそうなのだ。
「ほら」
北東北の温泉宿の写真を見せる。
そこには、6メートル近い積雪の写真が。
「ほ、ほんとだ……」
「凄い……」
「これで終わりじゃないぞ」
続いてアキラは、日本アルプス立山の通称『雪の大谷』の画像を表示した。
「うげ……」
「なに、これ?」
「ア、アキラさん、これって……」
ミチアも絶句している。
「ミチアにはこのページは見てもらってなかったかもな」
特に技術的なデータではないので、『携通』のデータを書写していたミチアも知らなかったようだ。
「この時は19メートルらしい。……ええと、最高記録は1981年の23メートルだってさ」
「………………」
「…………」
「……」
3人とも本当に絶句してしまった。
「俺のいた国は、世界でも有数の積雪国だったからな」
とアキラが言うと、
「……冬の季節風が中央山脈にぶつかって雲ができて雪を降らせる、でしたっけ」
ミチアがようやく再起動したようで、『携通』から学んだ内容を口にしたのである。
「そうそう。だから風上側の地方は2メートルくらいの雪はざらなんだよ」
「うーん、そういう話を聞いているなら、アキラが動じなかったのもわかるかな」
「そうね。……アキラの世界って、とんでもないところみたいね……」
いやとんでもないというなら、魔法のあるこの世界の方がとんでもないんだが……と思ったアキラであった。
* * *
「そんな世界だったら、雪対策ってなかったのか?」
当然の疑問をハルトヴィヒが出してきた。
「あるといえばあるが……」
ほとんどは動力、つまりエンジンがないとどうにもならないものばかりなのだ。
除雪車とかラッセル車とか、雪を運んでいくダンプカーなどだ。
「ああ、でも、こういう雪かき用のスコップがあったな」
『携通』で雪かきスコップを検索したら、1件だけ画像が残っていた。
「大雪の降った年、研究室で買おうかどうしようか検討した時の奴だな。残っててよかった」
「ふむふむ、こいつの材質は何だ?」
青い色をした雪かきスコップを見て、ハルトヴィヒは首を傾げていた。
「ああ……ええと、確か『ポリカーボネート』だな」
「ぽりかあぼねえと?」
何だそれ、とハルトヴィヒ。
「ああ、ごめん。人工的に作った樹脂だよ」
アキラはわかりづらかったか、と思い言い方を変えた。
もっとも、ポリカーボネートが何か、なんてアキラにも説明できないのであるが。
「樹脂か……。鉄で作ったら駄目なのか?」
ハルトヴィヒがアキラに尋ねる。アキラも、
「ええと、こいつは表面がつるつるしていて雪がくっつきにくい素材なんだ」
そう答えたが、うまく説明できる自信がない。
「なるほど、そういう素材か……塗装じゃ駄目だな。すぐに剥げてしまいそうだし」
ハルトヴィヒはさっそく何か考え始めたようだ。
リーゼロッテはというと、
「樹脂を人工的に作るって……ねえアキラ、そこのところ詳しく」
と言って、アキラに詰め寄った。
「詳しくって言ってもなあ……」
高分子化学や化学工業は専門外である。アキラはどうしようかと悩んでしまった。
だが。
「あ、『グッタペルカ』はそれに近いぞ」
ゴムもまた、プラスチック同様高分子である。
「なるほどね……つまり、硬くて丈夫なゴムを作ればいいのかも」
リーゼロッテはやる気になったようだ。
「低温で割れないようにな」
アキラは一言助言を付け加えた。樹脂類は低温で硬く脆くなり、割れやすくなるものが多いのだ。
「うん、わかったわ。ありがとう」
こうして、リーゼロッテの研究課題に『合成樹脂』が加わったのだった。
* * *
その翌日も、『蚕室』が雪の重みで潰されないよう除雪したり、物干しを雪の中から掘り出したりと、雪と格闘する1日だった。
そして。
「できた」
除雪した雪を何かに使えないかと考えていたアキラは、庭に固めた雪を加工し、掘り抜いて、とある物を作ったのだった。
「アキラさん、何ですか、これ?」
ミチアをはじめとした『蔦屋敷』の面々は初めて見る雪の構築物に首を傾げていた。
「俺の世界にあった、雪国の娯楽だよ」
アキラが作ったのは『かまくら』であった。
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次回更新は10月26日(土)10:00の予定です。