第三話 職人
うっすらと積もった雪を踏みしめて、ゴドノフはアキラとミチアを案内していった。
その間、アキラはゴルド村を眺めてみる。
『蔦屋敷』の西にあるブリゾン村と、大差はない。つまり、貧しくはないが裕福でもないということだ。
村の北は針葉樹と落葉樹が混じった森で、東には池がある。
南は……まだわからない。西は麦畑が広がっており、その中を今回通ってきた街道が通じている。
「ここでがんす」
おかしな訛りの声にアキラが我に返ると、一軒の家の前だった。
標準的、と思える建物だが、横にもう一つ、納屋のように見える平屋が建っている。それが工房だろう、とアキラは見当を付けた。
そして、それは当たりだったようだ。
「この時間なら、こっちにいるでがしょう」
平屋の方の窓から中を覗き込むゴドノフ。
「おーい、アザロフ、いるかよ?」
すると返事が聞こえてきた。
「開いてるから入ってこい」
という声に応じて、ゴドノフは扉を開け、アキラとミチアも招き入れた。
中に入ると、少し埃っぽい、削った木材特有の香りが漂う空気が、いかにも木工職人の工房らしい。
「おう、久し振りだな。……そっちの人は?」
アキラとミチアを見て、怪訝そうな顔をする職人、アザロフ。
ゴドノフの従兄だけあり、髪色と目の色は同じだった。
「こっちが、おらの雇い主のアキラの旦那で、そっちが奥さん……じゃなくてもうすぐ奥さんになるミチアさんだ。アキラの旦那、こいつがアザロフでがんす」
「アキラです。よろしく」
「ミ、ミチアです」
もうすぐ奥さん、などというおかしな紹介をされ、もじもじしているミチアはそっとしておき、アキラは工房を眺めてみた。
奥には材料となるであろう木の板が山と積まれ、棚にはさまざまな工具が並んでいる。
作業台の上には木の皿やコップ、スプーンが置かれ、空きスペースにはスツールが4脚置かれていた。
そしてアザロフの前には作りかけのスツールが。おそらく全部で5脚作っているのだろうとアキラは想像した。
「実は、この地方……の地域経済振興のため……」
とアキラが切り出すと、
「ああ、ややこしい物言いは、アホな俺の耳に入ってこないので、わかりやすく頼む!」
と、アザロフに言われてしまった。
「え、ええと……」
アキラが言い方を考えていると、ミチアが代わって説明をしてくれた。
「冬の間、何かを作って売ろうと考えているんですよ。そうやって村を豊かにしたいと思っているんです。それでアザロフさんにも手伝っていただきたいんです」
「なるほど、それなら俺にもわかるぞ。で、何をすればいいんだ?」
ここでアキラは、持参してきた麦わらの織物を取り出して見せた。
30センチ四方くらいの大きさで、色とりどりの麦わらを使って幾何学的な模様を織り出している。
「これは!? 綺麗だなあ!」
「最近、ブリゾン村で始めた麦わら細工なんですよ」
「ほうほう、これは麦わらか!」
「で、俺としては、これを箱の蓋に貼って、綺麗な小物入れを作りたいんです」
「なるほどな。それで俺んとこに来たわけだ」
「どうでしょう?」
アキラが尋ねると、アザロフは大きく頷き、腕を叩いた。
「やろうじゃないか。どうせ冬は暇なんだ」
「ありがとう」
アキラとアザロフは握手を交わした。
その後1時間ほど、どんな大きさの箱を作るか、木は何を使うか、などの打ち合わせを行い、まずは試作をしてみることになった。
そして1週間後に試作を取りに来ることに決まる。
アキラは見本として持ってきた麦わら織りを3枚置いていくことにした。
「そんじゃアザロフ、おらたちは帰るわ」
「おう、ゴドノフ、またな」
時刻は午後3時半。なんとか明るいうちに着けるかどうかギリギリだ。
* * *
「アキラさん、よかったですね」
「うん。置いてあったスツールを見た限りでは、腕もよさそうだ」
大工ではなく工芸の範疇なので、加工技術と共に、芸術的なセンスも求められる。
そういった仕事を依頼する相手として、アザロフは合格点だ、とアキラは思っていた。
夕暮れ、日が翳った森の中は寒い。
アキラとミチアは自然、肩を寄せ合うことになる。
「寒いな」
「ですね」
「……魔法瓶を作ってお茶を入れてくればよかったな……」
「あ、それって、二重構造にして中の空気を抜く、っていうものですね?」
「そうそう」
帰ったらハルトヴィヒに相談してみるか、とアキラが考えていると、
「アキラさん、道中くらいはのんびりしてください」
とミチアに言われてしまった。
「ほら、あそこに小鳥がいますよ」
と、冬枯れの枝を指差すミチア。
そこには茶、白、黒のマダラの小鳥がちょんちょんと干涸らびた木の実をついばんでいた。
なんだか箱根だったか、どこかの観光地で見た、おみくじを運んでくれる小鳥みたいだなあ、とアキラは思ったのだった。
吐く息は白く、空はゆっくりと暮れていく。
* * *
「なんとか帰り着けたでがんす」
時刻は午後5時、短い冬の日は暮れてしまい、薄明るい残照を頼りに辿り着いたのだった。
「お帰り、アキラ、ミチア」
ハルトヴィヒが心配して屋敷の門まで出迎えてくれていた。
「今日のルートには崖のような危険な箇所がないから、ちょっと油断した」
アキラが反省すると、
「そうだな。それにしても、こうした夜のことを考えると、カンテラよりも明るい明かりが欲しくなるな」
と、ハルトヴィヒは、さっそく改善方法を考え始めたのであった。
「寒かったでしょう、まずはお飲みなさいな」
『離れ』に入ったアキラとミチアは、その暖かさにほっとする。
そしてリーゼロッテが淹れてくれた甘めの紅茶に、お腹の中からじんわりと温まったのであった。
「……で、話は付いたんだろう?」
アキラが落ち着くのを見計らい、ハルトヴィヒが尋ねた。
「ああ、大丈夫だ。とりあえず、こっちの要求を伝え、試作を作ってもらうことになった。1週間後に受け取りに行く」
「そうか。楽しみだな」
「ああ。……悪いけど、紅茶もう1杯」
あっさりと紅茶を飲み終えたアキラは、お代わりを頼んだ。
リーゼロッテはくすりと笑うと、
「はい、どうぞ」
と言って2杯目を注いでくれたのである。
そのカップの温もりは、アキラの身も心も温めてくれるようであった。
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次回更新は10月5日(土)10:00の予定です。
20190928 修正
(誤)おかしな訛りの声にアキラが我に返ると、一見の家の前だった。
(正)おかしな訛りの声にアキラが我に返ると、一軒の家の前だった。
(誤)そして1週間後に施策を取りに来ることに決まる。
(正)そして1週間後に試作を取りに来ることに決まる。
(誤)「今日のルートには崖のような危険な箇所がなから、ちょっと油断した」
(正)「今日のルートには崖のような危険な箇所がないから、ちょっと油断した」
(誤)そこいは茶、白、黒のマダラの小鳥がちょんちょんと干涸らびた木の実をついばんでいた。
(正)そこには茶、白、黒のマダラの小鳥がちょんちょんと干涸らびた木の実をついばんでいた。
20230619 修正
(誤)そのカップの温もりは、アキラの身も心も暖めてくれるようであった。
(正)そのカップの温もりは、アキラの身も心も温めてくれるようであった。