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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第5章 地域振興篇
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第一話 冬将軍

 冬将軍が支配する季節となった。

 落葉樹は葉を落とし、動物の多くは冬ごもりに入る。

 北にそびえる山々は晴れた日には白銀に輝き、冬そのものといったたたずまいを見せている。

 『蔦屋敷』の庭にも霜がり、うっすらと雪が積もった。


「この冬は雪が早い。大雪の年になりそうな気がするな」

 窓の外を見ながら、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵が呟いた。

「は、大旦那様」

 家宰のセヴランが答え、テーブルの上に桑の葉茶が入ったカップとソーサーを置いた。

「除雪をせねば、潰れる家が出るやも知れぬ。まずは道の除雪を早め早めに行うよう心掛けよ」

「は、申し伝えます」

 何を置いても、道路が使えなくては話にならない。救援要員がたどり着けないなどということがないよう、こまめに除雪をするようふれを出す前侯爵であった。


*   *   *


 そしてアキラは、王都から来た技術者たちを集め、

「皆さん、ご苦労様でした。これで、教えられることは皆お教えしたつもりです」

 と、卒業式のようなことを行っていた。

「とはいえ、これからこちらは冬になり、王都に戻れるのは雪解け以降でしょうから、今後は同僚としてお手伝いいただき、そのかたわら、興味ある技術を学んでいただければと思います」

「ありがとうございます、アキラ殿」

 技術者たちを代表し、一番の年長ということでローマン・ド・プレが礼を述べた。

「そういうことでしたら、あの『げた』という履き物に興味があります!」

「あ、私は、『化粧水』について詳しく知りたいです!」

 オレール・バローとジョゼフィン・ナーバルトの兄妹がさっそく名乗りを上げた。

 続いて、

「医療について教えてください」

「公衆衛生、といいましたか、あれを詳しく知りたいのですが」

 と言ったのは、アラン・ラーソンとシモーヌ・ラール。

 そしてローマン・ド・プレとジャンヌ・ド・プレの夫妻は、

「アキラ様の知識を、欠片でもいいので教えてください!」

 ということであった。


「そうだな……」

 ここからはアキラもくだけた口調で答える。

 これから冬になり、外での作業も減ることになるので、

「わかった。これから休日を除く週6日、午前中をそうした学問の時間に割り当てよう。午後は各自自由にしてもらっていい」

 ということにしたのである。


*   *   *


「今日は冷えるわね」

 アキラの家である『離れ』で、暖炉に薪をくべながらリーゼロッテがぼやいた。

「本当だな」

 暖炉で手をあぶりながらハルトヴィヒも同意する。

「今年の冬は寒くなるだろうって言ってましたよ」

 暖炉の上で沸かしたお湯を使い、お茶の準備を進めながらミチアが言った。

「ブリゾン村のお爺さんです」

「そうか……そうした人の経験っていうのは侮れないからな。気を付けよう」

 その話を聞いたアキラが言う。

「何か、そういう経験があったんですか?」

 アキラの口調がいつもと少しだけ違っていたので、ミチアが聞き返した。

「ああ、あったんだ。……といっても、俺が自分で経験したんじゃないんだけどな」

 と前置きしたアキラは、大地震の話と、それに伴う津波の話、そしてその後発見された、津波の被害を刻んだ石碑のことを掻い摘んで説明したのだった。


「……そんなことが……」

「伝承も途切れるほど昔にあったことがくり返されたのか……」

 と、リーゼロッテとハルトヴィヒは、時の流れと人の記憶、そして大自然の猛威に思いを馳せていた。

 そしてミチアは、

「でしたら、あのお爺さんの言葉ももっともっと真剣に捉えないといけませんね」

 と、難しい顔つきをしたのである。

 今度はそのミチアらしからぬ顔つきが気になったアキラが尋ねる。

「どういうことだい?」

「今のうちに、もう少し薪を集めておかないと、と思ったんです」

 窓から外を見ながらミチアは答えた。

「『エアコン』の魔法道具はお湯を沸かせませんからね」

 そう言ったミチアに反応したのはハルトヴィヒ。

「ああ、だったら、お湯を沸かす魔法道具を作ればいいのか」

「確かに、その方が一酸化炭素中毒にもなりにくくていいかもな」

 アキラも同意する。

 彼らは皆、そうした知識を身に付けていたので話が早いのである。

「それが皆の家に1つずつあればいいのですが」

 ミチアが言うと、

「それは難しいだろうね。どう頑張っても、2000フロンくらいにはなってしまうだろうな……」

 約20万円か、とアキラは概算した。

 現代日本なら、一般家庭でも買えない額ではないが、この世界の村人には無理だろう、と肩を落とす。

 だが、

「……養蚕で、この地方が豊かになれば、そうした魔法道具も、きっと買えるようになるな」

 と思い至り、村おこし……いや地域振興をしていこう、と決心したのであった。


*   *   *


「アキラの旦那さん、これでいいですか?」

「うん、それなら上出来だな」

 その一環、というわけではないが、アキラは村人の有志を集め、『麦わら細工』を始めていた。

 元々、農閑期に麦わらで帽子を編むことは古くから行われていたので、手慣れた人が多かったこともあり、『蔦屋敷』の西にあるブリゾン村では10人ほどが集まって、麦わら細工の開発に勤しんでいたのである。

 今のところ、定番の麦わら帽子の他に、コースターと敷物が作られている。

 特徴は、麦わらを染めてカラフルにしたところにある。

 ただ染料の関係で、『黒』『茶』『緑』しか使えていないのが残念なところだ。

 というのも、他の色は堅牢でないので、帽子なら汗や雨、コースターはコップの結露、敷物は汗……などの水分で色が落ちてしまうのだ。

「せめて赤を染めたかったなあ」

 赤が入ると華やかさが違うのだ。ワンポイントでも赤く染めた麦わらを入れられたら……と思うアキラであるが、

「うーん……頑張ってみるわ」

 と、リーゼロッテでさえ、少し及び腰なのだった。

 アキラはそんなリーゼロッテに、

「染めたあと、コーティングしたらどうだろう?」

 と助言してみる。

「今欲しい赤い麦わらは、アクセントとしてなので吸水性がなくなっても構わないからさ」

 麦わら細工のよさは、自然素材なので吸湿性があることだ。

 麦わら帽子は汗を吸い取ってくれるし、コースターもある程度水分を吸ってくれる。

 敷物も、汗の水分を吸ってくれるので快適に座っていられるのだ。

 それを全部コーティングしてしまうのはまずいが、1割以下なら機能低下を招くこともないだろうと思われた。


「なるほどね。ありがとう。考えてみるわ!」

 俄然やる気になったリーゼロッテであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は9月21日(土)10:00の予定です。

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