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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第4章 発展篇
122/425

第三十話 浴衣の君

 下駄の用意ができたアキラは、浴衣の方はどうかな、と、縫い物をしているミチアとリゼットの様子を見に行った。

「……どんな感じだい?」

 2人が縫い物をしているはずの『離れ』の扉を開けたアキラは、

「え……きゃあああああ!」

 というミチアの悲鳴に出迎えられた。

 ちょうどミチアは、縫い上がったばかりの浴衣に袖を通してみようとしていたのだ。

「わ……ご、ごめん!!」

 つまり、下着姿で。


 バタンと大きな音で『離れ』のドアを閉めたアキラは、冷や汗をかきながらも顔は赤かった。

 ミチアはちょうど浴衣の前を合わせようとしていたところだった。

 胸にはサラシのような布を巻いていたが、無防備な白いお腹をもろに見てしまったのだ。

(……綺麗だったな……)

 などと思い出していると、寄りかかっていたドアが開いた。

「……もういいですよ」

「……ちゃんとノックしてくださいね」

(俺の部屋なんだけど……)

 とは思ったが、口には出さず、アキラは『離れ』に入り、浴衣を着たミチアを見た。

「……」

 いつも、仕事中は頭の後ろで縛っている栗色の髪をアップにまとめており、白い襟元が眩しい。

 初めて袖を通した浴衣。恥じらうように少しうつむいた姿が、何ともなまめかしかった。

 絵柄はユリ、いやリリウム。

(……歩く姿は百合の花、か)

 アキラの脳裏にそんな言葉が浮かんで消えた。

 

「アキラさん、どうですか?」

「アキラ様、何か言ってあげてください」

 その言葉にはっと我に返るアキラ。

 気が付くと、俯いたミチアが、上目遣いにアキラを見つめている。何も言ってくれないアキラに、少しむくれているようだ。

「え、ええと、す、すごく似合っているよ。あんまり綺麗なんで見惚れてしまった」

「……本当ですか? 私、おかしくないですか?」

「おかしくないおかしくない。着付けもうまいよ」

 『携通』を見てその画像のスケッチをしてくれているミチアは、浴衣の着付けも文句なしだった。

「……もう、そうじゃなくてですね」

「あいたっ」

 気が利かない言葉に、リゼットは脇腹をつねった。

「ちゃんとミチアを見てあげてください」

「……」

 言われなくてもわかっていた。ただ、気恥ずかしくて面と向かって口に出せなかっただけで。

「……綺麗だよ、ミチア。とっても素敵だ」

「アキラさん……」

 そしてアキラは、手に持っていた下駄を床に置いた。

「サンダルじゃなく、これを履いてみてくれ」

「あ、『げた』ですね。ありがとうございます」

 ミチアはサンダルを脱ぎ、下駄を履こうとして……。

「こう、ですか?」

「そうそう。左右の区別はないからな。小指が少しはみ出してもいいんだ」

「ええと、かかともはみ出ていいんでしたっけ?」

「そうそう。着物の裾を自分で踏んづけないようにな」

 そしてミチアは赤い鼻緒の下駄を履いた。

「きつくないか?」

「ええ、大丈夫です。……なんだか、ちょっと歩きにくいですね」

「慣れだと思うよ。ちょっと歩いてごらん」

「はい」

 ゆっくりとミチアは歩き出した。

「ええと、少し足を回しこむように、でしたっけ」

「そうそう」

 下駄は履き慣れないと、くるぶしをぶつけることがあるからだ。

「少し歩きにくいです」

 からん、からん、と下駄の音をさせてミチアは歩いていく。

「あ、きゃっ!」

 下駄の歯を引っ掛けてバランスを崩す。

 着物なので足を広げて踏み止まることができず、そのまま倒れ込んでしまうところを、

「おっと」

 アキラが支えた。

「ご、ごめんなさい、アキラさん。ありがとうございます……」

「気を付けてくれよ。いつもよりもっと歩幅を小さくしないとな」

「はい……あ、あの……」

「どうした?」

「もう、大丈夫ですので、その、腕を……」

「あ、ごめん」

 ミチアを抱きかかえたままだったアキラは謝って手を緩めた。

「……」

(じれったいなあ)

 そばで見ていたリゼットはそんな想いを抱いたが、当人たちはどこ吹く風と、

「もうちょっと背筋を伸ばした方がいいかな」

「こ、こうですか?」

 猫背だと着物は似合わないので、あまり足下ばかり見つめないようにとアキラはアドバイスした。

「そうそう。……うん、随分よくなった」

「少し慣れたみたいです」

(……ま、これがこの2人らしくていいのかもね)

 リゼットは心の中で溜め息をついた。


「よし、外を歩いてみようか」

「え、ええ!?」

「大丈夫。転ばないようについているから」

「それでしたら、あの……手を、握っていてください」

「……うん」

(おお! その意気よ、ミチア!)

 鼻息も荒く、リゼットは心の中で2人を応援した。


 そして2人は『離れ』の外へ。

「少し寒いです……」

「だな。『蔦屋敷』へ行こう」

 このまま、前侯爵に見せに行くぞ、と言うアキラに、ミチアは少しだけ躊躇ったが、

「大丈夫。ミチアは素敵だよ。この浴衣を見せて、閣下に助力を感謝したいんだ」

 と言われ、諦めた。


「お、アキラ、それが浴衣か!」

「ミチア、似合ってるわよ。とっても綺麗」

「いいなあ。アキラ、次は私の作ってね」

 折から、作業が一段落したので『離れ』にやって来ようとしていたハルトヴィヒ、リュシル、リーゼロッテと出会い、一緒に向かうことになった。

 さらにリゼット、ミューリも呼んで、7人でフィルマン前侯爵の執務室へ向かう。


「おや、アキラ様、その衣装が?」

「はい。完成したので閣下にお見せしようと」

 家宰見習いのマシューに取り次いでもらう。

「少々お待ちください」


 そして待つこと2分。

「どうぞ。大旦那様がお待ちです」

 いよいよお披露目である。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は9月7日(土)10:00の予定です。


 20190831 修正

(誤)あんまり綺麗なんで見取れてしまった」

(正)あんまり綺麗なんで見惚れてしまった」

(誤)着物なので足を広げて踏み泊まることができず

(正)着物なので足を広げて踏み止まることができず

(誤)気が効かない言葉に、リゼットは脇腹をつねった。

(正)気が利かない言葉に、リゼットは脇腹をつねった。

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