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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第4章 発展篇
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第二十九話 下駄

 帯が完成し、浴衣も縫い合わせるだけとなった。

「あとは履き物か」

 浴衣に靴は似合わない。

 やはり下駄か草履が欲しい。

「……ここは下駄かな」

 草履の作り方がよくわからないのだ。

 その点、下駄であれば外見から想像できる。


「ここはミューリの出番だな」

「はい?」

 アキラの呟きにミューリが反応した。

「何でしょうか?」

「ああ、えっと、木材について聞きたいんだ」

 植物に詳しいミューリが頼りだ、とアキラは言った。

「ええと、クルミの仲間だけど、ああいう実が生らない樹ってないかい? 成長が早くて、やや湿ったところを好む……」

 『携通』の記述を見ながらアキラは説明した。

「うーん……心当たりはあります」

「ほんとか! やったぞ!」

「え、ええと、その樹かどうかわからないので、喜ぶのは待ってください」

 アキラを抑えるミューリ。

「それもそうだな。で、どんな木材だい?」

「ええと、クルミに木目は似ていますが、ずっと軽いです」

「それだ!」


 アキラが探していたのは『サワグルミ』。

 クルミの仲間であるが、食べられるような実は生らない。

 その材は軽量で、下駄材にも使われる。その際の名称は『やまぎり(山桐)』。

 本来ならキリかホオノキが欲しかったが、すぐ見つかるかどうかわからないので、クルミ科で見つけやすいのではないか? と思われたサワグルミをミューリに尋ねたのだが、どんぴしゃだった。


「それって、木材として使っているかな?」

「はい。まな板に使ってますね」

 軽く、軟らかいので包丁の刃先を痛めづらいから、という。また、高さ30メートルにもなる大木になるので、板がたくさん取れるという理由もある。

「まな板用の材でしたら、丸太にして乾燥させたものが村にあるはずです」

「よっしゃ」

 用途は下駄なので、長い板は必要ない。むしろ厚めの板が欲しいとアキラは思っていたので、丸太の状態なら理想的だ。

「セヴランさんに相談してみる」

 と告げ、アキラは『離れ』を飛び出した。


*   *   *


「ほうほう、『下駄』ですか。この図にあるような形を、サワグルミから切り出せばいいのですね?」

「はい。お願いできますか?」

 ちょうど手が空いていたセヴランは、すぐにアキラの要求を聞いてくれた。

「そうですな……3足分なら明日の朝にはお渡しできるでしょう」

「よろしくお願いします」

 最終的には、大きさを少し変えた10足分を頼むことにしたアキラであった。


*   *   *


 浴衣はミチアとリゼットで仕立てている。

 さすがのリゼットも、初めて見る服なので、ミチアに説明を聞きながら慎重に進めているようだ。


 そして帯は、リーゼロッテが薄い茜色に染めてくれていた。

「確かに無地の白じゃ手抜き過ぎたか」

 反省したアキラである。


 そしてハルトヴィヒとリュシルはといえば、

「もう少し、細い方が持ちやすいです」

 『糊置のりおき』用の道具を作っていた。場所は当然、ハルトヴィヒの工房だ。

「穴が大きい時は少しだけ糊の粘度を上げた方がいいですね」

 リュシルはそう言って、最適な糊の粘度をどうやって調べるか考えている。

 そこへアキラは、

「ヘラかスプーンですくって、5秒とか10秒で何滴垂れるか、という方法もあるよ」

 とアドバイスする。

 塗料の希釈時の目安として、説明書に書かれている方法である。

「あ、それいいですね」

 リュシルはさっそく試し、ハルトヴィヒと共にデータ化していっている。

 この口金の時はこのくらいの粘度で、という具合にだ。

 これがあるとないとでは、汎用性が違ってくるだろう。

 いずれ、大勢の職人が育ってくれるといいな、と思うアキラであった。


*   *   *


「アキラ様、これでいいでしょうか?」

 夕方、セヴランが試作の下駄を持ってきた。

 アキラはそれを確認し、

「凄くいい出来です」

 と絶賛した。

 木口こぐちも毛羽だっておらず、左右の大きさも綺麗に揃っている。


 ちなみに、下駄の音を『からんころん』と表現するが、これは左右で音の高さが違っていることになり、それは重さ(削り方含む)や材質(木の堅さ、木目含む)が違うことになるので、余りよい下駄ではない、という説がある。

 よい下駄というものは左右で奏でる音がほぼ同じなのだそうだ。


「あとは鼻緒を通す穴を開けてください」

 アキラは紙に実物大の絵を書いて説明した。

「ええとアキラ様、これを見ますと、左右の別がないように見えますが」

 セヴランが怪訝そうな顔をした。アキラは答えて、

「はい。下駄は左右がありません」

 『携通』によると、粋な下駄の履き方とは、小指とかかとを少しはみ出して履くことだそうだ。

「はあ、そういうものですか。わかりました」

 実物を見たことのないセヴランは、一応納得して戻っていった。


「あとは鼻緒を用意しないとな」

 リーゼロッテが研究のためということで、さまざまな生地、さまざまな織りのサンプルを集めている。

 アキラはリーゼロッテの研究室に足を運び、素材を選ばせてもらった。

「どれを使ってもいいわよ。量はないけれど」

「ああ、いいよ。これを貰えるかな?」

 今回はその中から選んで使わせてもらうことにした。


 絹で作ったビロード(ベルベット)が高級品とされているようだが、さすがにそれは作れないので、木綿で作られた、日本では『別珍べっちん』と呼ばれているものを採用。

 『別珍べっちん』は簡単にいうと、『パイル織り』にした緯糸よこいとの出っ張り部分を切って毛羽立たせたものである。

 さらに蛇足を承知で書くと、ベルベットは縦パイルをカットしたものだ。

「へえ、変わった履き物ね」

 リーゼロッテはアキラの手の中の下駄を興味深そうに見た。

「女の子用は赤にするか」

 男物は黒で、とアキラは生地を用意していく。

 量は必要ではないので、リーゼロッテが集めた生地サンプル分で間に合ったのだった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は8月31日(土)10:00の予定です。

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