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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第4章 発展篇
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第二十八話 浴衣帯

 リュシルが描き上げた『木綿友禅』は見事な出来映えだった。

「これを一回洗って糊を落とすんだ」

 その際、ツユクサの青で書いた下書きも落ちてしまうことになる。

 金沢や京都で『友禅流し』という名称で知られている作業で、糊や余分な染料を落とすわけだ。

 その際、冷たい水の方がいいため冬の風物詩になっている。


「うーん、これでいいのかとは思うけど……」

 『携通』にも、『友禅染』について手取り足取りの説明はなかったので、多少は独創的な手順が入っているかもしれないな、とアキラは思っていた。

「この世界なりの『友禅』ができれば、それでいいな」

 いろいろ本来の友禅とは異なる点はあるだろうが、それでいい、とアキラ。


 そういうわけで、手探りの友禅第一号として、浴衣を仕立てることになった。

 ミチアやリーゼロッテの体格は、アキラが知っている日本人女性とそう変わらないので、標準の寸法で仕立てることにする。

 そちらはミチアに任せたのだが……。


「帯と下駄がないな」

 と、足りないものに気が付いたアキラである。

「帯は木綿で……薄紅色に染めてもらおうかな」

 浴衣用の帯なので、

「よくわからないけど半幅帯はんはばおびと同じ寸法でいいかな」

 

 全体が幅15~17センチの一定の幅の帯を『半幅帯』という。

 浴衣帯も、半幅帯と同じ幅で長さだ。

 つまり、今のアキラたちにとって作りやすいわけで、これは重要な要素であった。

 また、半幅帯は、帯締め・帯揚げは必要がなく、これもまた着やすい条件になる。


「長さが3メートル20センチ~4メートルで幅が15~17センチほどだな」

 『携通』を見ながらアキラが言った。

「それじゃあ、この木綿生地を使えばよさそうね」

 リーゼロッテが出してきたのは厚手の木綿生地で幅は約40センチ。縫い代を入れてできあがり寸法は15センチくらいになるだろうとアキラは目算した。


「ええと、これを縦半分に切る!?」

 4メートルもある布を縦半分に切るのはなかなか難しい。

「……ミチア、なんとかならないか?」

 アキラは、浴衣の仕立てに取り掛かっていたミチアに助けを求めた。

「え、ええと……リゼットを呼びましょうか?」


 リゼットはミチアやリュシルの同僚で、縫い物が抜群に上手なのだという。

「……前侯爵に頼んでくるよ」

 なんだかどんどんフィルマン前侯爵の侍女を引き抜いている気がする、と思いながら、アキラは母屋へ向かった。


*   *   *


 結論から言えば、前侯爵は快くリゼットを手伝いに貸してくれた。

 その際、

「……新しく侍女を雇うかな……」

 と、ぼそっと呟いていたのを、アキラは聞き逃さなかった。

「申し訳ございません」

 とアキラが頭を下げると、前侯爵は笑って手を振り、

「よいよい。偶然とはいえ、そうした技能を持った者が屋敷にいたことは幸運だったな」

 と言ってくれたのである。

 アキラは再度頭を下げ、前侯爵の下を辞した。


*   *   *


「ええと、これを縫えばいいのね! まっかせておいて!」

 リゼット……リズは赤毛で鳶色の目をしたチャキチャキ娘だった。

 生地を手早く半分に折り、人差し指の爪の甲で折り目を付けると、その筋に沿ってハサミを入れ、文字どおり『ぴーっ』と切り裂いたのである。

「すごい……見事だな」

 思わずアキラが褒めると、

「大したことないですよ。経糸たていとに沿ってハサミを入れただけです」

 と、事も無げに言うので2度びっくり。

「で、これを縫い合わせるんですね。針と糸を貸してください」

「あ、ああ」

 アキラは針箱ごとリゼットに手渡した。

「ええと、縫い方は? 半返し縫いですか?」

「いや、多分なみ縫いだと思う」

 和服はほとんどがなみ縫いなのでアキラはそう答えた。

「わかりました。ええと、しつけ糸は……」

 リゼットはところどころをしつけ糸で留めていった。

「まち針じゃないんだ?」

 とアキラが言えば、

「ええ。これだけ長いと、途中でずれる可能性が大ですからね。億劫おっくうがらずに留めておいた方がいいんですよ」

 とリゼット。

 さすがだな、とアキラは素直に感心した。


「これでよし。さて、やりますよ」

 指ぬきをはめ、針を持ったリゼットは縫い始めた。

「おお!」

 その速度は、ミシンもかくやと思われるほど。

「なみ縫いですからね、速いですよ」

 と言いながら手を止めないリゼット。

 途中で糸を継ぎ足しながら、およそ10分で縫い上げてしまったのである。

「凄いな……」

「凄いですね……」

「凄いわね……」

 ハルトヴィヒ、ミチア、リーゼロッテらも自分の手を止め、リゼットの仕事ぶりに見入っていた。


「できました。後は裏返すのですね?」

「あ、ああ……」

「でしたら……ミチア、火のしの準備しておいてもらえるかしら?」

「ええ、わかったわ」

 裏返した後に火のし(アイロン)掛けをすることで、ぴしっとした帯になるのだ。

「その前に、角をちょいちょい、っと」

 かどの部分をさらに縫い止めているリゼットを見て、アキラが尋ねた。

「……リゼット、それは?」

「これはですね、ひっくり返した時に角がきちんとでるようにですよ」

 4メートルもの帯をひっくり返してから角が決まっていなかったらもう一度裏返さなければならないから、とリゼットは言った。

 それを聞いても、彼女が縫い物に並々ならぬ造詣を持っていることがわかる。


「で、裏返します」

 4メートルの袋をひっくり返すのだからなかなか大変である。

「こういう時は長い紐を奥に縫い付けておく手もあるんですが、今回は大丈夫でしょう」

 と言いながら、リゼットはずるずるっと帯を裏返してしまった。

「ミチア、火のしお願い」

「ええ」

 リゼットから帯を受け取ったミチアは、軽く霧を吹いて湿らせてから火のしを掛けていった。

「仕上げはミチアの方がうまいわね」

おだてないでよ」

 と言いながら、ミチアはプレス作業を終えた。

「最後はここの口を閉じるのね」

 リゼットはそれもあっという間に終わらせてしまう。

「できました」

「おお」

 染められてはいないが、半幅の浴衣帯のできあがりであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は8月24日(土)10;00の予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] う~ん…前から思ってはいつつも、あまり軽々しくは言いたくないなぁと思ってたのですが、 >「よいよい。偶然とはいえ、そうした技能を持った者が屋敷にいたことは幸運だったな」 偶然も過ぎるわっ…
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