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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第4章 発展篇
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第二十七話 浴衣

 アキラたち『チーム』による浴衣製作は、まず『反物』の準備から始まった。

 木綿の布を、必要な長さに裁断し、そこにしつけ糸で切り離す部分の目印を付けていく。

 そして、どの部分が着物のどこに使われるかを、絵にしてわかりやすくしたものを眺め、絵描き担当のリュシルが考え込んでいた。


「アキラ様、どんながら、というだいたいのご希望はありませんか?」

 まずは方向性だけでも決めてほしい、ということだった。

「そうだなあ……」

 浴衣は和服であるため、和風のがらにしてほしいかなとアキラは考えた。そこで、『携通』に浴衣の画像を表示させ、リュシルに見せることにした。

「バッテリー残量が心許こころもとないから、短時間だけだけどな」

 最近、忙しさにかまけて充電していなかったのだ。


 それでもリュシルには十分だったようだ。

「ふわわ〜、綺麗ながらですねえ……」

 1分ほどの時間で、リュシルは絵柄を決めたようだ。

「このお花の絵を元にしてみます」

 リュシルが選んだのはツユクサのがら

 浴衣としてみたらポピュラーな柄と言えるだろう。

 この世界にもツユクサはあるので、身近な題材だ。


 まずリュシルは紙にささっとデザイン画を描いていく。

「おお、うまいな」

 写実的すぎず、また抽象的すぎず、な絵柄が幾つも描かれていった。

「アキラさん、私は生地にしつけ糸を縫い付けていきますね」

「あ、うん、頼んだ」

 ミチアは木綿の生地に裁断の目安を付けていくと言った。


「あ、じゃあ私は糊の準備をするわ。アキラ、手伝って」

「わかった」

 リーゼロッテは友禅染に不可欠な、『糸目糊いとめのり』を調合すると言った。

 適切な粘度がわからないので、何種類かを作ってくれるという。


「それじゃあ僕は糸目糊を『置く』? ……その道具を作ろう」

 ハルトヴィヒは道具作りをすると言った。

 『糸目糊を置く』のは、筆ではない。

 円錐状になった、例えるならソフトクリームのコーン状の道具を使う。

 先端は真鍮などの金属で、本体は渋紙。中に液体糊を入れて描く。

 解放されたチューブ、と言ってもいいかもしれない。

 先端の穴の大きさで線の太さが決まるが、穴が大きい時に粘度の低い糊を使うと一気に出切ってしまうので、経験による慣れが必要だ。

 もちろん、紙製の本体を指で押さえて糊の出を調節するという職人技も必要になる。


*   *   *


「わあ、面白いですね」

「……」

「…………」

「……天才か」

 半日の後、準備が整ったので、アキラたちはとりあえず全員で『糸目糊置いとめのりおき』をやってみた。

 もちろん本番用の布ではなく、端布はぎれを使って、だ。

 ちなみに、下絵はツユクサの絞り汁(青花という)を使って、リュシルに描いてもらった。

 が、アキラは糊がどばっと出てしまって失敗。

 ミチアは逆に糊が少なすぎ、かすれてしまって線が一定の太さにならなかった。

 リーゼロッテは下絵の上をうまくなぞれず、線がガタガタに。

 ハルトヴィヒは丁寧にやりすぎて、小さな絵なのにまだ終わらない。


 が、リュシルは最初からすいすいと『糸目糊置いとめのりおき』を進めていく。

 もちろん最初の最初は多少試行錯誤をしたようだが、それも僅かのこと。

 すぐに作業に慣れ、見事に『糸目糊置いとめのりおき』をこなしてしまったのである。


「なんか、ごめんなさい?」

 落ち込むアキラたちを見てリュシルが謝るが、

「い、いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。リュシルは凄いよ。これからよろしく頼む」

 と、なんとかアキラはフォローする。

「は、はあ」


 本当に、リュシルがここまで友禅染の才能があるとは思わなかったアキラ。

「これならきっと、さらに絹産業を普及させることができる」


 アキラの元に、人が集まり始めていた。


*   *   *


 そしていよいよリュシルは手描きで木綿友禅を作り始めた。

 アキラたちは全員、固唾を飲んでそれを見つめている。

 さすがのリュシルも、鼻歌は出てこず、真剣な顔で下絵を描いていった。所要時間はおよそ30分、驚異的な筆の速さである。


 下絵ができれば、今度は『糸目糊置いとめのりおき』だ。

「うーん、見事だな」

 作業の邪魔にならないよう、感心したアキラは小声で呟くように言った。

 他のメンバーも無言で頷き、同意を示す。

 こちらは1時間で終了。

 比較的単純な絵柄とはいえ、リュシルの並々ならぬ才能をうかがわせた。

(これは、本当にこの世界で『友禅染』ならぬ『リュシル染』ができあがるかもなあ)

 絶え間なく動き続けるリュシルの手元を見つめ、アキラはそんなことを考えていた。


*   *   *


 糊置のりおきが完成したなら、乾燥させなければならない。

 その間に絵の具、つまり染料を用意することにした。

「青はクサギで我慢しよう」

 赤はアカネ。黄色はマリーゴールド、紫はムラサキ、茶と黒はヤシャブシ、緑はクサギの葉。

 これでなんとか絵は描ける。


「おお」

 友禅染を『絵』としてみた場合、線画に相当するのが『糸目』である。

 ここは『糸目糊』で描かれた部分が最終的に白く抜けるので、白い線画と言える。

 そうした白い線の中に色を塗っていくと……。


「想像以上に綺麗ね」

「うん、これは凄いな」

 見事な木綿友禅ができあがりつつあったのである。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は8月17日(土)10:00の予定です。

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