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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第4章 発展篇
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第二十六話 木綿友禅

 アキラがリュシルに『友禅染』の方法をひととおり説明し終え、皆で桑の葉茶を飲んで一服していると。

「ところでアキラさん、今思い出したんですが」

 ミチアが何かを思い付いたようだ。

「以前『携通』を書写していた時、『ろうけつ染め』というのを見たんですけど、あれって友禅とは違うんですよね?」

「ろうけつ染めか……」


 友禅はにじみ止めにデンプン糊を使うが、ろうけつ染めはその名のとおりろうを使う。

 また、友禅のように『線』で『区切る』のではなく、染めたくない『面』を蝋で『塗りつぶす』のだ。

 染めた後に蝋を洗い落とすとその部分が白く残るわけである。

 何回かくり返せば多色染めができる。


「うん、そっちもいずれやってみたいな。でも、今は友禅に注力しよう」

「はい、わかりました」


 染めの技法、そのバリエーションとしてはいいと思うので、アキラとしては近いうちに試作してみたいと思ったが、今はまず友禅染を再現することが先決だった。


*   *   *


 『友禅染』は技法のことであるから、染める生地は問わない。

 ただ、その性質上量産ができないので、高級品である絹織物に施すことが多いだけである。

 実際、『木綿友禅』というものも少ないが現存する。

「そういうわけだから、まずは木綿の生地でやってみよう」

「わかりました」


 アキラは実験用に確保してある木綿の生地を出してきた。そして突然にひらめく。

「これに柄を描いてもらって……浴衣を作るか?」

 絹織物ではないが、和服を普及させるにはいい手だと思い付いたのだ。

 そして和服が普及すれば、よりいっそう『絹織物』や『友禅染』も普及するだろう、とも。

 問題があるとすれば、浴衣を着るにはもう寒いことだろう。


「でも、着てみたい! アキラの国の民族衣装なんでしょう?」

 が、リーゼロッテは大乗り気だ。

「そっか」

 アキラとしても、ミチアやリーゼロッテ、ミューリやリュシルらの浴衣姿はちょっと見てみたい。

 暖かい部屋で着れば問題ないわけであるし。

「それじゃあ、そういう前提で作ってみよう」

 木綿の生地は普通に使われている平織り。現代日本で言う『綿ブロード』に近いもの。

 こちらではシャツやブラウス、シーツや布団カバーまで、応用範囲の広いものだ。


「ええと、浴衣の仕立て方は……」

「ここにありますね」

 ミチアが書写してくれたものを取り出してきた。

「ああ、そうそう。基本的には長方形の布を縫い合わせて作るんだ」

 記憶を探りながらアキラが言うと、

「へえ? だったら、人によるサイズ調整はどうするの?」

 と、リーゼロッテが当然な疑問を投げかけてきた。

「女性用は確か『おはしょり』というやり方でたけを調整するんだ」

 アキラは、ミチアが書き写してくれたスケッチを1枚取り上げた。

「へえ……で、胴回りは元々余裕があるように作られているんですね」

「そうそう」

 相撲取りのように極端な体形でなければ、標準的な仕立てで着られる。もっとも最近では、注文の浴衣はかなりサイズを調整することもあるようだが。

「ますます興味が湧いてきたわ! これ、作りましょう!」


 と、リーゼロッテの熱心な希望により、やりかけた他の事柄は一時凍結することとなったのである。


*   *   *


「ええと……」

「『着尺きじゃく(大人の着物一枚を仕立てるだけの反物)における各部の裁断位置と裁断寸法はほぼ決っており、通常は、図1に示すように、総丈が約12m32cm(3丈2尺6寸)で……』」

 アキラはリーゼロッテのために、書かれている日本語を読み上げていく。

(言葉は通じるくせに、文字が読めないって矛盾しているよなあ)

 そのあたりは『異世界だから』『並行世界だから』と納得しておくしかない。文句を言っても始まらないのだから。


「……『その左端部の約3m18cm(8尺4寸)部分の長手方向中心の上半部を両おくみ1a、1bとし、その下半部を掛衿かけえり2aと衿2bとし、その右側の中間部のそれぞれ約3m44cm(9尺1寸)を両身頃3a、3bと』……」

「ねえ、なんで長さの単位が3つあるの? メートルと、尺? と、寸? と」

 リーゼロッテが首を傾げてアキラに尋ねた。

「ああ。俺の国でメートル法が導入される以前から使われていた単位が『尺』なんだよ。『寸』は『尺』の10分の1だな」

「ふうん……やっぱり単位系って、それぞれの国で違うのね」

「おまけにさ、『曲尺かねじゃく』と『鯨尺くじらじゃく』があって、微妙に違うんだ」

「なにそれ」

「曲尺は木材用で、鯨尺が着物用……らしい」

 ここでリーゼロッテはギブアップした。

「……その話はもういいわ。浴衣の仕立てに戻りましょう」


「そうだよな。……で、『右端部のそれぞれ約1m13cm(3尺)を両袖4a、4bとして、これら各部を裁断して縫製することによって着物一枚が仕立てられている』」

 ひととおり読み上げたアキラであるが、『おくみ』『掛衿かけえり』が何か、ということまではわからないので、また別の資料を参照することになったのは言うまでもない。


「ちなみに、こうして着物1着作れる長さを『1たん』と言って、そこから『反物たんもの』という言葉ができた……らしい」

「ふうん、面白いわね」

「あ、だから、この図にあるように布を取りなさい、というわけですね」

 リュシルが発言した。

「そうそう。確か、こうして取ることを原則として、反物の柄を描いている……らしい」

 アキラとしても、『らしい』ばかりで申し訳ないと思っているが、彼とて着物の仕立てに詳しいわけではない。と言うか、ほとんど知らないのだから。


「ええと、じゃあ、ここにこう、絵を描けば……? 違うかしら」

 リュシルはどことどこに絵を描けばいいか悩み始めた。

 そこに助け船を出したのはハルトヴィヒ。

「アキラ、あらかじつ部分に線を引いておいたらどうだろう?」

「あ、それならいいな」

 頷いたアキラに続いてミチアが、

「それでしたら、『しつけ糸』で印を付けておいたらどうでしょう?」 

 と助言をした。


 しつけ糸とは、強度の弱い木綿糸で、主に『仮縫い』に使われる。

 まち針(留め針)で仮留めするよりも手間は掛かるが、その分精度よく仕上げられる。


 説明を聞いたアキラは、

「そうだな、それがよさそうだ」

 と賛成する。

 こうして、試作としての『木綿友禅』作りの準備は着々と整っていくのであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は8月10日(土)10:00の予定です。

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