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異世界シルクロード(Silk Lord)  作者: 秋ぎつね
第4章 発展篇
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第二十五話 手描き友禅

 ミチアは『離れ』にリュシルを連れてきた。

「え、ええと、私に何か描けと仰るんですか?」

「うん、織物に絵を」

「織物にですか!?」

 それはどう考えても一発勝負になる、とリュシルは考えた。

 下絵もなし、失敗は許されない。

 『消して』やり直しとはいかないし、上から塗りつぶすわけにもいかないのだから。

 そう考えていたら、

「あ、下絵だけは描けるよ」

 とアキラが説明してくれた。

「ツユクサの青で下絵を描くんだ」


 実際に友禅の下絵はツユクサの青で描く。

 ツユクサの青は、すぐに色褪せて消えてしまうので、こういう時には好都合なのだ。


「で、でも今の季節にツユクサなんて……」

 ただ、ツユクサは夏から秋に咲く花なので、冬を目前にした今はどこを探しても咲いていない。

 なのでリュシルが慌てるのも無理はなかった。

「それは大丈夫だ」

 ツユクサは強い草で、その花は一日花。つまり毎日毎日花を咲かせ、条件がよければどんどん増える。

 ということでアキラは、ツユクサの花から青い染料を夏の間に大量に作っていたのである。

「目的はこれで青い染めをしたかったんだけどな」

 何か効果的な処理をして耐光性が増せば、と思っていたのだった。

「でもまあ、友禅の下絵に使えるなら結果オーライだ」


 実際のツユクサの青色は、専用の紙に染み込ませておき、必要分を水に浸し、青い水を作って使う……らしい。

 が、アキラはビンに入れ、冷蔵庫に保管していた。


 それはそれとして、リュシルには試しに絵を描いてもらうことにした。もちろん試しなので紙の上に、だ。

「ふんふんふ〜ん」

 そのリュシルは夢中になると鼻歌を歌い出した。

(意外だな)

(いえ、あの子、機嫌がいいと無意識に鼻歌歌うんですよ)

 アキラとミチアは、リュシルが絵を描くのを遠巻きに見ている。

 その手は滑らかに動き、描き出されたのは葉と蔓、花と蕾が織りなす連続模様。

「おお」

「これは例えばスカートの裾にあしらったらどうかと思いまして」

「なかなかいいわね!」

 今回はお試しなので単色だが、淡い色づけをしたら上品なアクセントになりそうだ、とアキラは思った。


 そしてリュシルは次の絵に取り掛かる。

「うーんと、これをこう……そして……ふふふ〜ん」

 最初は少し考えているようだったが、じきに手の動きは滑らかになり、鼻歌が漏れてきた。そして5分。

「できました!」

「は、早いな」

「おお、これは……」

 今度の絵はリリウム、だが、ハルトヴィヒが描いたものとは違い、ほどよくデフォルメされた、図柄らしい絵であった。

「ハンカチの隅にワンポイントで小さく入れたらどうでしょう」

「うんうん、いいわね。 ……アキラ、彼女、採用しましょう!」

 リーゼロッテが勢い込んで言った。

「ああ、いいよな」

「異議なし」

 ハルトヴィヒもアキラも賛成したので、

「わあ、リュシー、やったわね!」

 とミチアも大喜びした。

 そして、リュシルのことはリュシーと呼んでいるようだ、とアキラは思った。

(それくらい仲がいいのかな)

 小柄なミチアと、もっと小柄なリュシルが手を取り合って喜んでいるのを見ると和むなあ、などと思っていた。


*   *   *


 リュシルとミチアが落ち着いたところでアキラは、

「リュシル、それじゃあ我々のチームの一員として、これからよろしく頼む」

「は、はい……でも、いいんでしょうか?」

 アキラは大きく頷いて見せた。

「いいともさ。……君は今から、この国……いや、この世界で初めての友禅絵師になるんだ」

「うえええ!?」

 驚いて変な声を出すリュシル。

「いやいや、本当にさ」

 アキラは真面目な顔でリュシルを見た。

「まずは、これを見てほしい」

 アキラが『携通』に友禅の模様を表示させてみせると、

「な、なんですか、この図柄!!」

 リュシルは驚いた声を出した。

「素晴らしいなんてもんじゃないですね! 芸術ですよ! これが、アキラ様の世界にあるんですか……!」

 目を輝かせて、画面に釘付けである。

「時間は限られているけど、これを見て、今後の参考にしてくれるか?」

「もちろんですよ!」

 どうやらリュシルは芸術家肌というか、こうしたことに興味があるらしい。それはいいことなので、それからおよそ30分、アキラは『携通』に画像を次から次へと表示させていった。

 といっても、全部で30種類ほどしか保存されていないのだが、リュシルは大満足したようだ。

「私の知っている絵柄と全然違いますね!」

 リュシルは非常に興味を持ったようだった。

「ええと、こうでしょ……」

 『携通』の電池が保たないのでアキラは電源を切ったのだが、リュシルは今見たばかりの図案を紙に書き始めた。

「え、ええ!?」


 『カメラ的記憶力』『瞬間記憶能力』『カメラアイ』などといわれる。

 『サヴァン症候群』と呼ばれ、自閉症の人に多いといわれる……が。

 リュシルのそれは、そこまで極端ではないようであるし、彼女も自閉症には見えない。


 とにかく、リュシルのセンスと腕前は、これからの展開に必要なものだった。

 そっくり同じ絵柄、そしてそれをアレンジした絵柄と、リュシルは瞬く間に10枚以上の下絵を描き上げたのである。

「うーん、すごいな、これ」

 アキラは感心した。

 この才能を、侍女ではなく芸術に生かしていたら……と思わなくもない。

 そして、今からでもこの才能を、絹産業に生かしていこう、とも思うアキラであった。


「それじゃあ改めて、『友禅染』について説明しよう。……」


 友禅染とは、デンプン糊をにじみ止めに使った手書きの染色をいう。

 つまり、隣り合う色同士が混じり合わないよう、糊で細い線を描き、そののち色を染めていくのだ。

 この線を『糸目』といい、染色後に模様の輪郭に白い線が残るのが、友禅染のもっとも大きな特徴である。


 アキラはリュシルにそうした説明を行っていったのである。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は8月3日(土)10:00の予定です。

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