第二十四話 絵描き
アキラは『チーム』の面々に、『友禅染』の説明を始めようとしていた。
「とりあえず、簡単に説明しておくよ。……と言っても、俺も実際に行ったことはないんだけど」
と前置きをして、
「友禅っていうのは創始者の名前らしいんだけど、まあそれは置いておいて」
ここでアキラは『携通』の画面に『京友禅』の実例を表示させてみせた。
「ほう……」
「きれい……」
「素敵ですね……」
「うわあ……」
皆、その美しさに息を飲んだ。
「問題は、これが全部手描きなんだ」
とのアキラの説明に、
「それが何か?」
という顔を全員がする。
「あ、そうか」
布地に柄を印刷するという概念がないことに今更気付いたアキラであった。
「とすると、図柄から何からこっち仕様にして……」
絵が得意な、もっと言えばデザインが得意な人材がほしいとアキラは考えた。
「まずはこのメンバーでやってみよう」
手近なところから試してみることにする。
「使うのは筆だ」
一般に使われているペンとは書き味が違うし、描くのは絵であるから、文字書きよりは絵描きのセンスが問われるというわけだ。
「ドレスの裾にあしらうとよさそうな図柄を描いてみてくれ」
細い筆を使って、全員で紙の上に図柄を描いて比べることにした。
そして30分。
各自が描いた絵をテーブルに広げ……。
「アキラのは……何だ、これ?」
ハルトヴィヒが首を傾げる。
ぐねぐねとした線に葉っぱらしきものがくっついている。
「唐草というかアラベスクというか、そういうつもりだったんだが」
「どう見ても、模様というより酔っぱらったミミズがのたくっているみたいよね」
リーゼロッテが辛辣な批評をしたのでアキラは少し落ち込んだ。
「ハルのは……うん、わかりやすいけど」
花が描かれていた。……のはいいのだが、あまりにも機械的というか、定規で引いたようなというか、無機質過ぎた。
「いやな、形を崩さずに描いた方がいいかと思って」
「極端なのよ!」
六弁の花……おそらくユリ……いやリリウムなのだろうが、左右対称、上下対称、つまり線対称。
さらには点対称でもあり、60度ずつ回転させれば、きれいに重なるだろうと思われた。
「悪いとはいわないけど、優雅さがないわよね」
貴族出身のリーゼロッテなので、そうした審美眼は信用できる。
「ミューリのは……いろいろな植物ね」
植物に詳しいミューリは、スミレのような花、わすれな草のような花、マーガレットのような花を描いていた。
「でも、ちょっと写実的過ぎかな?」
植物図鑑に載せるような絵であり、図柄としては今一つと言わざるを得ない。
「ミチアは……あ、割といいわね」
小さな花をくわえた小鳥の絵だった。
「ああ、本当にいいな」
アキラも感心した。
「……で、リーゼは?」
「私は絵心ないし」
描いてもいなかった。
「まあ、人には向き不向きがあるから」
「自分で言うな」
自嘲気味なリーゼロッテのセリフに、ハルトヴィヒが即突っこみを入れた。
「そうすると、他に誰か絵がうまい人っていないかな?」
アキラがミチアとミューリに尋ねる。
「画家……だと、雇うのが大変だし、ずっといてくれるわけでもないだろうし、身近な人だといいんだけどな」
問われた2人は少し考えていたが、まずミチアが名前を挙げた。
「でしたら、リュシルはどうでしょう?」
「あ、リュシルならいいかも」
ミューリも推薦する。
「リュシル……って、あのちみっこい子?」
リーゼロッテが思い出すように言う。
「あ、そうです。……でもあの子、私と同い年ですよ?」
「うっそだー!」
「本当ですってば」
そのやり取りで、アキラにもリュシルがどの子だか見当が付いた。
「150センチもないような小さい子か」
初めて見た時、小学校高学年かと思ったが、まさかミチアと同い年だったとは、とアキラは思ったが、口には出さなかった。
「そうです、その子です。……でも、あの子の前では言わないであげてくださいね? 気にしてますから」
「わかった」
そういうことになって、まずはアキラとミチアがフィルマン前侯爵に断りを入れに行くことにした。
何も言わずに屋敷の侍女に通常業務以外のことをさせるわけにはいかないのだから。
* * *
「うむ、そういうことならいいだろう」
家宰のセヴァンス経由で前侯爵に伺いを立てると、ちょうど業務の切りがよかったところということで、リュシルの件はすぐに許可が下りた。
「ありがとうございます」
「期待しているぞ」
「はい!」
前侯爵の期待を受け、アキラは『離れ』に。
ミチアはリュシルを呼びに『屋敷』へと、それぞれ向かった。
アキラは『離れ』で待っていた面々に報告する。
「大丈夫だ。閣下は許可してくださった」
「おお!」
ハルトヴィヒが歓声を上げた。
「……しかし、フィルマン前侯爵は、物分かりのいいお方だな。アキラ、君は途轍もなく幸運だったよ」
「うん、俺もそう思う」
* * *
後世、歴史研究者も同じような考察を行っている。
すなわち、『アキラ・ムラタ名誉伯爵』がその手腕を遺憾なく振るえた背景には、フィルマン・アレオン・ド・ルミエ前侯爵の庇護が大きい。
前侯爵は、名誉伯爵の希望をできる限り叶え、技術発展に尽くしたのである。
と。
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